32-4話 若者の道
◆
抜き打ち検査は、つつがなく終わった。
驚くべきことだ。
旦那は言った通りに、大量の廃船の解体依頼書と、そこから生まれる廃材の買取契約書さえ作った。
それもほんの数分でだ。
たまにモニターに映る若い女性が、その仕事を仕上げたらしい。
ただの形だけの貴族で、博物館を作って面白がっている道楽者かと思っていたが、そうではない。
ちゃんと考えているし、策を練ることもできる。
我が社の違法機動艇も、難を逃れた。
説明にはだいぶ苦しかったが、ストレイト氏の助力がものを言った。
軍人への説明の内容は、ダグはストレイト氏の機動戦闘艇操縦士育成学校の特待生で、技量を積むためにあの機体を運用した、というのだ。
つまり商用ではなく、趣味の一環としたのだった。
粒子カッターを取り外すこともなく、俺が使っていると主張した。それだけで済むとは、思わなかった。
もしダグが粒子カッターで廃船を解体してるところを見られていたら、こんな言い訳は通じない。
この程度の言い訳で済んだのは、幸運以外の何物でもない。
疑り深い軍人の不満をなだめたのは俺ではなく、ストレイト氏だったわけだし。
こうして俺は抜き打ち検査を際どくすり抜け、次の仕事に取りかかった。
ストレイト氏のところに廃材を送らなければいけない。
『再組み立てが可能なようにできないかな』
「なんですって?」
若者の何気ない言葉に、思わず目を剥いてしまった。
「廃船の所持は厳しく制限されていますよ、ご存知でしょう。たった今、私のところで起こったことを、旦那の身近でやりたいのですか?」
『衛星軌道上に博物館を建造中でね、そこに展示したい』
「博物館?」
『そう、大型艦船博物館。良いだろ? 一度、見に来れば良い。実際の艦船が展示されているんだ』
なにやらとんでもないことをしているらしい。
いくつか打ち合わせをして、俺は例の時からずっと不機嫌なダグを蹴り飛ばし、二人で作業に入った。
俺も昔は相棒と艦船の分解に精を出した。
それをもう一度、やるしかない。
ダグに船外活動服を着せ、二人で工具を抱えて宇宙を漂う。
骨が折れるなんてものじゃない。果てしなく続くかと思った。
作業しながら、ポツポツとダグが話す。
『あのおっさん、どういう奴だ?』
クルーガ・ストレイトのことだろう。
「あの人はテロリスト相手に武勲をあげて貴族になれた。貴族になったのは偶然だが、武勲は本物だ」
『武勲?』
「機動戦闘艇の遠隔操作で、な。超一流の技能がある。そういう噂だ」
マイクがダグのため息を拾った。
『それが子供相手に本気とは、恐れ入るよ』
「これからお前の先生になるんだぞ」
『学校っていうのは、うんざりするんだよなぁ』
何がそこまでダグを不快にさせるか知らないが、しかしもう決まったことだ。俺もあまりつつかずに、流れで奴が育成学校へ行くように仕向けるつもりだ。
あっという間に一ヶ月が過ぎ、旦那に送りつける分解された戦闘艦が二隻、巨大な荷物に仕上がった。
民間の運送会社では取り扱えないので、仲間の大型輸送船を雇い、それに牽引させる。
この輸送船とともに、ダグもストレイト氏がいる惑星スルガに向かうことになる。
別れの前日も、俺たちは一緒に元通信室に浮かんでおり、奴はゲームをしながらクッキーを食べている。俺もゼリー飲料を飲んでいる。
「あまり肩肘張らずに、楽しめよ」
ちょっとは念を押すか、とそんなことを言ってみたが、ダグは「ああ」と応じるだけでゲームに集中している。
「ゲームが上手くても世の中は渡れないよ」
これはちょっとした勢いで口にしただけで、たまにどうしても思ったことを口走ってしまうのが、俺の悪い癖だ。自覚していても、止められない。
ダグは全く動じずに指を動かし続ける。
「好きなんだよ、こいつが」
少しの沈黙の後、ボソッと、ダグが答える。
「訳わからない連中の中にいるより、一人で作り物の世界にいる方が、居心地がいい。この船もそうだよ。じいちゃんとだけ関わっていればそれでいいし、機動艇も操縦できる。何も文句はない。ただ、そうとも言っていられなくなった」
言っていられない?
「ストレイトさんの技は本物だ。あんなにうまい人には会ったことがない。だから、実際に会いたいし、実際にどういう腕前か、気になる。それを確認したら、次を決めるよ」
「次も何も、お前は育成学校で勉強するんだ」
「勉強するほどのものがあればね」
この怖いもの知らずの、強気のティーンエイジャーには何を言っても無駄なようだ。
結局、別れらしい別れもせず、ダグはやってきた大型輸送船に乗り、去っていった。
奴がメッセージを寄越すわけでもない。それでも最初の一週間は頻繁に通信機を確認してしまった。もちろん、何も届かない。
俺は一人で仕事を続け、そろそろ求人を出すかな、と思ったのはダグが旅立ってから三ヶ月後だった。
ただ、廃船もおおよそが回収されたらしく、最近は入荷も減ってきた。独りきりなので、細々とした収入でもなんとかなるが、今後を考えると、身の振り方も問題になってくる。
俺も、何かのインストラクターをやるべきかな。
何の技術を教えればいいのかは、皆目、見当がつかないが。
その時、俺はぼんやりと中央制御室のモニターを見ていて、亜空間航法からの離脱の兆候をセンサーがキャッチしたのに気づいた。
小さい反応だ。民間船か?
パッと現れたのは、機動艇だった。機動戦闘艇だが、武装は全部、外されている。
こんなところに機動艇?
『へい、じいちゃん、元気にしているかい?』
通信機から流れてくる声に、俺は思わず、空中で姿勢を乱した。
「ダグか? こんなところで何をしている?」
まさか育成学校を捨ててきたのだろうか。
そんなことはないと思いたいが……。
俺の不安をよそに、ダグの声が続く。
『特別休暇だよ。五日間。行き来に時間を取られるけど、ここで半日は過ごせる』
音声のみの通信でやり取りし、奴の機動艇をオポチュニティーに着艦させた。
出迎えてダグの顔を見て、俺は言葉を失った。
「ちょっと派手にやられてね」
奴は頬に青あざができていた。通信が音声のみだったのはこれが理由か。
「退学になったわけじゃないよ、そこは安心してくれ」
ふわふわと漂いつつ、ダグが笑う。
「くだらない生徒をコテンパンにしたら、先生にぶん殴られた」
「どうせ挑発したんだろう」
「貴族のボンボンで気に喰わないんだよ。あんな腕じゃ機体を無駄にするだけさ」
やっとダグが俺の前にやってくる。少し背が伸びた気がする。気のせいだろう。
「勉強は楽しいか?」
「楽しいもんか、最悪だよ」
吐き捨てるように言って、だが顔には不敵な笑みが浮かんだ。
「だけど、利口ぶっている奴らの鼻っ柱を折るのは面白い」
……ものすごく偏向し始めている気もするが、ストレイト氏を信じるしかない。
「まずは飯にしよう」
「クッキーはある?」
「お前が置いていった分があるはずだ」
良かった、とダグが笑う。
「じいちゃんもたまには、ゼリー以外を飲んだ方がいいよ」
「あれが好きなんだ」
二人で宙を移動している時、ダグがしみじみと言った。
「世の中っていうのは、チャンスばかりだな」
変に年寄りじみたことを言うな。
だが俺は無言で、奴の方を向きもしなかった。
ダグには確かにチャンスがやってきた。
しかし元を正せば、それはダグがゲームに全てを注ぎ込んだからで、チャンスを掴んだのは、ダグ自身の努力と情熱だった。
こいつもいつか、それに気づくだろう。
それは大きな救いになるはずだ。
俺は自分の中のジレンマが、少し解けたのを感じた。
(第32話 了)
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