2-20話 勝ち目のない戦い


     ◆


 カーターは目の前に現れてくる帝国軍の艦隊を前に、第八軍団と無人艦隊に指示を出す。

「攻撃開始だ! 敵の旗艦だけを狙え!」

 艦橋が騒がしくなり、モニターの中を大口径の粒子ビームが走り抜け、防御フィールドで弾け、瞬く。

 無人艦隊が前衛となり、どこか統制を欠いている帝国軍を切り崩していく。

 そこへ第八軍団の艦船が雪崩を打って突っ込んでいく。

 防御フィールド同士が触れ合うほどの超至近距離で、粒子ビームが交わされ、お互いに爆発し、散っていく。

 無人艦隊は人間では不可能な大胆さで、死地に飛び込んでいく。

 カーターはそれを見ながら、どこか哀れみを誘われた。

 人工知能は、命がない。しかしそれは人工知能を軽視する理由にはならないのだ。

 宇宙戦艦が推進器を狙い打たれ、爆発する。巨大な構造物が、カーターの乗るオシリスへ向かってくる。あまりに大きいため、速度が測れない。

 斥力場フィールドに衝突、負荷が限界を超えフィールドが消滅。

 だが構造物は艦橋をかすめて通り過ぎた。

 誰もが安堵した時、帝国軍の機動戦闘艇がその艦橋に突っ込んだことを、どれだけの乗組員が見ただろう。

 カーターは爆風を感じて、意識を失った。


     ◆


 惑星インディゴのカーテン発生装置の外、そうとはわからないように偽装された地下格納庫の中で、アレアは全乗組員を前に演説を行い、壇上から降りた。

 レオが変に気を利かせて、移民船の乗組員に制服を作ったが、これが帝国軍とも自由軍とも違うもので、確かに必要かもしれない、とアレアは壇上で思っていた。

 軍服と違うのは、階級章がないことだ。

 移民船団には、レオは同行しない。彼は惑星インディゴで新しい船の建造を指揮して、第二陣以降でインディゴを離れることになっていた。

 式典が終わり、乗組員は規律正しく、それぞれの船に乗り込んでいく。

 彼らの後から、整理されながら民間人がやってくる。

 三隻合わせて二万人ほどだけ、連れて行くことができる。

 ただし、何も保証のない旅だ。

 あるいは死ぬだけかもしれない。それでもこの民間人たちは志願者である。そう、アレアが譲らなかった、勇気のある者たちが、この二万人である。

 すでにすべての搭乗者が別れを済ましているが、民間人には涙を流す者が多い。

 それをじっと、アレアは格納庫の隅で見ていた。横にはレオが控えているが、無言だ。

「俺も酷い男だ」

 思わず、アレアは呟いた。

「なぜこんな危険なことをしないといけないのか、うまく説明できない。ただそこにだけ希望がある、自由があると感じるだけなんだ。それなら一人で行けばいいのに、こうして大勢に悲しみを強いている。まったく、酷いことだ」

「やめますか?」

 レオの口調に、思わずアレアは笑った。やや力なかったが、笑いは笑いだ。

「自分が代わりに行きますよ、と言いたそうだな」

「もしアレア執政官が抜けるのなら、僕が行くしかないでしょう。それでアレアさんがここで第二陣を指揮する。それはそれで、悪くない」

 何か重いものを吐き出すように、アレアは大きく息を吐いた。

「俺が行く。そう決めたんだ」

「なら弱音は禁物ですね」

「お前にしか言えないよ。これからは自分で収めなくちゃな」

 民間人が全員乗り込んだ時、格納庫はいやにガランとしていた。

 アレアとレオはそこで強く手を握り合った。

「次は新天地で会おう」

「そうですね」

 二人が手を離そうとする時、唐突に格納庫に音声が流れた。

『アレア執政官、新しい客が来ていますが』

 水を差されたような気になりながら、アレアは怒鳴った。マイクが拾うだろう。

「誰だ!」

『若い女性と、機械なんですが』

 機械?

『機械は、レイという人工知能らしいです』

 思わずアレアとレオは視線を交わした。

 レイというのは、あのレイだろうか?

「ここへ案内しろ!」

 了解した返事があり、変にその場は静まり返った。

「どういうことでしょう?」

 レオの質問に、アレアは肩をすくめるしかなかった。分かるわけもない。

 しかし、この程度のイレギュラーは、何事にもつきものだ。


     ◆


 シヴァは目の前で崩壊していくテロリストの艦隊をじっと見ていた。

 特攻まがいの攻撃を仕掛けてきたのは先頭の艦だけで、それを凌いだらぐっと戦いやすくなった。最初の攻撃が無人艦隊だったのだろう。 

 死を恐れないというのは怖いものだな、とシヴァは考えている。

 今残っている艦船は、死を恐れている。助かろうとしている。

 だから負けるのだ。

 帝国軍の艦隊は亜空間航法の制御システムのトラブルで、事前の想定より三割ほど、減らされている。それでも負ける戦いではなかった。

 帝国軍には余裕がある。数の面でも、心の面でも、勝利は揺らがない有利があるのだ。

 そしてそれが帝国軍に勝利をもたらしつつある。

「総司令官、通信です。救難チャンネルですが、相手はテルーシュという大型宇宙母艦です。第二次自由領域代表を名乗っています」

「繋いでくれ」

 モニターの前にシヴァは移動した。

 そのモニターに若い男が映る。しかしどこかやつれていた。

『私は第二次自由領域代表の、オル・ハンマーというものです。どうか、我々を攻撃しないでいただきたいのです。この度の騒動、お許しいただきたい』

「投降する、ということかな? ハンマー殿」

『責任を取るべきものは責任を取る所存です。しかし、この場にいるものから、この場にいるというだけの理由で、命を奪わないでほしい。それが、私どもの願いです』

 シヴァは頷いてみせた。

「私は無益な殺生は望まない。そちらからテロリストとコンタクトが取れるか?」

 オルがわずかに顔を俯かせる。

『私どもからの交信も、受け付けていません』

「よかろう。戦闘宙域から離れたまえ。こちらの一部の部隊に護衛させる。無事を祈る。では、次は顔を合わせて話すとしよう」

 一方的に通信を切り、シヴァは参謀に、大型宇宙母艦は投降することと、それを認め、保護することをはっきりさせた。その上で、保護のための護衛部隊を用意させた。

 テロリストの艦隊はいよいよまとまりを欠き、バラバラに逃げ始めている。

 それを前にしているシヴァたちの目の前、モニターにいくつもの情報が次々と届く。

「ルーベンス、お前に任せる」

 音声を拾った、機能を回復した人工知能が『かしこまりました』と返事をする。

 モニターの情報は、電人会議に一度は参加した人工知能たちからもたらされた、テロリストが亜空間航法で跳躍した先の座標だった。

 さすがにシヴァも人工知能をそこまで信じるつもりはもうなかった。

 情報攻撃の可能性を厳密に確認し、安全で、信用できるなら、テロリストを追撃すればいい。

 人工知能たちも、人間と同じく強い方につくのか。

 そう思うと、シヴァはこの一連の紛争で、人間は新しい問題に直面したとも言える、とレポートを書くことを想像してしまう。

 ありとあらゆる場面で人間をサポートする人工知能は、ただ人間に隷属する存在ではなく、自己の内に自己の価値観を持ち、利を追求する側面がある。

 不自然なのは、そんな行動を起こす仕組みを誰がいつ、用意したのかだ。

 それもまた、帝国軍が必死になって探せば、どこかに記録があるだろう。

 戦闘は散発的になり、ついに最後まで抵抗していたテロリストの戦闘艦が撃沈された。

「掃海艇を出せ。追撃部隊を編成させ、テロリストの位置が分かり次第、追い回せ」

 シヴァはじっと、目の前を見た。

 もう戦いは終わってしまった。

 自分はいったい、何と戦い、何を得たのか。

 目の前を名前も知らない誰かの身体が、力なく漂っていく。



(続く)

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