31-4話 失われた人と残された人


     ◆


 捜査の結果、まさにマスタングが話した通り、ホライゾンという戦死者遺族の集団が摘発された。

 帝国警察がその集団の指導者である男を確保し、取り調べを始めたことを、私は中央指揮所の執務室で知った。

 結局、第一病院には三日ほど入院し、実際には三日間、みっちりと麻雀を続けた。

 こんなことでは税金泥棒と言われても反論できないが、その税金を受け取っているがために命を狙われたわけで、責任に見合った対価の一つとしてほしい。

 ホライゾンは数年前に設立された団体で、代表はキィス・ドロウイングという五十代の男だ。

 彼の一人息子、ブラド・ドロウイングは十九歳で戦死している。

 それは例の、テロリストの最後の戦いでだった。

 連中が第二次自由領域と名付けた場所での戦闘。

 ブラドという兵士は、帝国軍の戦闘艦に乗っていた。

 その戦闘艦は運悪く、例の亜空間航法制御システムへの妨害に即座に対処し、予定通りの地点で、亜空間航法から離脱した。

 戦闘艦は僚艦と離れ離れになっており、テロリストどもの猛攻、その直撃を想定外の寡兵で受け止めた。

 敵は、人工知能が操艦する、まさに命知らずの突撃艦隊だった。

 どういう戦闘が行われたかは、当の戦闘艦が撃沈されたため、はっきりしない。戦闘を記録した装置も、どこかに行方不明になった。宇宙を漂っているか、もしくは粒子ビームかエネルギー魚雷で焼かれたか、艦と共に消し飛んだのだろう。

 こうして不幸にも多くの将兵の命が失われていた。

 そしてその瞬間に、キィス氏は復讐の道を選ぶことが決まった。

 ホライゾン自体は最初は穏当な、戦死者を家族に持つものが集まる集団だったようだ。 

 それがどういうわけか、そのうちにテロを計画し、実行に移すに至る。

 私の元にも近いうちに詳細な報告書が来るだろうが、想像できることもある。

 遺族が抱える苦悩の原因を、何に求めればいいか。

 テロリストがいけない、と理屈を作ろうにも、そのテロリストはもういない。

 では、何が残っているか。

 それは自分たちの家族を犠牲にして生き残っている、帝国軍人だ。

 軍人の中でも、家族を指揮していたものに批難の目は自然と向く。

 誰もがそう考えるわけではないだろうが、ホライゾンは全体で同じ方向を向き始めた。そうなってしまえば、同じ立場の人間が集まっているのだから、加速度的に全体の意思が収束し、止められなくなるのも想像できる。

 彼らは私を標的と定め、武装し、計画を立てた。

 交通管理システムにさえ介入したのだから、恐れ入る。

 あの車の追突の瞬間、私は死んだも同然だった。テロリストの車両が立体道路から転落したから助かったのだ。テロリストの作戦の一つでは、私の車両をこそ、立体道路から落とすものもあったはずだが、それも不発に終わった。

 あまりにテロリストには運がなかった。

 そう、私はそう考えて、日々を送っていた。

『元帥、お客様です』

 それは事件から二週間ほどが過ぎた日で、この時もいつかと同じく、時刻は十八時を回っていた。

 時計を見て、スケジュールを見る。誰の予定も入っていない。

「誰かな?」

『それが』

 不意にメイリアの声が途絶える。

 そしてドアが開かれた。

 テロリストの襲撃か、と反射的に拳銃に手が伸びる。

「遅くにどうも」

 害意のない声に、私は拳銃を握ったまま、相手を見た。銃口を向けるまでには至っていない。

 特徴のない男がそこにいて、すぐに背後でメイリアが彼を押しとどめようとしているが、ビクともしていないのがよく見えた。

「ちょっとだけ、お話をいいですか?」

 男は穏やかそのものだ。

 年齢は三十代。身のこなしは軍人のそれだとはっきり分かる。しかし髪の毛が長いし、服装もそこらにいる帝星のエリート会社員に見える。

「良いだろう、そちらへ」

 ソファを示す。彼は穏やかに笑い、しかし粗野な感じにソファに腰掛けた。不満げなメイリアに視線を送ると、彼女はかすかに頷き、そっとドアを閉めた。

 私もソファに座り、男に身を乗り出す。

「情報局だな」

「おっと」男が意外そうな顔になった。「良くお分かりで」

「見くびってもらっては困る」

 私たちは笑みを交わし、それだけで信頼が構築されたのが私にはわかった。

「情報局が何の用だね?」

「例のテロの件ですよ。俺はホライゾンに潜入捜査に入っていた」

「ああ、そうか。では、私の命の恩人なわけだ」

 そうですよ、と彼が微笑み、ポケットからタバコを取り出した。私はタバコを吸う趣味はないので、普段はしまっている灰皿を出してやる。彼は勝手にタバコに火をつけ、煙を吐き出した。

「命の恩人ですよ、まさにね。最初の攻撃を止めたのが、俺です」

「自動運転車のことかい?」

「粒子ビーム狙撃です」

 思わず彼を凝視してしまった。冗談かと思った。だがそんな顔つきじゃない。

 記憶が蘇った。

 どこかの建物で、一瞬、光が瞬いた。あれだ。

「狙撃手は確実にあんたをあの世に突き飛ばす状態だった。でも俺がいたせいで、逆にあいつがあの世に転落した」

 なら、納得がいく。

「車の転落も、それか?」

「もちろんですとも。俺がタイミングを調整した。だから、あんたの車が柵に引っかかり、連中の車だけが転落した。本当だったら、落っこちていたのはあんたの車なんだ。爆薬も、実際にはあんな地上で炸裂する予定じゃなかった」

 そうか、そうなのか。

 何もかもが私に有利に働くわけだ。

 有能な人間とは、いるものだな。

「感謝するよ。君、名前は?」

「ハトダと名乗っていますが、本当の名前じゃありませんよ。俺たちは名前がない存在ですからね」

 良いだろう、と私は頷いた。他にできることは少ない。

「君の顔を覚えておこう。また会えるかな」

「また会うとしても、初対面としてお会いするでしょう。それに、俺の顔はすぐに作り変えられるので、覚えていても無駄ですから、あしからず」

 やれやれ、この男は本当に優秀らしい。

「そこまで帝国に尽くしてくれることを、感謝する」

 頭を下げる私の向かいで、ハトダが息を吐く音が聞こえる。

「俺に頭を下げる前に、遺族の一人にでも頭を下げたらどうです」

 そう言われて、私は頭を上げるのをやめた。

 言う通りだ。遺族のことを、私は考えていたつもりだった。まさにつもりだったのだ。

 もっと戦死者遺族に手を尽くすべきだ。

 あの戦闘、それ以前にテロリストの跋扈も、そもそも帝国軍の不手際と言える。

 私たちに全ての責任があるのだ。

「肝に銘じておく」

「俺に説教されても、別に気にしなくていいですよ」

 頭を上げると、もうハトダはソファから立っていて、ドアに向かっている。

「ありがとう、ハトダくん」

「ああ」彼がドアの前で振り返る。「これだけは伝えておきましょう」

 なんだ? 視線で促すと、彼が皮肉げな笑みを見せた。

「俺の兄は、あんたの指揮下で戦死したよ」

 絶句する私にひらひらっと手を振ると、今度こそドアを開けて、ハトダは出て行った。

 ローテーブルの上の灰皿で、一本のタバコがもみ消されていた。



(第31話 了)

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