SS第33話 新しい場所へ

33-1話 新世界への旅


     ◆


 移民船に乗っている人間は、乗組員、と、市民、に分けられる。

 乗組員は船の運用に関わっている人たちで、市民は、移民船の中で生活している人だ。

 私、ミライ・マオは、いきなり船に乗り込んだので最初は登録がされてもいないし、住む場所もなかった。

 いつからか提督とも呼ばれるようになったポスト・アレアさんの秘書の方の部屋に泊めてもらっていたけど、今はそこからはどうにか脱出した。

 と言っても、いきなり部屋が空くわけもなく、乗組員の人たちが倉庫の一つを片付けて、場所を作ってくれたのだった。

 ちょっと独房みたいな感じだけど、我慢している。トイレは公共のものを使うしかないし、お風呂も大浴場まで行く。お風呂は、無料で助かった。

 ベッドは病院の予備のベッドで、やや固いけど、悪くない。

 その独房で、私はしばらく生活したけど、話し相手はまだ私の手元に留め置かれているレイしかいない。

 話のネタもないので、三次元チェスをしていることが多かった。

 たまにアレアの秘書の、レイザがやってくるのが何よりの楽しみだ。

「ちょっとお酒でも飲みに行きましょうよ」

 意外な申し出があったのは、特になんでもない普通の日だった。

「え? 私、あまりお金もないし」

 移民船の中にも通貨があり、情報マネーだけど、これで嗜好品を買うことになる。基本的な飲食は、電子化されているけど配給券が配布され、それで手に入れる形式だった。

「私がおごるわよ。ちょっとは船の様子を知るべきよ」

 うーん、確かに私はちょっと引きこもりすぎかも。

 こうして私は自分が乗る移民船の繁華街へ繰り出した。

 はっきり言って、驚いた。ちょっとしたフードコートのようなものを想像していたが、通路の両側に並ぶドアの周囲は丁寧に、もしくは雑に飾り付けられ、派手派手しかったり、シックだったり、雑だったり、とにかく、賑やかだ。

「よく来るんですか?」

「三回目かな。ここにしましょう」

 堂々とした様子で、レイザが一軒の店を選んで中に入る。バーのようだ。

 中は静かで、客は六人ほど。照明が暗くて、よく見えない。

 カウンターに陣取った私たちの元へ、店主らしいバーテンダーがやってくる。年齢は四十代か。

 どこで手に入れたのか、カウンターの向こうには控えめながら、いくつもの酒瓶が並んでいる。

「何にしましょう、ここにあるもので作れる範囲になりますが」

 私たちは瓶の様子を吟味して、注文した。バーテンダーが嬉しそうに微笑み、カクテルを作り始める。

「あなた、何をして過ごしているの?」

 レイザが静かな声で尋ねてくる。

「うーん、部屋で三次元チェスをしている」

「渋い趣味ねぇ」

 自分でも派手な趣味じゃないとはわかっている。

 でも、何か、三次元チェスをしていると色々な人のことを思い出して、不安になる一方で、安心もするのだ。

 まるで存在を確認するように、私は駒を動かす。

 その盤の向こうに、一人の人の姿を見て。

「お姉さんたち、ちょっといいかい」

 急に男性の声がして、振り向くと、二人の男が立っている。

 制服だ、とまず思った。移民船では乗組員と市民を分けるために、乗組員はほぼ四六時中、制服を着ている、今、すぐそばにいる二人もその制服を着ているから、乗組員だ。

「ナンパはお断りよ」

「ちょっと酒を楽しく飲もうってだけさ」

 言うが早いが、茶髪の方が私の横へ、黒髪の方がレイザの隣に座った。酒を注文し、茶髪の方が話し始める。

「そちらのお嬢さんは新顔だな」

「あら」素早くレイザが口を挟んだ。「私のことを知っているの?」

「アレアさんの秘書だよね、有名人だ」

 そして、と黒髪が私を見る。

「そちらのお姉さんは、飛び込み乗車のお客さんだ」

 どうも私は知らないうちに有名になったらしい。

「彼女に何かお仕事の依頼でも?」

 穏やかにレイザが問いかけると、二人の男は視線を交わし、黒髪のほうが折れたようだった。

「そちらのお嬢さんは引く手数多でね。つまり、アイドルさ」

 ぐっと彼が顎をしゃくるので、そちらを見ると、別の客がこちらへ手を振ってくる。

「でだ」

 茶髪の方が話す。

「さっさとものにしちまおう、ってことになったわけだ。どうする?」

 どうするも何も……。

 あまり恋愛の経験はないし、恋愛したい気持ちでもない。

 日々の生活そのものに悩んでいて、考えられそうもなかった。

「俺はシンドラ・リリクス」

 茶髪の方が手を差し出してくるので、それを握った。次は黒髪の方だ。

「俺はレイモンド・ロット。俺たちは船外活動専門員だよ」

 思わず私は目を丸くしていた。

 乗組員は大抵、いくつかの仕事を掛け持ちする。

 だけど、専門員は別だ。

 彼らはまさにスペシャリスト、一つのことに専念する。

 いわば、乗組員の中でもエリートだ。

「ここで自分をアピールしないのがもったいない、と思っちゃうわね。私はどうかしら?」

 レイザがふざけた口調で言うのに、シンドラもレイモンドも笑っている。

「アレアさんの逆鱗には触れたくないね」

「秘書殿は秘書殿で、狙っている殿方がいるのでは?」

「あらあら、つまり、私はお呼びじゃないのね」

 二人の男性がこちらを見ている。

「すぐには決められないだろうが、ま、考えておいてくれ。じゃ、連絡先はこっち」

「あ、シンドラ、お前、ずるいぞ。俺のはこっちな。間違えないように」

 彼らが鉛筆で店の紙ナフキンにサラサラとアドレスを書く。

 渋々、受け取る。なんか、変なことになってきたな。

「お、珍しいな」

 三人目の男性の声がして、私たちは一斉に振り返った。

 そこにまさに、ポスト・アレアが立っていた。ビッグの中のビッグだ。

 全員が起立しようとするのを、彼は身振りで止める。

「こんな場所だ、立場は忘れよう。隣、良いかな、シンドラ」

「ええ、もちろんですよ。参ったな」

「何がかな?」

「女性を口説いていたところでして」

 冗談めかしてシンドラがそう言うと、ニヤっとしてアレアがレイザを見た。

「レイザもモテるな」

 短い沈黙の後、男たちが笑い声をあげ、同時にレイザの眉がつり上がった。

「アレアさん、セクハラですよ!」

「おっと、失礼。本気だったんだ」

 彼は動じた様子もなくウイスキーを注文し、すぐに出てきたそれを一口、飲んだ。

「ミライくん、最近は何をして過ごしている?」

「三次元チェスと、読書です」

「文化的だね。君次第だが、文化保護委員会の役職を用意しようか?」

「私はただの小娘ですよ」

 ふむん、とアレアがこちらを一瞥した。柔らかい視線だった。

「しかし、何度も戦いをくぐり抜けた戦士でもある」

「私は、戦争には参加していません、遠くにいただけです」

「それでも戦場の空気を知っている」

 場が急に重たくなった。それは全員が感じただろう。意外に空気が読めない人かも。

「こうしましょうよ」

 レイザが一撃で空気を壊すように、大きめの声で言った。

「ミライちゃんと三次元チェスで対局して、勝った人は彼女とデートができる」

「ええ!」

 思わず大声を出す私の横で、いいね、それでいこう、とシンドラもレイモンドも頷いている。

 どこからか投影装置が運ばれてきて、あっという間に私の前に三次元チェスの盤と駒が用意される。

「まずは俺からだ」

「いや俺から」

「落ち着いてジャンケンでもしなさいよ」

 レイザの指摘に、二人はジャンケンをして、結果、レイモンドが勝った。

 盤を挟んで向かい合う。

 負けたくない。それは私に三次元チェスを教えてくれた人を、裏切ることだから。

「よろしくお願いします」

 私は深く頭を下げた。



(続く)

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