2-21話 新しい世界
◆
ミライは若い男に導かれて、その巨大な空間に入った。
見たこともないほど巨大な宇宙船があった。
その下にやはり見たこともない制服の男性が二人、立っている。彼らのところまで連れて行かれた。
「きみの名前は、なんだったか。すまん、忘れてしまった」
背の高い方、わずかに年かさの男が申し訳なさそうに言う。
「私はミライ・マオです。ボビー・ハニュウ主任と活動していました」
「ああ、そうか。思い出した。改めてよろしく」
どうやらボビーのことをちゃんと覚えているし、自分も認知されていた、とマオは安堵した。
「俺の名前はポスト・アレア。惑星インディゴの執政官だが、それも今日までだ。こちらは執政官を続けるレオ・ジェルド」
「存じております」
二人と握手をしてから、マリアは背負っていたカバンを下ろした。
「この中にレイの基礎情報が記録されています。そういえば通じると、レイは私に指示しました。わかりますか?」
と、いきなりミライの個人的な携帯端末が着信音を鳴らす。
発信元は、コロンブスのアドレスだが、これは偽装だろう。
でも味方だ。
素早く画面に触れ、受ける。
スピーカーから控えめな声が流れた。
『みっともない姿で悪いけど、私も連れてってもらえる? アレア』
レイの声だった。ミライが相手の表情をうかがうと、アレアが笑っている。
「あんたには世話になったからな、場所を用意するよ。そのカバンひとつなら、どこにでも置ける」
『ありがとう。それと、人間一人の生活の場も確保できる?』
私のことだ、とミライは気付いた。
アレアも気づいたようで、ちょっと顔をしかめて端末を見たけれど、ミライにはすぐ笑みを見せる。
「しばらく部屋は用意できないけど、構わないか?」
「置いてもらえるなら、どこでも構いません」
勢い込んでミライが言うと、よし、とアレアが頷いた。レオは呆れたような顔だ。
「さっさと出発しよう。スケジュールを大幅に遅らせている。ミライさん、付いてきなさい」
こうしてミライは初めて見る、そして想像もしていなかった移民船に乗り込んだ。
乗り込む寸前、アレアとレオが固く握手を交わし、レオが走って格納庫を出て行ったのをアレアが名残惜しそうに見ていた。
アレアと二人で通路を歩く。人の気配はあるが、ちゃんと部屋に入っているようだ。
レイのカバンを背負ったまま、アレアはなぜかミライを艦橋へ連れて行った。その場にいた乗組員が口笛を吹いたり、目を丸くしたりする。
「新しい仲間だ。また後で紹介しよう。発進準備は?」
「万全です。待ちくたびれましたよ」
ふざけた担当官の声に笑いが起こる。アレアも笑っている。
「なら結構。管制に許可を取れ、格納庫を解放しろ。機関、出力を上げろ。推進器、スタンバイ。反重力装置、始動」
乗組員たちがテキパキと仕事を始める。
ミライはそれを見ながら、立っていた。
どうして私はこれから人跡未踏の宇宙に行くんだろう?
帝国に嫌気がさして、反乱軍に入って、人工知能の勉強を続けた。それがいつの間にか戦争に関わって、今度は、探索行に加わる。
それももう、知り合いが一人もいないところまで、来てしまった。
主任が、ボビー・ハニュウが懐かしかった。
機動母艦も、巡航船も、ここよりはいい場所に思えた。
でもすでに、どちらも消えてしまったのだ。
なら結局、この旅も必然なのか。
ボビーとコウキと、公爵とレイと、よく話し合った。でもこうして目の前にしてみると、感じるものは全く違う。
不安、恐怖。それらに支配されそうになる。
ただ、もう目の前に道があり、後ろが閉ざされているというのも、また違う点だ。
進むしかない。
道は開かれている。
あとは勇気を出すだけだった。
「そこに補助シートがある」アレアが声をかけてくる。「座っていた方が安全だ」
あたふたとミライはシートを出し、座った。
「行くぞ。離床しろ」
アリアの指示を受け、声が行き交い、ミライが見ている前で、モニターの中が揺れた。
浮かんだのだ。
新しい旅の始まりだった。
◆
第二次大征伐についてのレポートをシヴァ元帥がまとめたときには、すでに様々な風説が帝国のそこら中に溢れていた。
全ては人工知能の暴走だった、というのが主流だが、実際のところを知っているものは誰もいないのだ。
シヴァが帝星のいつもの執務室に戻った時には第二次大征伐と銘打っていた戦争行動は、ただの第二次自由征伐と名を変えており、それもまたメディアを賑わせた。
伝説的な英雄としてのシヴァの名はさらに輝きを増したが、彼自身は忸怩たるものを感じずにはいられない。
どうしても人工知能に翻弄された自分を意識してしまう。
人工知能の基礎構造についての追及は今も行われ、結論はもう少し先になりそうだ、というのがシヴァの耳にも入る噂である。
レポートをまとめるに当たって、シヴァは何人もの捕虜の取り調べの情報をチェックした。
大型宇宙母艦テルーシュからの捕虜が最も多いが、彼らは軍人でも兵士でもなく、ただの民間人だ。ほとんどがそのまま強制労働の刑罰を受けるべく、帝国中に分散した。
自由軍を名乗るテロリストの捕虜からは少しずつ情報が上がっている。
彼らはまさに自由軍が秘密裏に残しておいた戦力で、第八軍団を名乗っている。この情報は大征伐後の調査では、はっきりしなかった内容で、第八軍団の存在はわかっていても、そもそも自由軍の全体像をはっきりさせる手段に欠いた。
一部の、テロリスト内部では高級将校の位置付けになる捕虜が今でも生きているが、シヴァは彼らを精神スキャンに今更かけるつもりもない。
とにかく、これでテロリストのまとまった戦力は失われたと、彼は判断した。
また電人会議に関しては、テロリストの捕虜は何も知らず、やはり人工知能主体の組織だったと結論を出すよりない。
人工知能の一部が電人会議になびいたのは事実で、さらにそのうちの一部が帝国軍に再度の帰属を表明している。
ここで複雑な問題が浮かび上がる。
人工知能をどう罰するべきか、という問題だ。
人工知能を罰する方法を、人間は考えこそすれ、確立していなかった。
処分の手法が議論される間、人工知能の多数は外部との接触を完全に絶たれ、また思考能力を奪われて、完全な孤立状態で放置させるしかなかった。
シヴァのレポートもそんな曖昧な事情が作用して、はっきりとした形にならず、ただ報告の場という締め切りだけが近づいてくる。
そして訪問者は以前にも増して押し寄せ、ほとんどを秘書が追い返した。
レポートを私論として提出し、落ち着いた時、秘書がその連絡を受け取った。
人工知能の開発段階の資料が見つかった、というのだ。
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます