第12話 8月11日

 八月十一日は朝から雨だった。俺が起きたのは昼過ぎだったが、天気予報がそう言っていた。今後更に激しくなるらしく、スーパーセルといった言葉をテレビの気象予報士が口にしていた。つい日本の音楽グループを連想してしまうが、元は気象現象を表す言葉で、調べたところ要するにとても激しい嵐のことらしい。

 リアクターは、時空の継ぎ目が離れかけた時には天候が荒れると言っていたが、流石にこの雨の中リアクターに話を聞きに行くためだけに学校に行く気にはなれなかった。

 というより、何かをする気にはとてもなれなかった。昼過ぎまでベッドに篭っていたのもそのせいだ。昨日あんなことがあって、その責任は全て俺にあるのだが、責任の所在がはっきりし過ぎていて八つ当たりする先がなかった。


 夕方になると雨は予報通り強くなり、テレビのニュースではどの局でも異常気象と捲し立てている。この嵐は明日、明後日と勢力を増して続くらしい。竜巻が発生したり、強風で物が吹き飛んだり、雷で停電が起きているだけでなく、場所によってはまたしてもネットや電話が繋がりにくい状態になっているらしい。そのニュースを受けてなのか、諒太からLINEが届いた。

》一昨日や今日の電波障害はリアクターが原因ですか?

 そのメッセージで、一昨日リアクターから聞いた話を諒太にしていなかったことに気付いた。

《そうだと思う。一昨日模試の後に部室でリアクターに聞いた

》どうして教えてくれなかったんですか

》リアクターはなんて?

《時空の継ぎ目がなんとかって話で、それが離れそうになると、この時代の文明レベルだと電波障害が起きたり天気が荒れるって

》なんとかすることはできないんですか?

》テレビでは更に強くなるって言ってます

《この前は時期に治まるって言ってた

《けど、最悪の場合は真空爆発が起きるって

》真空爆発? それはなんですか?

《分からない。ポテンシャルがどうのって

 しばらく諒太の返信が途切れ、俺がテレビに視線を戻していると、スマホが鳴った。諒太からの電話だった。

『蒼馬さん! それ、真空崩壊ですよ!』

 応答ボタンを押すと、諒太が食い気味に言った。

「あぁ、そういえばそんな名前だったな」

 俺の調子とは裏腹に、諒太の声は鬼気迫っている。

『そんなこと言ってる場合じゃないですよ。真空崩壊なんか起きたらとんでもないことになりますよ』

「具体的にどうなるっていうんだよ」

『世界が終わります……』

 映画やマンガでしか聞いたことのないようなセリフがスマホのスピーカーから聞こえてきた。冷戦下のキューバ人でさえ、この言葉を真面目に発したことがあっただろうか。

「世界が終わるって、お前……」

『笑い事じゃないんですよ!』

 諒太の大声が聞こえてきた。なんだか昨日から怒鳴られることが多い。

『普通ならありえないことですが、リアクターが降ってきて、停電が起きて、カメラが未来を映して、それだけありえないことが起こっている状況では、真空崩壊だってSFじゃ済みません』

「だから真空崩壊ってなんなんだよ」

『簡単に言うと、僕達が今生きている世界の真空のエネルギーはほぼゼロのはずなんですが、真空崩壊が起こると、これまで真空と思っていたものが偽の真空となり、エネルギーをもってしまうんです』

「えーっと、なんとなくヤバそうなのは分かったけど」

『エネルギーが無いと思ってたところに膨大なエネルギーが発生するんです。世界は崩壊しますよ!』

 諒太がまた叫んだので、俺は咄嗟にスマホを耳から離した。

「仮にそれが起こるとして、どうしろって言うんだよ」

『分かりません……。けどリアクターなら何か教えてくれるはずです。今日はもう学校は閉まっているので、明々後日くらいに雨が止んだら聞きに行きましょう』

「分かった。聞きに行こう。それでいいな」

 俺は興奮しすぎている諒太をなだめるように言った。

『そうですね。はい、そうしましょう。ではまた』

 そう言って諒太は電話を切った。

 真空崩壊について、俺は具体的なイメージを持てていなかったが、普段冷静な諒太があれだけ慌てるのだから、余程大変なことなんだろう。それに、そんなSF映画でもなかなか発生しないような事態も、未来からリアクターという謎の物体がやってきたこの世界ならあり得ない話じゃない。現実は小説よりも奇なりとはよく言うじゃないか。

 それにこの大嵐。リアクターの言っていたことが本当なら、この嵐は時空の継ぎ目の状態が悪化している証拠だろう。だとしたら、最悪のシナリオである真空崩壊が起きるのも近いということか。

 ならば、それはいつだ――

 俺はテレビもつけっぱなしで自分の部屋へと転がり込んだ。


 どこを映せばその真空崩壊が観測できるのか分からなかったが、世界が崩壊するというのだから景色を映しておけば分かるだろうと、俺は窓の側に三脚を立て、二階からの町並みをカメラに収めることにした。SDカードを一度抜き、中身の映像をパソコンに移し替え、その後カードの中身を削除する。このSDカードは64GBなので、前の計算では最大撮影時間は四十時間、つまり八日先の未来まで映せることになっていた。バッテリーの方は、充電コードを挿しっぱなしにすればいいとして、問題は何日後を撮るかだ。

 最大で八日先を映せるが、そのためには約二日の撮影期間が必要となる。その間に事態が悪化しては元も子もない。真空崩壊を捉えることができたら、それを街中の皆に知らせて、避難してもらえばいい。街中で足りないなら、日本政府にでもなんでも知らせてやる。このカメラを見せればどんな突拍子の無い予言でも信じてくれるはずだ。

 今はただ、それがいつ起こるのかを知ることができればいい。

 明日、明後日は雨が更に強くなるらしいから、学校に行くのは難しいかもしれない。リアクターに状況を聞けるのが明々後日だとするならば、明後日までに真空崩壊が起こってしまわないかを見るのがいいのではないだろうか。それまでに起こらないなら、ひとまず明々後日にリアクターに会える。

 明後日と云っても何時を撮影するかだが、今が午後五時半過ぎのことを考えると、ちょうど十時間程撮影すれば明後日の七時半過ぎ頃を撮影できる。これはもう何の根拠も仮説も無い、ただの勘だった。競馬の時もそうだった。どれだけ周到に未来を知ろうとしていっても、最終的に運が未来を左右してしまうのだ。

 俺は、タイムカメラ(仮)に空になったSDカードを戻し、充電コードを挿すと、窓越しにこの街を撮影し始めた――

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