第3話 アートの森 巨女のハイヒール
巨大な赤いハイヒールがガラス窓に囲まれて
立っていた
ひとつだけ 確かにそれは地面に咲いたように 立っていて
ぴかぴかと水玉模様で
どんな巨きな女がこの靴に足を入れるのだろうと
夢想させる
きっと彼女はこのガラスの天井を突き破って
リボンのついたヒールをカツコツいわせ
泥も森も何も気にしないで
カゴシマの空を頭のてっぺんに感じ
サンドイッチでも頬張りながら
大股で歩くに違いない
きっと7センチ 8センチのヒールかしら
履いて歩くにはちょうどいいわ
ストームもついている
踊るにももってこい
広々としたカフェ
ハイヒールのオブジェを目の前に
客は二組しかいない
コーヒーカップのふちに赤い口紅の跡を残して
メリーは微笑む
自分が家に置いてきた
愛すべきハイヒールたちの片割れを
見つけた気がして
※ ※ ※
赤いヒール ではなく赤いスニーカーで
どれだけ歩いただろう
アートの森は広大で 当たり前のように真自然で
たまにアジアからの観光客とすれ違う程度だった
(森に置いていかれた気分 けれどジャンの手には地図がある)
11月も終わる頃 遅い紅葉が広がっていた
落ち葉がたまった簡素な階段を
用心しながら下りると
距離を保って生えた木々のなか
ほっそりと自然に紛れ込もうとしたかのような
プリミティブな彫刻が隠れたり 寄り添ったりしていた
現代アートには関心がない二人だったが
森のなかに頼りなくぽつぽつと置かれた作品は
現代アート特有の虚勢とオナニズムがなく
おおらかな空の下
存在を受け止めてもらっているものの
繊細さがあり
土や森や光、風のおおきさに
身を委ねているように見えた
アート
残念ながら建築物のなか 壁や天井や仕切りが ある空間での
特設展はつまらなかった
(そっちの方が高かったのに!)
直線で囲まれた潔癖な空間で こじんまりと
光と音のアートを見たけれど
森のなかを歩き回って 好きなように
笑って 眺めて 抱き合ったりする
アートの方が肌になじむね
決してスニーカーで来てよかったとは言わなかったけれど
メリーはそう思った
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