第5話 8月6日 ①
次の日、鍵を持って部室に行くと、すでにドアの前には諒太がいた。彼の手には昨日のビデオカメラが握られていて、背中のリュックはいつもより膨らんでいる気がした。
「おはようございます」
「おはよう。女子たちはまだか?」
鍵を開けながら聞く。
「はい、まだみたいですね。まあ、まだ朝の九時ですし。集合は一応十時でしたよね」
「まあな」
昨夜、部のグループLINEで決まった集合時間は十時だったのだが、示し合わせたわけでもないのに、俺達は学校が開く九時に集まっていた。
部室に入ると、諒太は手に持っていたビデオカメラとリュックから取り出したノートパソコンを机に置き、廊下から見て左側の椅子に座り、すぐにパソコンの電源を入れた。
「それで、データはコピーしたのか?」
「えぇ、もちろん。通常の設定と同じようにMP4で保存されてました」
俺もリュックを部室の端に置くと、机に置かれた扇子を手に取り、諒太の向かいに座った。
「その他に分かったことは?」
扇子を扇ぎながら聞くと、諒太は口に手を当てながら少し「うーん」と唸った後、
「このカメラが具体的に何をしたのかが少し分かった気がします」と言った。
「それはどういう……」
「昨日の時点では、撮れないはずのものが撮れてたってことだったんですが、肝心なのは、撮っていたはずのものが撮れていなかったということだと思うんです」
言っている意味がよく分からない。
「つまりですね、僕達が穴を掘っている時の映像も撮れていて、且つ、雷雨の後の映像が撮れているのではなく、僕達が穴を掘っていた映像の代わりに、雷雨の後の映像が撮れているんです」
そのことの何が重要なのか、俺にはまだ掴めていなかった。
「その証拠に、映像の撮影時刻がPM 13:48となっていて、僕達がコンビニで傘を買った時のレシートは14:08となっています。これは後からグラウンドに映像を撮りに戻ったわけではないという証拠ですよ」
そう言いながら彼は昨日のレシートと、カメラを差し出す。
なるほど。ひとまずこれで千尋にかけられた疑いは晴らせるわけか。
「でも、それによって何が分かるんだ?」
諒太はコホンと一つ軽く咳をすると、改まった調子で話し始めた。
「あくまで仮説の段階ですが、僕はこのカメラが、未来を移すカメラではないかと考えてます」
諒太のことだから、てっきりこの不思議な現象を科学的で現実的な理由でもって解決すると思っていたのが、彼の口から出された答えは随分とSFチックなものだった。
「未来を写すカメラって……。そんなドラえもんのタイムカメラじゃないんだから」
「でもそう考えるしかないというのが現状です」
諒太もふざけて言っているわけではないというのは、口ぶりからしてもよく分かる。ただ、今の段階で未来を写すカメラと言われても、簡単に信じられるものでもない。
「科学っていうのは、再現性が大事だ。そのカメラが本当に未来を写すものかどうか実験するか」
「そのために今日は集まったんですよ」
諒太はそう言いながら嬉しそうにカメラを手にする。
「昨日、家でも何度か試して、最初に撮れた映像ほど明白ではないですけど、この仮説を裏付ける結果を得られてます」と諒太は自信満々に言う。
「なるほど。じゃあ部室ではどんな映像を撮るんだ?」
「蒼馬さんが何か話してくれてるだけでもいいですよ。僕のスマホのカメラでも撮るんで、その時間差をみて、どれくらい先を写しているか比べてみましょう」
「分かった。どんな話をすればいい?」
「この前の千尋さんと行った花火大会の話でもしてくださいよ」
「ダ・マ・レ」
諒太は、はいはいとそれを受け流し「じゃあ、撮りますよー」と言った。
「え、えーと、城南高校三年の藤ヶ谷蒼馬です。ただいまカメラの実験をしています。カメラが未来を映しているという仮説の元、実験をしています。あ、おーい、今モニターに写っているのは今の俺か?」
「はい、そうです。今の段階では普通のカメラと同じです。続けてください」
「えっと、とりあえず時間経過が分かるような話をしてくれということなので、前にネットで見かけた笑い話を一つ。ある女子が高校に入学したのですが、その高校の校則に、学外で着る私服であっても異性を惑わすようなものは禁止と書かれていました。そこで彼女は、父親に聞きました。『お父さん、異性を惑わすような服装とはどのようなもの?」と。父親はしばらく考えてから言いました。「うーん、制服かな」と。…………こ、こんな感じでいいか?」
「多分大丈夫だと思います。じゃあ一旦止めますね」
約一分の撮影だったが、これで一体どれだけ先の未来が映るのだろうか。それともただ普通にさっきの俺が写っているのだろうか。
映像を再生し始めると、そもそも俺が映っていなかった……。
「せっかく小話をしたのに、全カットかよ……」
「ど、どんまいですね。でも蒼馬さんが映っていないということは少なくとも普通のカメラではないということですよね」
「まあそうだけど、これだけじゃあ未来かどうか分からなくないか?」
「日の入り方からしてそんなに時間がずれてるよようには……、あ、ほら映像の上の方、部室の時計が映っています。スマホの映像の時計と針の位置を比べれば……」
「おい、ちょっと待て。それじゃあ最初から時計とかを撮ったほうが早くなかったか?」
その一言で、俺達二人は己のバカさ加減を痛感させられた。
「つ、次からはそうしましょうか」
映像も残り十秒となった時、画面の右端にかろうじて映っていた部室のドアがガラッと開き、「おはよー」と千尋が入ってきた。続いて姫ちゃんが「おはようございます」と入ってくる。
俺らは慌ててドアの方を見やるが、当然そこには誰もいない。
嘘だろ……。未来を映しているかどうかはともなく、このカメラは普通じゃない。それだけははっきりした。そして仮に未来を映しているとするなら、文化祭の目玉どころの騒ぎじゃない。
「ね、だから言ったでしょう?」
諒太は得意気になりながらも、その声は若干震えていた。俺だって怖い。まだ起きてもいないことが映ってしまったのだから。
「これ、もう少ししたら千尋たちが来るってことだよな」
「おそらく」
「千尋たちが来た時間と、撮影時刻の差を比べればどれくらい先の未来を映したか分かる」
「そうですね。撮影を開始したのが、九時十二分となってますので、ここから何分後か、ですね。前回は約二十分後でしたが、昨日僕がためした時は数分後の時もありました」
「ランダムってことか?」
「まだなんとも。ランダムかもしれませんし、なんらかの法則性があるのかも」
そう言って、諒太はホワイトボードの左上に9:12と書き込み、その横になにやら別の時刻を書き始めた。
「それは?」
「昨日僕が試したファイルの撮影時刻です。正確に何分後が映ったかまでは記録していませんが、大体のを覚えているので、ちょっと計算してみようと」
俺は諒太が座っていた席に移動し、先程撮れた映像をもう一度見返した。
どうにも不思議だ。カメラのモニターに映っていたのはその時のもののはずなのに、撮れた映像は別の時間帯のもの。そして、どれくらい先の未来を映すのかは、今のところ謎。
そして一番不思議なのは、なぜこのカメラがこんな機能を持ってしまったのか、だ。
前にこのカメラを使ったのは、俺の知っている限りでは、半年前くらいまえの千尋の誕生日会だ。その時は、ケーキに刺された消えにくいロウソクを必死になって消す千尋の姿がリアルタイムで映されていたため、その時は少なくとも普通のカメラだったわけだ。
その後に諒太がカメラを魔改造した可能性がないわけではないが、マンガじゃあるまいし、高校生がちょこっと改造しただけで未来が映るようになるなんてことはありえないだろう。
となれば、怪しいのは、そこの机の上で日差しを受けて怪しく輝くリアクターだ。
もしかしたらこれは特別な力を持った魔法石で、その影響でカメラがおかしくなったのかもしれない……。いや、この考えはSFというか、オカルトだ。別の理由を探そう。
そう思った時、部室のドアがガラッと空いた。
「おはよー」と千尋。続いて、「おはようございます」と姫ちゃんが入ってくる。
決まりだ……! このカメラは紛れもなく未来を映すカメラだ! そう気付くと同時に俺は、
「諒太、時計!」
とすかさず叫び、諒太が腕時計を確認する。
「九時……十七分過ぎって感じですかね」
五分か……。
「え、なになに? あなた達朝からなにやってんの?」
大きな目をさらに見開いて千尋が聞いてくる。
「実験。昨日のビデオカメラ、今のところの仮説だと、これは未来を映すカメラってことになってるから」
「はぁ? ちょっと何言ってるか私には分かんないんだけど。えっ? み、未来を映すって……どゆこと?」
「僕達もまだどういう仕組みかは分かってないんですが、これまでの検証の結果、未来を映しているとしか思えない現象が起きているんですよ」
「撮影を始めてから何分後かの映像が撮れてるんだ。まだ、何分後が映るかの法則性が分かってないから、さっきはそれを測ってたってわけ」
「へ、へー」
千尋は面食らったように声を漏らした。
「それで、その法則とやらは分かったの?」
「まだこれから。とりあえず何回か試してみて、法則性を見つけ出す」
「なんだかよく分からないけど、昨日の今日でそこまで分かっちゃうなんて、二人ともすごいね!」
姫ちゃんが羨望の眼差しを向けてきたが、俺達が時計を映せば済むことに気づかず、あれこれ手間取っていたことを知ったら、彼女はその目をもう一度向けてくれるだろうか。
「でもさ、法則性が分からなくても、未来が映るってだけで十分凄いんじゃないの?」
「そりゃそうだけど、いろいろ制限もあるしな」
「制限って?」
「例えば、カメラで撮ってる空間の未来しか映らないってのが一番大きいな。例えばテレビを映してても、明日の番組が見れるとは限らない」
「どうして?」
「そりゃ、明日のその時間にテレビがついてるとは限らないからだよ。テレビが消えてれば、画面が真っ暗な明日のテレビの様子を眺めることになる」
「え、じゃあ蒼馬くん、明日の私の未来を見ることも無理ってこと?」
「そうだね。どこか決まった場所で行われることの未来だけなら分かると思うけど」
「それでも十分じゃない? 嫌なことが映っていれば回避できるんだもん」
と千尋が嬉しそうに言う。
確かにそうだ。全ての不幸な出来事を知ることはできないかもしれないが、普通に生きていたら絶対に分からないことが少しだけでも分かるなら、人生が快適になるだろう。
そして、未来が映るということは、当然不幸なことだけが映るわけではない。幸福なことだって映る。利用の仕方しだいではお金儲けにも使えるかもしれないのだ。
世間に公表すれば、新聞やテレビで引っ張りだこだ。
タイムカメラ(仮)を研究機関に売ってもいいかもしれない。未来が映る技術が判明すれば、科学は大きく進歩するだろうし、そうなったらSF研は一躍世界の注目の的になる。
こんなうまい話があっていいものだろうか。
「でも千尋さん。僕は、未来が分かることが僕達を必ずしも幸せにするとは限らないと思います」
俺の妄想とは裏腹に、諒太が言った。
「考えてもみてください。僕たちは今、未来が分からないことを、強いて言えば諦めて生活しているんです。それがもし、分かる可能性があるとなったら、未来を知ってからでないと行動したくなくなると思うんです」
「確かに……。でもさ、全部の未来を見ることはカメラがあっても無理なんだから、そこまで極端なことにはならないんじゃないの?」
「まあそうかもしれませんけどね」
カメラの能力は、言ってみれば保険のようなものなのかもしれない。俺達は未来に何が起こるか分からないから、事故や病気に備えて保険を掛ける。未来の映像をとっておくのも、似たようなことだ。
例えば旅行に行く時、その日が雨かどうかを知りたければ、天気予報を頼るしかない。けど、カメラで保険をかけておけば、事前に知れて、雨ならば別の日にすればいい。
けれど、俺達だって全てのことに保険をかけて生きているわけじゃない。だからきっと
未来を知ることは、生活をより豊かにするだけなんじゃないだろうか。
俺と諒太の二人で、部室の壁にかかった時計をタイムカメラ(仮)で撮影し、その撮影時間と実際に撮れた未来の差の計算をした結果、この現象には法則性があることが分かった。
それは、撮影開始の時刻から、撮影時間の五倍の時間後の映像が撮影時間分、撮れるということ。
具体的に云うと、十二時ちょうどから、五分間カメラを回したとする。そうすると、撮影開始から撮影時間の五倍の時間後、つまり十二時から二十五分後、十二時二十五分からの未来が映る。撮影時間自体は変わらないため、要するに十二時ちょうどから五分間撮った映像は、十二時二十五分から五分後の十二時三十分までの映像となるわけだ。
このことが分かるまでに俺達は十数回、時計を撮影したわけだが、女子たちはその間、持ってきたお菓子を摘んでいた。
「ていうことは、そのカメラを使えば、狙った時間の未来を見ることができるってことでしょ?」
千尋がチョコレートで汚れた指先をティッシュで拭きながら言った。
「そういうことになると思います」
「それって凄くない? 私達なんでもできちゃうかもしれない」
「未来を知ったからって無敵になれるわけじゃないだろ。それに前言った制限もあるし、カメラの最大撮影時間の問題がある」
「そうなんです。僕が持ってるカメラは内蔵メモリ32GB、SDカードの容量が64GBです。リレー録画が付いているタイプではないので、ビットレートを下げても最大で四十時間弱が限界です。つまり、二百時間、約八日です」
「それならSDカードを、もっと大きい容量のに変えればいいんじゃないの?」
「それはあとで試してみますが、おそらくこの現象は、このカメラとSDカードにしか発生してないと思います。別のカードを挿して、そこに無事保存されるか……」
「それにな、俺達は無敵どころか、無防備すぎる。このカメラの存在が世間にバレたら、パニックどころじゃすまない」
「カメラの奪い合いになる……」
千尋が声を落として言った。
「そうだ」
その瞬間、部員全員の表情が曇った。
力を持つものは、常に危険に晒される。その力を奪おうとする奴に狙われるからだ。
だからより強くなり、奪おうとする気力さえ無くすか、もしくは奪おうとすれば共倒れになることを暗に示す。抑止力を強めるのだ。
しかし俺たちはただの高校生だ。だからこそ、少し前までは俺も完全に浮かれきっていた。未来が見えることの幸不幸や、それを世間に公表しようとか。
だが、法則性が分かり、このカメラの持つ利便性と危険性が手に取るように分かった時、俺は自分が何に首を突っ込んでしまったかに気づき始めていた。
「だから、このカメラのことは、俺達部員以外には絶対に言わないってことで約束してくれるか?」
そう言って部員の顔を見回すと、彼らははっきりと
「しますよ」
「分かった、する」
「うん、約束する」
と答えてくれた。
「ありがとう」
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