第9話 8月8日
次の日の朝、ベッドから出てまず見たのは、勉強机の上に置かれた三脚とカメラだった。三脚はセンターポールを通常とは逆に取り付けられ、カメラが真下のものを映せるように改造されている。
これが、昨晩思いついた模試を乗りきる名案である。
どういうことか説明すると、まず俺は明日模試が終わった後、配られた解答を手に家まで無事帰宅し、二十三時までにあの机の上で一枚一枚ゆっくりと解答のページをめくることを自分に予約する。その後、今日の午前十一時から午後五時までの六時間あのカメラを回し、明日の午後五時から六時間分の未来を撮影する。
明日の俺が予定通りあの机の上で解答をめくれていれば、このカメラが映す映像はきっと模試の答えとなる、というわけだ。
あとは撮れた答えを出来る限り覚えて、模試に臨むだけ。もしこの方法が上手くいけば、センター試験でも応用できるはずだ。センター試験の答えは試験の終わった次の日の新聞に載るため、その新聞を開く場所を事前に撮影しておけば、高得点間違い無し。さらに、センター試験はマークシートだからより覚えやすい。周りの生徒が必死に次のテストの見直しをしている中、俺はひたすら数字とアルファベットの並びを暗記するだけでいいのだ。
学問としての知識は全く身につかないが、それがどうしたというのだ。
俺は未来が見えるのだから。
妙に気が大きくなっていることに自分でも気付いたが、それを咎める理由も特にないので、俺は計画実行予定の十一時まで久しぶりののんびりした朝を楽しむことにした。
朝ごはんを食べ、テレビをぼんやり見ていたらいつの間にか十時五十分を過ぎていたため、俺は部屋へと戻った。
未来を見るには十分過ぎるほどの余裕を持って撮影するため、そこまで時間ピッタリに始める必要もないのだが、変に自分に自信がついた俺は一時的な完璧主義者となっていた。
明日の自分に耳にタコができるくらい予約を言い聞かせると、十一時きっかりに録画を開始した。
もはや、受験勉強という日本の高校三年生の半分以上が背負う人生の課題とは無縁になった俺は、その日の午後はひたすらにゲームをすることにした。夏休みに入ってからなんとなくやらなくなっていたテレビゲームを引っ張り出してきて、クリア途中だったゲームを黙々と進め、これをクリアしたらこの前競馬で儲けたお金で新しいソフトでも買ってこよう、などと考えた。
勉強をして良い大学に行って良い会社に就職する。それが安定した道だとよく云われる。確かに野球選手を目指したり映画監督になろうとするよりは、その道の方が実現する可能性が高いと思う。
また、仮に野球選手や映画監督を目指している人でも、とりあえず良い大学には行っておこうという人は多い。いわゆる保険だ。
もし野球選手や映画監督になれなかった時、勉強をしていないとまともな職業に就けない可能性があるため、念のためにと勉強をして良い大学に行っておく。
俺はそれを否定するつもりはない。むしろ人間として当然のことだ。野球選手になれなくても、良い会社に就職できるから大丈夫。どこかで未来を確信できるものがないと前に進めない人間の方が多いはずだ。
俺だってそうだ。実現する可能性が低いものに突っ込んでいく勇気はない。
今日の次には明日があると、科学的な根拠はなくてもそう確信しているから俺達は毎日を生きられるんではないだろうか。
未来を見るということは、その根拠のない確信に証拠を与えることだと思う。
知っていれば、その結果が良い悪いに限らず、ある意味安心して実行することはできる。だって担保された未来があるのだから。むしろカメラで撮ってしまった以上は行動しなければならない。
カメラを使えば、できないこともできるかもしれなかった。
午後五時にカメラを止め、撮れた映像を早送りで再生していくと、九時過ぎ頃から机の上に模試の解答が映り始めた。再生を止めると、問題の解説の部分は所々光が反射してしまって見難い場所があったが、答えの番号自体は問題なく読めた。
大成功で、大勝利だ。あとはこれを別の紙に書き写し、テストまでに暗記するだけでいい。
腹の底から込み上げてくる笑いが押さえきれず、俺は大声で笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます