2-15話 逆襲の始まり
◆
第八軍団は唐突に帝国軍に包囲され、小部隊が三つ、ほぼ同時に消滅した。
「何がどうなっている! なぜ、帝国軍の待ち伏せに遭うのだ!」
カーターの怒鳴り声に、誰も答えない。彼は激しくパネルを叩いた。
「我々の中にスパイがいるわけがない! そうだろう!」
「そ、それは、はい」参謀の一人がどうにか答えた。「諜報対策、防諜態勢は、万全です」
つかつかとその参謀に歩み寄り、襟首を掴むとカーターは力任せに釣り上げた。老人とは思えない膂力だった。
「て、提督、落ち着いてください」
他の参謀がなだめるが、カーターは参謀の一人を釣り上げたまま怒鳴った。
「情報通信を全面的に封鎖しろ! 全艦をスタンドアロンにするんだ。集結地点は連絡艇で文書で伝えろ!」
「え? は?」
参謀達全員が、驚いた顔になる。
やってられないとばかりに、持ち上げていた参謀を投げ捨て、カーターは唾を飛ばしてわめいた。
「戦闘を継続しつつ、後退だ! 情報ネットワークで、亜空間航法の離脱地点を共有するな。全艦が集結するべき場所を今、決めた」
誰も固唾を呑んで見守る前で、カーターは怒りを隠しきれない顔で言った。
「自由領域だ!」
「そ、それは危険では?」
参謀の一人が意見を口にする。勇敢な男だった。
「あそこには非戦闘員が大勢います、巻き込まれかねない」
「時間がないのだ、あそこなら誰もが知っている。細かな打ち合わせをする余地はないのだ、仕方あるまい。これより第八軍団は、情報ネットワークの利用を厳禁とし、緊急暗号による光学通信を利用しつつ、原始的な手段で連携を取る! その旨を全艦へ伝えろ!」
誰もが顔をお互いの顔を伺い、動かなかった。
「やれ! 同志を殺したいのか!」
その罵声で、全員がやっと動きを取り戻した。
その間にも第八軍団の小部隊は一つ、また一つと宇宙の塵に変わっていた。
まさに時間との勝負になったのだ。
◆
シヴァは戦果におおよそ満足していたが、自由軍の残党が奇妙な行動を取り始めた。
各個撃破されていたはずが、ちらほらとこちらの予想を裏切ってくる。
なるほど、鋭い指揮官がいるのかもしれない。
情報ネットワークを利用する限り、シヴァが麾下に命じた作戦からは逃れられない。どこまで逃げるつもりであろうと、シヴァたちにはその逃げ出した地点がわかるのだ。
テロリストがどこへ行くかと思うと、はるかに後退していく。誤魔化すためだろう、バラバラの地点で亜空間航法から離脱し、また亜空間航法で跳躍。
先は見えないが、こちらの包囲作戦の戦果もそろそろ下火だな。
一方の無人艦隊は悲惨だった。
なにせ彼らは情報ネットワークをフルに活用することで、大きな力を発揮できる。
その力が今、逆に無人艦隊に牙を向いているのだった。
無人艦隊は徐々に戦力を削られ、弱体化していく。
そろそろ敵も気づくだろうが、さて、人工知能にこれが受け入れられるかな。
特に感慨もなく、むしろ興味を持って、シヴァは星海図を見ていた。
無人艦隊の中からまた一隻、消える。
さあ、時間はないぞ、人工知能。
◆
疑うべき点がある。
ボビーはそれに気づいたが、信じられなかった。
だが、それ以外にはない。
「公爵、ちょっといいかな」
公爵は音声だけで応じた。
『手短にお願いします』
今の状況を見れば、公爵たちが帝国軍の戦い方の分析に全力を傾けないといけないのはわかる。
しかしボビーには、これから始める話が、とても手短に終わるとも思えなかった。
「長くなるかもしれないが」ボビーは切り出した。「情報ネットワークを封鎖したらどうだろう」
『封鎖、ですか?』
「これは帝国軍による意図的な、計画された攻撃かもしれない。こちらの情報がごっそり盗まれているんじゃないかな」
しばらくの沈黙の後、公爵は呟いた。
『ありえない』
「しかし、他に可能性はない。星海図をきみも見ていると思うが、第八軍団は包囲を逃れつつある。彼らは今、情報ネットワークを切断している。それが最適な対処なんだ」
『無人艦隊は情報共有こそが強みです』
「しかし今はそれが弱点だ」
またしばらくの沈黙。ボビーはじっと待ち構えた。
『各艦の制御を、スタンドアロンで、人工知能に任せるのですね? しかしそうしてしまえば、連携は消えます』
「どこかに集結するしかない。帝国軍とこのまま揉み合ってても、こちらばかりが損をする」
『集結地点はどこが最適ですか?』
ボビーは唸った。
最適な地点などない。しかしあるとすれば、やはり第八軍団と合流するよりない。
星海図の中の線、第八軍団の行き先を眺め、先を予測する。
「第二次自由領域、かもしれないね」
『あそこには非戦闘員が大勢います』
「仕方ないさ。非情だが、第八軍団はあそこへ向かっていると思う。無人艦隊もあそこに集結するべきだ」
何度目かの沈黙の後、公爵が答えた。
『人工知能の中から適任なものを選びました。無人艦隊は、情報ネットワークから離脱します』
「君には忸怩たるものがあるだろうが、私を信じてくれ」
『私が主任を信じないわけがありません』
どうやらジョークのようだが、明らかに声は強張っている。
公爵が「では」と通信を切り、ボビーはテーブルの端末を操作した。
惑星インディゴの最新情報は、レイが定期的に送ってくる。
移民船は三隻が完成し、近いうちにテスト航行をするらしい。
うまくいくといいのだが。
間に合うか。
ボビーはもう一度、星海図を見て、無数の赤い点と線、青い点と線の交錯を眺めた。
◆
惑星インディゴのカーテン発生装置の外、元は巨大な鉱物燃料採掘現場だった空間は、想像を絶する広さがあるが、そこに今、三隻の宇宙船がほとんど隙間なく存在していた。
一号船、二号船、三号船とそっけない名前が付けられた移民船の一号船の艦橋にアレアとレオの姿があった。
全ての端末の前に乗組員が座っている。
「よし、みんな、始めよう」
船内放送でアレアは呼びかけ、指示を飛ばす。
「機関、始動」
かすかに床が揺れたのは錯覚だろうか、とアレアは考えつつ、モニターを見た。
機関の稼働状態、問題なし。出力を上げていく。
指示を続け、反重力装置も起動、防御フィールド、斥力場フィールド、共に問題なし。
マイクを手で支える。
「ハッチを開けろ」
艦橋にアナウンスが流れ、サイレンを伴って巨大の空間の天井、岩盤にしか見えないそれが開いていく。
やがて、頭上には宇宙が広がっていた。
「浮上だ」
艦長がアレアの指示を伝え、オペレーターたちが声を揃える。
視界が沈んだと思った時、移民船はじわりと浮き上がっていた。
そのまま地上へ出て、さらに上へ。
遠くにカーテン発生装置が見えた。
艦橋を歓声が包む。
「油断は禁物だぞ」笑いを堪えつつ、アレアは指示を続ける。「推進器及び姿勢制御のテストを始める。各員、持ち場についていろよ」
通信を切ろうとして、アレアはもう一度、マイクを引き寄せた。
「終わったら大宴会だ」
船のそこここでもう一度、歓声が上がった。
(続く)
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