第6話 8月6日 ②

「でも蒼馬、カメラの存在を知られたらマズイってのは分かったけど、だからってせっかくのこれを使わないのは勿体無いんじゃないの?」

 千尋がちょっと拗ねたように言った。

「私もそう思う。悪用されないようにするのは大事だけど、私達でいい方法に活用することはできないのかな?」と姫ちゃんが言う。

「例えばどんなことに?」

「う~ん、例えばね、人助けとかがいいんじゃないかな? 道路とかを撮影してて、事故が映ってたら、そうならないように私達がなんとかするの」

 姫ちゃんはまっすぐな目でそう訴えた。

 確かにそれこそ良い活用法だ。タイムスリップといえば人助け。SFでは定番だ。

 でもその際は、タイムパラドックスには注意しなくちゃならない。事故を見て、その事故を防いでしまうと、その事故を見たという事実自体がなくなり、俺達の行動の動機がなくなってしまう。

 SFではそういった矛盾をスルーしたり、世界線といった理屈で解決しているが、果たして現実世界でもそんなことが通用するのだろうか。


「それはできない」


 聞き覚えのない声が部室中に響き、はっとした。

 今の声は誰だ?

 他の三人にも聞こえたらしく、みんなお互いの顔を見合っている。

「今の、千尋か?」

「ちがーう」

「姫ちゃん?」

「私じゃないよ」

「まさか、諒太か?」

「僕じゃありませんよ」

 まさかと聞いたのは、さっき聞こえた声がおそらく女性のものだったからだ。

 じゃあ今の声は誰だ……? そう思った瞬間、また声が聞こえた。


「私はリアクター」


 え? と思うと同時に、咄嗟に机の上のリアクターを見た。

「このままではあなた達と話しにくい。今、この時代に合ったインターフェースに変更する」

 声が聞こえる瞬間、LED内蔵のスピーカーのようにリアクターの中心が声のトーンに合わせて光った。表面を通して青い光が机に映る。

「そ、蒼馬くん? 蒼馬くんが喋ってるんじゃないよね?」

 姫ちゃんが怯えた様子で聞いてきたが、それに返答している余裕は俺にもない。

 リアクターを見つめていると、さっきよりもさらに強く光り、そして、常識では考えられないようなことが起きた。

 机の上に置かれていたリアクターが、スーッと宙に浮かび上がり、尖っている部分を上と下に向け、それぞれの頂点を軸にクルクル周り始めたのだ。周り続けながらも光は増し続け、目を細めずにいられないほど眩しくなった時、その光の中に人影が見えた。

 と同時に、光も徐々に収まっていき、目を覆っていた手をゆっくり外すと、そこには人がいた。

 長テーブルの上に立っていた、女子高生が。

「こんにちは」

 彼女はそう挨拶した。髪はショートカットで、色は青色。透けるように白い肌で、腕や足は折れてしまいそうなほど細いのに、なぜか手と足は身体の割に長かった。そして、なぜか室内なのにローファーを履いている。

 一番不思議なのは、着ている洋服だった。一発で女子高生と判断できるほど、代表的なセーラー服を着ているのだが、うちの高校のものではない。南高もセーラー服ではあるが、ここまでオーソドックスなものではない。

 部員の様子を伺うと、俺と同じく、今見た現象を受け止めるのに苦労しているようだった。

 俺らがじっと見ているからなのか、彼女は何か気付いた振りをして、手と足をぶらぶらと振った。すると、さっきまで少し大きすぎると思っていた手足が標準的な大きさに変わった。

「まだ修理中だから」

 彼女は俺らが到底理解していないことで弁明した。

 一昨日の停電や昨日のカメラなど、おかしなことを一気に体験してきてはいたが、これはその範疇を軽く超えている。さっきまでただの置物だったものが、ものの十秒で女子高生に変わるなんてことは、タイムカメラ(仮)を認めておいてなんだが、ありえない。

 だが、いつまでも動揺しているわけにはいかない。ここはSF研部長として、部員を代表して、この摩訶不思議な存在に立ち向かわなくては……。

「あなた、誰?」

 そんな俺の決心も虚しく、俺より先に千尋が口を開いた。

 そうだ、ここは女子同士の方が相手も話しやすいだろう。

「リアクター」

「リアクターって、昨日蒼馬たちが見つけてきたっていう、あの物体の?」

「そう」

 リアクターは口数少なくそう言った。

「リアクターってなんなの?」

「覚えてない」

 は? 奇想天外な人は奇想天外な答えをするものだ。自分で言っておきながら、それが分からないとはどういうことだ。

「お、覚えてないって、どうして?」

「メモリーが破損しているから」

「め、メモリーってことは、君はロボットなのか?」

 気後れより好奇心が勝り、俺は聞いた。

「この時代であれば、そうとも言える。でもロボットではない」

「リアクターだっていうのか?」

「リアクターは私の役割。私自身は、人間」

 人間は正八面体から進化したりはしない。

「あ、あの、最初、それはできないって言ってましたけど、なにがですか?」

 ある程度状況が理解できて、興味が出てきたのか、諒太も質問をした。

「人助け」

「それはどうして?」

「その方法で未来は変えられないから」

「なんで、なんでそう言い切れるんですか?」

「私が未来から来たから」

 空いた口が塞がらない状態に、冗談抜きでなったのは始めてだった。口から出入りする息の音だけが耳に届く。

 未来から来たって? もうなにがなんだか分からない。

「未来から来たって、どうして」

 諒太が続けて聞く。

「リアクターだから」

 なるほど。

彼女は人間で、リアクターとして未来からこの時代にやってきた。そしてリアクターとしての役割は忘れたと。なるほどなるほど。

 ってそんなの納得できるか。

「もっとたくさん話してくれ。俺達が質問して、それに最低限の言葉で答えるだけじゃ、余計混乱するし、状況が掴めない」

「あなたたちが状況をつかむ必要はない」

 未来から来たからって文明の遅れた現代人を舐めているのか。

「いいや、ある。俺がお前をグラウンドから掘り出してやったんだ。状況くらい説明しろ」

「ちょっと蒼馬…」

「分かった。状況を説明する。けれど私のメモリーが破損してしまっているため、完全な説明は不可能。それでも、いい?」

「あぁ、いいよ」

 そう言うと、彼女はゆっくりと話し始めた。

「私はリアクターとして過去に飛ばされた。けど、何らかの不具合によりこの時代に不時着。緊急遭難信号を自動送信。しかし送信機も故障していて、正常に送信できなかった。メモリーも破損しているから、リアクターとしての役割を知らない。私はメモリーを復旧し、リアクターとしての役割を果たさないといけない。あなたたちにコンタクトをとったのは、完全復旧までの安全な保管を依頼するため」

 これで分かった? という目でこちらを見てきた。

「その不時着したっていうのはいつのこと?」

「8月4日の午後十時三十二分」

「それって……」

「関東の大規模停電が起きた時間ですよね」と諒太が言った。

 あぁそうだ。つまり停電の原因はこのリアクターだったのか。

「自分が不時着した時に、その周囲で停電が起こる可能性ってのはあるか?」

「ある」

 これであの停電の謎は解けた。つまり、雷のような現象っていうのはリアクターの不時着のことであり、そんなものが降ってきてると知らなければ原因も分からないってことか。

 それに気付いたところで、諒太が言った。

「じゃああのメールも、もしかしたら送信機の故障で不十分なまま送られた遭難信号だったのかも……」

 十分にありえる。

「ってことは、このカメラが未来を映すようになったのも、君のせい?」

「可能性はある。私は過去に送られる際、通ってきた過去全てに影響を及ぼす。でも不具合により、リアクターが本来の働きをしていなかった場合、不時着してからしばらくの間、その周囲に特別な影響を与えることはありえなくはない」

 一連の事件は全て、このリアクターが原因だったということか。まあ、未来からのテクノロジーが現代にやってくれば、与える影響は計り知れないということだろう。

「そういえばさっき、未来は変えられないって言ってたけど、それはどうしてだ?」

「観測した時に世界が決まるから」

「じゃあ観測しないと未来はどうなる?」

 そう聞いた時、今まで目の前にいた女子高生が一瞬にして消え、机の上に正八面体のリアクターが転がった。

「バッテリーは有限。私はメモリーの修復に取り掛からないといけない。もう状況把握には十分な情報を与えたと思う。特別なことはせず、ここで保管を」

 リアクターはそう言い終えると、中心のふっと光が消え、さっきまでのことが嘘のようにただの置物になった。

 俺達は、今見たことが本当にあったことだと確認するように、互いの目を見合った――

 今あったことを自分の中で整理するためなのか、リアクターが沈黙した後、しばらく俺達は誰も口を開かなかった。部室に響くのは、部屋の体感温度を上げるだけのセミの声とグラウンドで練習をする野球部員の掛け声だけだ。

 皆、黙ってリアクターを見つめていた。こんなただのおもちゃの宝石にしか見えない物体が、未来からやってきた物体だったなんて。そして、それは一瞬で人の姿に変化できるなんて、悪いドッキリに騙されている気分になる。

 先程のリアクターの話で、これまでの超常現象全てに説明がついたように思うが、その証拠がない。その証拠と云えば、物体から人間への変化くらい。

 けれど、実際カメラは未来を映せるようになっているわけで、疑うならそこから疑わないといけない。

 とりあえず今は何をするべきなのか、それが分からなかった。

「本当なんでしょうか?」

 沈黙を破ったのは諒太だった。

「本当って、リアクターの話か?」

「いえ、違います。それは疑っても仕方ありません。僕達では確かめようがありませんから。でなくて、未来を見たら変えられないって話」

 あぁ……、それか。

「それが本当なら、私の言った事故を防ぐっていうのもできないってことだよね?」

 姫ちゃんが心配そうに言った。

「そもそも、不幸な事態は突発的に起こるもので、そこをピンポイントで映すこと自体が難しいことです。でも仮に映せたとしても、変えられないってことですから、無理なのでしょう」

「でもやっぱり、確かめてみないとじゃない? あの未来人が私達の好き勝手に未来を変えられないよう、うまいこと言ってるだけかもしれないし」と千尋が言った。

「ですね。突発的な事象を扱うのは難しいですが、僕達だけで簡単な未来変更を試してみましょうか」

 

方法は簡単だった。壁の時計は備え付けのもので外せないため、使うのはスマホと椅子。

 スマホの時計アプリを起動し、椅子の上に置いておく。それを一分間、例のカメラで撮影し、そこに映ったものと違うことを起こそうとする。簡単に言えば、人が座ってなければ、座るし、座っていたら、立ち上がる。いたってシンプルだ。

 諒太のスマホを椅子に置き、早速撮影が始まった。

「こんなんであいつの言ってたことが崩れたら、未来人もたかが知れてるな」

「蒼馬、しっ! 聞いてるかもしんないでしょ」

 千尋は机に置かれたリアクターを指差し、俺をたしなめた。

 一分間カメラを回し、撮れた映像を早速再生すると、五分後の椅子の上は空だった。それを確認すると、諒太は再生を止め、言った。

「ということは、五分後、誰かがあの椅子に座っていればいいってことですね」

「じゃあ私が座るー」

 千尋はそう言うと、意気揚々と椅子に座った。

「あとはこのまま五分待てばいいだけですね」

 座った人間が必ず死ぬという呪いの椅子が、ヨーロッパにはあるらしい。あまりに座った人間が死亡するため、今は誰も座れないよう、壁に掛けて保管しているのだそうだ。

 そんな話を前にテレビで見たことがあるが、今はあの何の変哲もないパイプ椅子が、その呪いの椅子に思えた。

 座ると、五分後には消える。椅子に誰も何もいなかったのは、なぜだ。もしかしたら、突然千尋が心臓発作を起こし倒れたため、誰も座っていないのか。それとも、またまた超常現象が起きて、UFOにキャトルミューティレーションされたからいないのか。

 ただ人が椅子に座っているだけなのに、他人の命綱無しの綱渡りを見ているかのような緊張を感じていた。

 そろそろ撮影から五分が経つという時、突然ガシャンとガラスの割れる音がした。キャッという短い悲鳴と共に、千尋が窓際から離れようと椅子を立ち上がった。

 あっ!

 そう思った時、タイマーがピピピッと鳴った。

 千尋は椅子から離れてしまっている。そして、座る時に手に持ったスマホは今も千尋の手の中だ。床には野球ボールが転がっている。

 そういうことか……。あの映像は、椅子がそのままの状態であることは予想していたわけじゃない。一度人が座り、その人がスマホを持ったまま立ち上がり、椅子の上が空になることまで見抜いていたんだ。

「すいませーん。怪我はないですか?」

 外からおそらく野球部員であろう人の声がした。

「そんなことって……」

 諒太から引ったくるようにカメラを掴むと、先程の映像を再生する。

 諒太が止めたところより後の映像には、野球部員の声、俺の声、そして画面の端には微かに野球ボールまでもが記録されていた。

 偶然か…? これが偶然で済まされることか?

 もう一度試せば、今度は未来が変えられるか?

 いや、もう一度試すべきかではないかもしれない。

「あのぉー! 大丈夫ですかぁー?」

 下から野球部員が声を張り上げ、また聞いてきた。

「あ、はい。大丈夫ですよー。窓ガラスのことはあとで事務室に報告しますから、練習を続けてください」

 そう諒太が野球部員に返事をするのが聞こえた。

 はっとして、千尋の方に目をやる。

「け、怪我はないか?」

「う、うん……。でも、ごめんね、椅子から離れちゃって」

「いや、そんなこと気にしなくていいよ」

 下を向いたままそう言った。

 姫ちゃんと諒太が床に散らばったガラスを拾い始めたので、俺はちりとりを取ってくると告げ、廊下へ出た。

 部室のドアを閉めると、俺は自分の太ももに拳を叩きつけた。一瞬の鈍い痛みと、じんじんとした痺れがその周囲で発生する。

 何のためにこれまでSF作品を読んだり見たりしてきた。

 タイムリープもので、この手の現象はよくあることだろ。

 この場合、未来を変えようとすればするほど不幸になるという、ストーリー展開上の都合とは違う。未来の結末が決まっている時、観測できていない過程をいくら変えようと、未来は同じ結末になるという、世界線の収束の可能性が高い。

 ただそれだけでは、スマホが椅子から消えていたことの説明にならない。本当に未来は見た時に確定するのだろうか。この点に疑問は残るが、もう試す気にはならない。

 どんな過程を踏んで、その結末に達するかが分からないからだ。

 あのカメラの扱いは、思っていたよりも慎重にする必要がある。

 けれど、一つ確かなことが分かった。あのカメラで撮れた未来は絶対に覆らない。

 そのことがはっきりしただけでも、今後に活かせるだろう。

 俺は、あのカメラの有効的な活用法を一つ思いついていた――


 ガラスを片付け終え、事務員さんに事情を説明すると、割れ残ったガラスが危険だから交換するまでは部室を使わないでくれと言われてしまった。今日の午後には業者が来てくれるそうだが、部室が使えるのは五時までなので、その後と言っても一時間もないだろう。

 とりあえず一番の貴重品であるリアクターとカメラは持ち出し、俺らは中庭に集まっていた。

「まったく、ガラスが割れてたって、小学生じゃないんだから触らないっつうの。あの事務員、俺達を涼しい部室から追い出しやがって」

「窓が割れてるんですから、どっちにしろエアコンは効きませんよ」

「このあとはどうするの~?」

 手で顔を扇ぎながら千尋が言った。

「今日のところは解散ですかね」

「えー、未来が変わるかの実験はもうやらないの?」と千尋が聞く。

「あれは危険すぎるからやめだ」

「危険って……、ボールが飛んできたのは偶然でしょ?」

「そういうことじゃない。結末が分かっていても、どういう過程でそこに向かうかが分からないから、意図的に未来を変えようとして予想もしない過程を踏むことが危険ってこと」

「確かに。僕もあれを見て、不必要に未来を変えようとするのは、控えたほうがいいと思いました」

「ふ~ん、まあ、SFオタクの言うことは一般人の私には分からないから、あなたらが納得したならそれでいいけどさ」

「それと蒼馬さん、解散する前に一つ確認しておきたいことが……」

「ん、なに?」

「このカメラとリアクター、どう保管します?」

 諒太は自分の背負うリュックを指差して言った。

 俺達三人は、「あ、そっか」という顔をした。

「とりあえずカメラは少し試してみたいことがあるから、俺が預かろうかな」

「え、ズルーい」

 すぐに千尋が反応した。

「ずるいって言ったって、部の大事なものは部長が預かるのが普通だろ」

「私だって、カメラ使いたいよ」

「例えばどんなことに?」

「え、えーと……、いろいろ……」

「なんだよそれ。そんな目的があやふやな人には貸せないね」

「え、ちょっと待ってよ! うーんと……、あ、そうだ、宝くじ! 宝くじの当選番号をカメラで映すの」

「まあ、悪くはないけど、宝くじの当選番号発表って結構出るの遅いんだぞ。自分で数字を選べるのじゃないと意味がないから、ロト系になると思うけど、確かあれって一週間くらいかかるだろ。前日にくじを買うとしても、何時間売り場を撮影しなきゃいけないか分からない。売り場のおばちゃんに怪しまれるよ」

「じゃあ、蒼馬の目的ってなんなの?」

 その言葉を聞いて、俺は自慢げにフンッと鼻を鳴らした。

「ヒントは俺の名前にある」

「は? 名前って、藤ヶ谷蒼馬の中に?」

「そういうこ…」

「競馬ですね」

 そういうこと、と言い終える前に諒太が言った。

「そ、そう。競馬だよ」

「なにそれ、私の宝くじと変わらないじゃん」

「宝くじより結果が出るのが早いんだよ。レースが終わった後すぐに結果がでるし、一日に何回もレースをやるから、試せる回数も多い」

「でも、馬券って二十歳超えてないと買えないんじゃないでしたっけ?」

 とすかざす諒太がつっこみをいれる。

「まあ一応な。だから制服では行けないけど、今は機械で馬券を買うから、バレなきゃ大丈夫」

「でも、私はよく子供っぽいって言われるからバレちゃうかも……」

 姫ちゃんが悲しそうに言った。そんなことないよ、と言ってあげたいが、童顔でツインテールで、おまけに身長も150センチ無いとなると、流石にフォローは厳しかった。

「う、うーん、子供っぽいというか、ほら、馬券場とかってきっとおじさんばっかだから、それで悪目立ちしちゃうかもしれない」

「そっか~……。じゃあ私は行けないね」

「その理由なら私も無理ね。若さはどうしたって隠せないもん」

 三十代四十代女性の前で言ったら殺されるようなセリフを吐き、千尋も辞退を宣言した。

「だとすると、僕も背が低いですし、難しいんじゃないですか?」

「いや、諒太は服を変えればなんとかなる。堂々としてれば案外バレないって分かっただろ」

 諒太は「どうでしょうか」と首を傾げながら、頷いた。

「ということは、あんたら二人で競馬に行くってこと?」

「そうなるな。それならカメラを持っていっても文句ないだろ?」

「文句はあるけど、まあいいわ。でも、リアクターは私が預かる」

「どうして?」

 俺の質問に千尋は当然でしょ? という顔をした。

「リアクターは女子なんだから、男子に預からせるわけにはいかないでしょ」

「女子って……」

 たしかにさっき出てきた姿は女子高生だったが、あの口ぶりからするに、容姿はどうとでも変えられそうだし、そもそも人間だと言っていたが、普段は結晶体の人間なんかいるはずがないわけで、未来ではそれが普通とすると、男女の概念を持たない人間である可能性は十分にあるわけだが、そんなSFオタクの考察を述べたところで、千尋は納得しなさそうなので、俺は黙って同意した。

「じゃあ決まりね。カメラは男子が、リアクターは女子が預かるってことで」

「了解。分かってると思うけど、約束通り、カメラのことも、リアクターのことも、外部の人間に口外しちゃいけないからな」

「分かってるって」

「それじゃ、また」

「競馬当たったら教えてね」

「はいよ」

 千尋と姫ちゃんは諒太からリアクターを受け取ると、二人一緒に帰っていった。

「競馬、今から行きますか」

「あぁ。一旦家に帰って着替えてから、新宿駅に集合な」

 夏の暑さは俺達に勇気をくれる。さっきまでいろんなことにビビってばかりいたのに、もうそんなのは汗と一緒に流れてしまったのかもしれない。

 グラウンドでは俺達を部室から追い出した間接的な原因の野球部員達が練習をしている。

 カキーン。

 甲子園のせいなのか、とても夏っぽく感じる音が響き、ボールが遠くに飛んでいく。

 青と白のバランスがちょどいい空だった。

 グラウンドは野球場じゃないため明確な定義はないけれど、アスファルトの方まで飛んでいったあれは、きっとホームランだ。

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