SS第32話 戦いの後の世界

32-1話 廃品回収


     ◆


 輸送船からの通信を、転送して携帯端末で受ける。

 モニターに中年の男が映った。顔見知りだ。

『へい、メタリック、荷物を持ってきたぜ』

 そのウインドウを小さくして、今の我が家の様子を見る。どこに案内するべきか。

「第八十二番地へ置いてくれ。うちのが受け取るから」

『第八十二? それはまた増えたな』

「それだけ儲かるってことさ」

 通信が切れる。重力発生装置を切っているので、移動には通路にあるハンドルを利用する。

 レールを走るハンドルに引っ張られて、俺は中央制御室にたどり着いた。

「じいちゃん、来るのが遅いよ」

 十六歳になったばかりの孫、ダグが声をかけてくる。こちらを見ずに、モニターを眺めつつ、両手でゲームのコントローラーを弄っていた。

 遊んでいるわけではない、仕事中だ。

 俺はその横まで宙を泳ぎ、モニターの映像を確認。

 無数に浮かぶスクラップ、元は軍艦や軍船だったものの間を、カメラが泳いでいく。

 そのモニターに、左右に二本ずつ、カニの腕のようなものが見える。

「第八十二番地だから、第七十八番地と接続するけど、良い?」

「それで良い」

 話している間に、視界が開け、輸送船が見えた。

 見えたが、輸送船が引っ張っているのは、帝国軍の戦闘艦だった。ただし、半分しかない。エネルギー魚雷で破壊されたようだ。

 悪くないスクラップだぞ、こいつは。

「ダグ、丁寧にやれよ」

「どうせバラすだけでしょ?」

「使える部品を回収する」

 了解、了解、と軽く頷いて、カメラが輸送船に近づいていく。

 輸送船の後部に増設されていた頑丈そうなアームが、戦闘艦の残骸を手放す。

 慣性で流れてくるそれに向かって、カメラの両側から四本のアームが伸びる。

 捕まえた瞬間に、ダグが「おっと」などと口にする。

 カメラが揺れたが、すぐに正常に戻る。さすがにうまいな、即座に姿勢制御してみせるか。

 片手でゲーム用を流用した機動艇のコントローラーを操作しながら、ダグが端末を操作する。

「斥力場フィールド発生装置が、そろそろ品切れだけど?」

「すぐ手に入るさ。さっさと固定しておけ。俺が今から中の様子を見てくる」

「気をつけてー」

 軽くダグの背中を叩き、中央制御室を出る。通路を進みながら、携帯端末で輸送船の男に、金を払う。金額で少し揉めたが、どうにかなった。

 使い古した船外活動服に着替え、ヘルメットを被る。

 ヘルメットの内側で機密が確保されたことが表示される。同時に通信を中央制御室と結んだ。

『安全確認は終わったよ』ダグの声。『問題なし。艦首に近い方は、結構、無事みたい』

「わかった。一応、監視していてくれ」

『アームでできることならね』

 エアロックを抜けて、外へ。

 俺の拠点である機動母艦、しかし半壊しているオポチュニティーの周囲に張り巡らされたワイヤーを利用し、大量の艦船の残骸の間を抜けていく。

 ランドセルと呼ばれる姿勢制御装置を背負っているが、噴射材がもったいないので、使わない。節約は大事だ。

 ワイヤーの密度が薄くなる。そばを通った残骸の外装に書かれた数字は六十七。

 つまり六十七番地だ。かなりオポチュニティーから離れたな。

 俺がやっているこの廃品回収拠点は、オポチュニティーを中心にして、無数の艦船の残骸同士を斥力場フィールドで繋ぎ止めている。ワイヤーは移動のためである。

 番地は、ただの整理用のためだった。

 そのうちに、七十五番地を抜け、目の前についさっきの新しいスクラップが見えてくる。

 巨大なカニのようなものが浮かんでいるが、あれがダグが操作していた機体で、元は機動戦闘艇だが、あまりに弄りすぎていて、原型はもう少しもない。

 どうやら新入りのスクラップはもう斥力場フィールドで繋がれているらしい。

 慎重に近づき、両足で着地。

 と、足が滑る。

 反射的に、多くの艦船の外装にある、船外活動員のためのガイドバーに手を伸ばし、掴んだ。

 ぐっと力を込めて姿勢を整え、ガイドバーに従って移動していく。

『宇宙の果てまですっ飛んじゃうよ、じいちゃん』

「すっ飛ぶもんか」

 ハッチに辿り着くが、もちろん、電源が入っていない。

 緊急時にハッチを開放するレバーを片腕で繰り返し捻る。

 手ごたえがあって、ハッチが開いた。引き開け、中に滑り込む。

 真っ暗だ。船外活動服の袖に内蔵されているライトを使い、奥へ進む。

 確かに艦首はほぼ無事だ。再利用可能な部品が多い。活動服のカメラで記録していく。

『適当に切り開いてもいいんじゃない?』

「お前は商売をなんだと思っている?」

『暇つぶし』

 だから高等学校を中退することになるんだ、と言いたかったが、我慢した。

 俺自身、商売は金稼ぎのためだが、金稼ぎも暇つぶしと大差ない。

「良いだろう、俺もあまり細かい作業は好きじゃない。記録が終わったら、お前に預ける」

『わかったよ。予定通り、第四十二番地の奴を先に解体する』

「あれは急ぎだからな、慎重にやれよ。それでいて素早くな」

 アイアイ、などと返事がある。

 三十分ほどかけてスクラップの状態を確認し、俺は元来た道を通り、外へ出た。

 ハッチから顔を出すと、花火のようなものが見えた。それは途切れることのない、激しい火花だった。

 ダグの機動艇の四本の腕の先にある、蟹のハサミじみた部品が変形し、粒子ビームを迸らせている。粒子カッターと呼ばれる装置で、大抵のものを切断できる。

 その粒子カッターが切り裂いているのは、二世代ほど前の機動母艦の残骸で、みるみるうちにそれが解体される。

 廃品業者というのも楽ではない。出荷する時には、ある程度は大きさを整えなくちゃいけないし、分類もしなくちゃいけない。

 ダグは実質的に中卒のガキだが、どういうわけか、この手の作業が得意だ。

 帝国資格と呼ばれるものの一つに、粒子カッターの操作資格があるが、もちろん、ダグはそんなものは持っていない。そもそも受験可能な年齢に達していない。

 しかし、腕前は十年もその仕事に従事した奴と遜色ない。

 俺よりも上手い時がある。

 しばらくその仕事ぶりを眺めて、満足し、俺は戦闘艦の残骸を蹴りつけた。

 少しだけ推進剤を使い、あとはワイヤーでオポチュニティーへ戻る。

 エアロックを通って、やっと船外活動服を脱げる。タオルで汗をぬぐいつつ、中央制御室に入ると、宙にダグが浮かんでいる。

「第四十二番地は廃材をまとめているところ。発送エリアに運ぶよ?」

 時計をチェックした。

 予定よりわずかに遅れたが、余裕はある。

「三十分でやれ。伝票は作ってあるか?」

「書類は苦手だよ」

「だから高校を中退するんだ」

 思わず口走っていた。

 嫌そうな顔をしつつ、ダグは黙ってコントローラーを弄っている。

「悪い、言いすぎた。俺が作ろう」

「別にいいよ、高校を中退したのは事実だし」

 気まずい沈黙をフォローするように、通信装置が着信音を鳴らす。亜空間通信である。宙を泳いで、パネルを操作。

 モニターに顔見知りの鋼材を扱う業者が映る。

『やあ、メタリック。用意はできている?』

「もちろんだ」

 視線でダグへ指示を飛ばす。さっさと発送エリアへ運べ。

『また在庫が増えたんじゃないか?』

「すぐに売れるさ。そちらはもう追加注文はなしかい?」

『おたくには嬉しいだろうけど、実はあるんだ』

 モニターに書類が送られてくる。

 十分に対応出来る廃材がある。

「引き受けるよ、毎度あり」

『こちらこそ。今、亜空間航法から離脱する』

 パネルを操作してオポチュニティーの周囲を映す。と、亜空間航法から輸送船が飛び出してきた。俺は素早く別のモニターで、ダグの機体の様子を確認。

 なんだかんだで、素早く仕事を終えていた。

 これで一仕事、終わりだが、まだ次の仕事がある。

 今のところ、仕事が途切れる様子はない。

 結構なことじゃないか。




(続く)

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