第4話 桜島へ ポンペイのヒトガタ
霧島から桜島へ向かう間
日が傾いてきた
慣れない道 慣れない運転
ジャンが持ってきたカメラでメリーは
機械的に風景ばかり撮った
桜島から噴煙 白に近い灰色
海の色が南国めいていた
みどりを青に溶かしはじめた色 でも蒼い
頭上をトンビが飛び交っている
桜島に入ってからは
霧がかかったように灰が舞ったので
車は白粉を刷いたようになった
道端にうずくまる溶岩石
いくつもの退避壕
忘れ去られたホテルが穴だらけになって
空爆後の異国の町めいて たたずむ
背後には海 いつも海
桜島がどれだけ噴火するのかあたしは知らない
いつも拗ねてもくもく燻っていることしか
だけどさっき埋没鳥居というのがあったし
集落が埋まったという話も聞く
あのサラサラの灰と 月経のような溶岩が
メリーには結びつかない
ポンペイみたいに
いま ポンペイみたいになるってことも
あるのだろうか
そうしたらカゴシマの博物館に
いずれあたしたちのヒトガタが飾られるかも
骨 では嫌 ヒトガタがいい
(火山灰に生き埋めになったヒトが
風化して からだの形そのままの空洞が残
る
そこに石膏をとぷとぷ流し込んで固めたら
できあがり)
いつかテレビで見たメリーのレシピ
隣にいるのはジャンではなかった
まっすぐ前を見て運転する彼の鼻の向こうに
錦江湾が見える
あなたはあたしと死んでくれるかしら
突拍子もない悲劇的な空想は
メリーの眉間にシワを作った
「ほら、海を見て」
真面目な声でジャンは言う
「海は見てるわよ!海はひとつなんだから」
名前が変わるだけ
名前が変わっただけでまるで
別の人格みたい
「嫌なこと思い出した?」
「厄年だもの」
メリーはタバコを取り出しかけてやめる
この車は禁煙車だ
桜島は気持ち良さそうに煙を吐いて
太陽が沈んでいく
光 ひかり
「でもあんたと一緒でよかった」
それは
カゴシマで?
それともこの30年ちょっとの人生の一部で?
考えるのはやめた
ジャンはふうんとだけ相槌をよこす
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