第5話 月読神社~フェリー トンビの帰る場所
月読神社に行ったのは
鳩みくじを引きたかったから
けれど夕暮れ間近 おみくじは引けず
結ばれてある鳩形のおみくじと
誰かがつけた鳥のぬいぐるみを眺めるにとどまった
境内をのぼったところに
高浜虚子の碑があって
ひどくシンプルな俳句がしたためられていた
二人は無言で眺め
そろそろと階段を降り レンタカーごと
フェリーに乗った
フェリーは古めかしい病院の待合室のようで
知り合い同士が肩を叩きあい
流れているテレビは大相撲中継で
大関高安の贅沢な体毛が映っていた
メリーはあまり気に入らなかったトイレを出て
緑色の乗船記念スタンプを紙に捺し
手帳に挟んでバッグにしのばせたが
(彼女はいつからか思い出を収集する癖がついたのだ)
スタンプは縁が欠けていた
「市内の夜景が見えるよ」
甲板に出ると対岸の明かりを指して
ジャンが振り向いた
「可愛い夜景ね」
つつましげな光が暗い空と
海の合間に浮遊していた
何人かの観光客がやはり同じように
同じ方向を見 しゃべっていた
異なる言語も混ざっていたが
話の内容はあまり変わらないだろう
「おみくじ引けなかったね」
「仕方ないわ、ああいうところはすぐに閉まるもの」
夜はこれからでしょう と片頬だけで笑い
メリーはデニムの股間を軽くつかんだ
ジャンは困ったような
情けない顔で笑う
「まあ、あとひと月で今年も終わるし」
「来年も後厄だわよ」
「そういわないの」
風が冷たくなってきた
午後車の中から見た数多のトンビは
どこへ帰ったのだろう
あの鳴き声はどこにしまわれたのか
「タバコ吸えないの?」
「フェリーは禁煙」
「車も禁煙」
「ホテルは吸えるよ」
「はやく行こう」
メリーはジャンの洋服の袖を引っ張る
急き立てられ
まるで彼がこのフェリーの運航を支配しているかのように
皺になるほどつかむ
彼女は飽き性だ
「車に戻ろうか、冷えるよ」
情熱的な 飽き性だ
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