31-3話 身内
◆
私は結局、帝立第一病院に運び込まれ、検査を受けた。
「むち打ちですね」
医者は若い男で、私のことを知らないような素振りだった。
「どこかで交通事故が起こったと聞きましたけど」
私は思わず失笑してしまった。
こういう時、機密を守ろうとすると知っている人間を集めて、そこから何も漏らさないようにするのが普通だ。
しかし現状は、誰が考えたのか、全く知らない人間を用意し、ほとんど情報を流さずに、そのまま何もはっきりさせない、という手法らしい。
そんな手法があれば、だが。
「自動運転車が故障してね」
私は思わずそう答えた。
病院に入る前、警察車両に乗せられた段階で、帝国宇宙軍の制服は脱がされた。あの制服を着ていれば、自分がどこにいるのか宣伝しているようなものだ。
警察車両も相当な数が集まっていたから、今頃、方々へ散って、私がどこにいるか悟らせないように陽動の最中だろう。
私の行き先がテロリストに漏れているわけだが、敢えて第一病院に向かうことで、相手は戸惑う効果があるかもしれない。
それに、第一病院の警備は、相当に厳重で、安全といえば安全だ。
「どこかの富豪か何かですか?」
「そうらしいね」
「即座に治す治療方法がありますが、どうします?」
難しい質問だった。科学分野全般が発展しすぎて、ありとあらゆる病気や怪我が、金さえ払えばすぐに治療し、すぐに完治させることができるのだ。
「地道に治すとなると、どれくらいかな?」
「三日ってものでしょう。どうしますか?」
「三日なら耐えられる」
良いでしょう、と医者が即座にカルテを作り、「もう良いですよ」と診察室から送り出してくれた。
外に出ると私服の若い男が笑顔で待っている。知らない顔だ。
「現在、捜査中です」
男が笑顔のまま、控えめな声で楽しそうに言う。これなら離れた場所から見れば、家族に話しかけられている老人という構図になる。捜査が楽しいわけではないだろう。
「マスタングのところに行きたいんだが?」
「薬をもらってからです」
まるで家族のようなことを言うな……。
まさかと思ったが、会計も一般人と同じように済ませ、私は例の若い男とともに入院患者のいるフロアへ向かう。この男が軍人なのか警察なのかは、わからないが、体の動かし方は軍人に近い。
巧妙に隠しているので、わかりづらいが、そういうことにしておこう。
エレベータを降り、男に先導されて病室の一つに入る。
一人部屋で、広々としている。ベッドが小さく見えるが、ベッドにいる人間を見ると、ベッドそのものも大きいとわかる。何かがチグハグで、感覚がおかしくなる。
そのベッドで上体を起こしている初老の男が、にやっとこちらを見る。
「無事なようだな、シヴァ」
「お前もな、マスタング」
マスタングは見たところ、点滴を受けているようでもないし、意識がはっきりしないようでも、体が不自由なようでもない。
「お前も入院するのか? それとも日帰りか?」
「秘書が知ってる。これからその私の秘書がやって来ると思う。そうだね?」
護衛の男に確認すると、頷き返された。
それを見て、マスタングが悔しそうな顔になる。
「もしここに麻雀卓と牌があれば、楽しく時間が潰せるんだがな。どこかの医者が隠し持っていないかな」
「認知症予防のために病院にあるんじゃないか?」
私の言葉にマスタングが嬉しそうに笑う。
「認知症の九割九分が医療で解消できるのに、まだ麻雀をやる奴がいれば、見上げたものだ」
「お前のことか?」
「お前のことでもある」
それからしばらくして、驚くべきことに、メイリアとマスタングの秘書が協力して、どこかから麻雀卓を運んできた。全自動卓ではない。骨董品じみた、普通の卓だ。誰が命令したんだ?
「これはどこから?」
「高齢者医療の部署からです」
そっけなくメイリアが説明する。本当に認知症に効果があるのか、疑わしいが、そういうことを考えるものもいるのだ。
椅子も用意され、護衛が見ている前で四人で卓を囲む。
「ここは食事のデリバリーもあるのかな」
私が思わず呟くとマスタングが笑う。
「十七時に夕飯が来る。私の分だけだが」
入院食じゃないか。それはラーメンと比べれば、相当に不味そうだ。
麻雀を続けながら、マスタングが話し始めた。
「お前を狙っているテロリストがいる、という話をするために呼んだが、間に合わなかった」
私は牌を一枚掴み、手牌を眺めるふり。
思考はテロリストに向いている。
それでも最適と思われる牌を捨てる。
「自由軍とか名乗っていた連中か?」
「まさか。帝星に潜入した奴もいたらしいが、もういないだろう」
「では、誰だ?」
マスタングがこちらを見て、これ見よがしに牌を捨てる。
「戦死した帝国軍人の遺族だよ。戦死者遺族団体で、ホライゾン、と名乗っている」
ふむ。私は自然と例の護衛の男を見た。また頷き返される。
その程度は把握している、ということか。
私は卓に向き直る。山の牌を手に取り、即切り。
手牌を見ながら、考えていた。
まさか、同じ帝国民に攻撃されるとは。軍人も因果な職業だ。
マスタングが激しく理牌しているのを見つつ、マスタングの秘書が鳴いたので、そちらをちらっと見やる。
何かが動いた気がした。
またもマスタングが理牌。
「イカサマはなしだぞ、マスタング」
「なら手を掴んでみろ」
何度も繰り返されたやり取りだ。ぶっこ抜きとか呼ばれるイカサマがマスタングの得意技だが、あまりに巧妙で素早い。
「で、どういうことだ?」
私の問いかけに、マスタングが笑う。
「ホライゾンは、危険な組織になりつつある。軍人、それも指揮官クラスを狙うテロを計画し、今回が最初にして、最大の花火ってわけだ」
「車に追突事故を仕掛けることが?」
「なんだ、知らないのか?」
意外そうな顔のマスタングが、山から牌を引く。
「お前の車に追突した奴には、十分な爆薬が積まれていた」
なんだって?
「ほんの少しでも運が悪ければ、お前は今頃、宇宙の彼方に吹っ飛んでいる」
パタッとマスタングが手牌を倒した。
「これは、満貫かな」
「本当か?」
「俺が計算を間違えるかよ」
「違う、爆薬のことだ。メイリア、聞いているかい?」
はい、とメイリアが頷く。
なんてこった。
「安心しろ、シヴァ」嬉しそうにマスタングが笑う。「この病院はそう簡単には吹っ飛ばない。どれくらいの怪我だった? 五日でも十日でも、入院していけよ」
答える言葉がないままに、私は点棒をマスタングの前に放った。
一体全体、どうなっているんだ?
(続く)
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