第4話 8月5日 ③

「……ということで、今ここにあるのが、今話したリアクターなんです」

 部室のパソコンで謎のメールを読んでから、グラウンドに行って、リアクターを掘り出し、雨に濡れた服を乾かすために裸になったところの経緯を、リアクターのスペルの説明にホワイトボードを使いながら、約5分ほどで諒太は話し終えた。

「で、結局さ、昨日の停電とそのリアクターには何の関係があるの?」と千尋が聞いた。

 俺と諒太は顔を見合わせ、諒太がしきりに手で、どうぞどうそとやるので、俺が説明した。

「か、関係はまだ分からないけど、停電した三分後に送られてきたメールに書かれた座標上に明らかに怪しい物体が埋まってたんだから、なんらかの関係はあるだろ」

「例えばどんな?」

「えーと、た、例えば、これは新種の隕石で、その衝撃波が原因で停電になったとか……」

 諒太を横目で見ると、それはないといった表情をしている。

「ま、発表の時、話のタネの一つにでもなればいいけどね」

「諒太くん、蒼馬くんがリアクターを掘ってる間、動画撮ってたんだよね? その穴とか、どんな風に埋まってたのかとか、見てみたいな」

 姫ちゃんの物腰の柔らかい話し方には、いつもほっこりする。

「あ、それもそうですね。今、見せますね」

 諒太はリュックからビデオカメラを取り出しながら、

「テレビに繋いだほうが見やすいですけど、カメラの画面でいいですか?」と聞いた。

「うん、全然いいよ。ありがとう」

 俺も一応どんな風に撮れてるのか興味があったし、千尋もなんだかんだ気になるのか、諒太がテーブルに置いたカメラを四人で覗き込む形となった。姫ちゃんが椅子に座り、その左側に諒太が膝立ちになり、その諒太の後ろから千尋が覗き込み、俺は千尋の右脇から少しつま先立ちしながら見ることとなった。

 花火大会の時ですらこんなに近くに千尋の顔があったことはなかったので、髪から香るプールの匂いに一瞬ドキッとしてしまった。

 じっくり見てしまっていたのか、千尋が「なに?」という表情でこちらを見てきたので、俺は慌てて首を小刻みに横に振った。

「あ、大丈夫だ。ちゃんとデータも残ってる。雨に濡れちゃいましたからね、少し心配していたんですよ」

 諒太はそう言って、一番最近の映像ファイルを再生した。

 次の瞬間、俺は妙な違和感を抱いた。本当に最初はただ、あれ?と思っただけだった・

 カメラの液晶モニターに写った映像の始まりは、晴れたグラウンドだった。写っているのは、穴とシャベル。

 だが、四人で一緒に見るには小さい、その液晶モニターに映る映像をよくよく見た俺は、全身鳥肌が立った。そして、その場に固まってしまった。

 え、なんで? なんで? なんでこれが写ってんだ? は? なに? どういうこと?

 頭に浮かぶ言葉には全て疑問符がついていた。疑問だらけだった。

 諒太の方を見ると、彼もこっちを見ていて、その顔は意味が分からないという顔、そのものだった。

 これは諒太のミスではなかった。何をどうミスっても、撮れる映像ではないからだ。

「え、なにこれ、地面と穴が写ってるだけじゃん」

「蒼馬くんが掘ってる時の動画は、違うファイルなのかな?」

 千尋や姫ちゃんが俺らに聞いてくるが、俺も諒太もお互い何て言えばいいか分からなかった。

 ただ怖い。鳥肌の原因は、けっして効かせすぎているエアコンのせいなどではなかった。

「ねー、リアクターを掘ってるとこの映像は?」

「あ、雨……」

 疑問で埋め尽くされた頭をなんとか整理して、一部機能を復旧させ吐いた言葉がそれだった。

「な、なんでなんですか……?」

 諒太もなんて言えばいいか分からないという様子だった。

「なにが? なんか変なとこでもあった? もしかして録画されてなかったの?」

「いや……、違う」

「じゃあなに?」

「撮れるはずのない映像が撮れてる……」

「蒼馬くん、それってどういうこと?」

「こんなの……ありえないだろ……」

 液晶モニターに映る映像は、晴れたグラウンドに穴が空いている映像だった。しかし、その穴は、俺がはじめに見つけた時の小さな穴ではなかった。シャベルで周りを掘り返した後の大きな穴だった。そして、その穴のそばには、発掘に使ったシャベルが転がっていて、俺や諒太の姿はない。

 そして、その穴の中には、水が溜まっていた。

 穴が水溜りになっていたのだ。地面も雨が降った後のように濡れている。

 そうなのだ。

 あの雷雨の後の風景が、そこには映っていたのだ――


「蒼馬……?」

 千尋が心配するように俺の顔を覗き込んできた。

 さすがに恐怖は薄れてきたが、頭は依然、混乱していた。テストで、勉強していた範囲が全然出題されてなかった時のような、頭が真っ白になる感覚。

「蒼馬さん……、どういうことなんでしょうか?」

「全然分からない」

「諒太、何がどうなってるの?」

 諒太が「どうしますか?」という表情でこっちを向いてきたので、俺は「説明していい」という意味を込め、二度頷いた。

「えっと、先ほど説明したとおり、僕達はリアクターを掘った後すぐに雨に降られたので、急いでグラウンドを出たんです。それからコンビニに逃げ込んで、そこで穴を掘りっぱなしで来たこととシャベルを置き忘れてきたことに気付いたんですけど、雨があがった後にもう一度グラウンドに戻ることはしていないんです」

 ここまでの諒太の説明では、千尋と姫ちゃんはまだ事情を理解してきれていない様子だった。

「諒太、もう一度映像を流してくれるか?」

 諒太が再度、映像をモニターで再生させ始める。

「ほら、まず穴が人が掘ったあとみたいに拡がってるだろ? そしてシャベルも置き忘れてる。それに加えて穴には水が溜まっているし、周りの地面も雨で濡れてる。これは雨が降ったってことだ。俺達が最初行った時、このグラウンドはカラカラに乾いてたから、これは今日の雷雨のせいだ。でも雷雨の後、俺らはグラウンドに行ってない。だから、この動画は撮れるはずがないんだ」

「撮れるはずない映像がなんで撮れてるの?」

 千尋がしごく真っ当な疑問をぶつけてきた。

「だ……、だから、それが分からないから俺達も驚いてるんだよ」

「あなた達二人が、私達を驚かそうと、一芝居打ってる可能性はない?」

「そんなことするわけないだろ」

「ふーん。どうかな」

 千尋が疑いながらそう言うと、

「ちーちゃん、いじわる言うのはやめようよ。蒼馬くん達だってほんとに分からないって感じだよ」と姫ちゃんが言った。

「姫っちは覚えてないの? この前のUFO映像のこと。あの時もUFOが撮れたって私達に見せてきて、結局はただの合成だったでしょ?」

「それはそうだけど……。蒼馬くん、今回のは違うんだよね?」

 今回のが、仮に俺らのドッキリであったとしても、こんなに純粋に信じてくれている姫ちゃんに真実を話す勇気が持てず、「そうだよ」と言ってしまいそうだが、これは正真正銘ヤラセではないため、何の躊躇も無く、

「そうだよ」と言えた。

「ほら、やっぱり。今度のは本物なんだよ」

 真剣な目で訴える姫ちゃんに、千尋は少したじろぎながら言った。

「でも姫っち、流石に撮ってないはずの映像が撮れてるってのはありえないでしょ」

「確かに僕もありえないとしか思えません」

 千尋に対して諒太が間髪を入れず同意する。

「でも実際に撮っていない映像が撮れてるんですから、原因が何かを突き止めないと」

「諒太のおじさんって大学の教授じゃなかったっけ? こういうの頼めたりしないのか?」

「確かに僕のおじさんは教授ですけど、研究で忙しいでしょうし、撮ってない映像が撮れてたなんて話、信じてもらえませんよ」

「そりゃそうか……」

 撮っていないはずの映像が撮れてたなんて、そんなの体験した者以外信じる気にはならない話だ。

「でも、停電中に送られてきたメール、座標、謎の物体リアクター、そして、撮れないものを撮るカメラ。これらは単なる偶然ではないと思うんです。僕達だけで何ができるか分からないですけど、解明しましょう」

「やるしかないな」

「その僕達っていうのには、もちろん私達女子も入ってるんでしょうね?」

 千尋がにやりと笑いながら言った。千尋と姫ちゃんの目にはさっきまでは無かったやる気が灯っていた。

「もちろんだろ!」

 俺は大きく頷きながらそう答えると、次に高らかに宣言した。

「今から、謎のメール及びリアクターの調査を、城南高校SF研究部の、夏の緊急課題とします!」

俺がそう言い終えて刹那、チャイムが鳴った。部室の時計を見ると、午後五時ちょうどを指している。言い終えるのがあと少し遅かったら、宣言中にチャイムがなってしまい格好がつかなくなっているところだった。夏休み期間中は、基本五時完全下校なのだ。

「調査の具体的方法とかは、諒太も考えておいてくれ」

「分かりました。でも僕だけを充てにしないでくださいよ」

「このリアクターとかいうのと、カメラはどうするの?」と千尋が聞いた。

「リアクターは、一応原子炉である可能性も考えると、放射線のこともありますから、ここに置いておきましょう。カメラは元々僕のですから、僕が持ち帰りますよ。家でデータをコピーしておきます」

「よし、じゃあ今日のところはひとまず解散ということで。お疲れ様!」

「「「おつかれー」」」

 それぞれ自分の荷物をまとめ、窓を閉め、エアコンを切り、最後は俺が鍵を閉めた。

 昇降口までみんなと一緒に降りて行き、そこから俺だけは管理人室に鍵を返しに向かう。

まだ空は明るく、空気も暑かったが、まだ乾き切ってない服に風が吹くと微妙に涼しい。ただ歩いてみると、やはり濡れたパンツが気持ち悪く、あの時躊躇せずにパンツも干せば良かったかなと少し後悔した。でも、もし全裸になっていたら、千尋にもっと怒られていただろうし、姫ちゃんにはドン引きされていたかもしれないと思い、やっぱりやめておいた良かったと秒で思い直した。

管理人さんに鍵を返した後、自転車置き場に向かうと、三人が待っていてくれた。校門まで一緒に歩いて行き、女子達はバス通学のためバス停へ、俺と諒太は駅の方へと自転車を走らせた。

 身体を包みこむ生温い空気の中を進みながらラジオをつけると、停電のニュースが聞こえてきた。おそらく今日は一日中このニュースばかりだったのだろう。

しばらく流していると、昨日の停電の主な原因は。強力なプラズマによるものだという話が聞こえてきた。しかし、そのプラズマ自体の発生原因は不明で、そもそもいくら強力とは云え、プラズマでこれほどの大規模停電が起きるのかも不明とのことだった。

 解明されていない超常現象を説明するときに馬鹿の一つ覚えでプラズマを原因とするのに似ていた。プラズマはそこまで万能ではないだろう。

 駅で諒太と別れた後も、家に帰るまでラジオをつけてはいたのだが、そこからやってくる情報は中身がスカスカで、それよりも俺達の掴んでいる情報のほうが、宛は外れているかもしれないが中身があるように思えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る