LS第2話第2部 敗北への坂
2-14話 理解不能
◆
なんだ、これは。
思わずボビーは手からタバコを落とした。慌てて拾い上げ、灰皿へ放り込む。そして口元を撫でつつ、その立体映像の星海図を見た。
無人艦隊が、帝国軍に激しく追尾されている。
まるで無人艦隊がどこへ逃げるか知っているようにも見える。勘違いか?
断言できないのは、でたらめな方向へ移動する帝国軍艦船もあるからだ。
第八軍団も無人艦隊と似たような状況だった。
帝国軍は亜空間航法の発明により、事実上、不可能となった包囲作戦というものを、新しい形でやっている。
傍目には追いかけっこだが、そこらじゅうに帝国軍がいる。
電人会議は独自の情報網で帝国軍勢力の所在地を割り出しているが、第八軍団はどうしているのか?
見る限り、第八軍団も帝国軍がいない地点を選んでいるようだ。
「長距離を移動するしかないか」
思わずボビーがつぶやくが、誰も聞いていない。コウキはまた眠っているし、ミライはいない。人工知能も忙しかった。
人間に見えない場所で、超高速の思考は回り続けている。
◆
まさにボビーが知らないところで、公爵と人工知能たちも帝国軍への対応を議論していた。
とにかく、亜空間航法で離脱するのは人工知能たちも決定事項としている。
ただし、短距離か長距離かで、議論は白熱している。白熱しても、彼らの議論はほんの一瞬に過ぎない。
公爵はその議論の様子を眺めつつ、違和感を感じていた。
あまりに帝国軍がこちらの動きを先読みし始めている。何がそうさせるのか。偶然か、それとも必然なのか。
他の人工知能たちに尋ねても、おおよそは偶然である、と判断している。
いくつかの個体が、帝国軍による諜報員の存在を告げている。
無人艦隊に諜報員が加わる余地はない。そもそも人間がいない。諜報員の存在を疑うとしたら、ボビー、コウキ、ミライを疑うしかない。
仕方なく、公爵はこの発想を却下した。
やはり偶然か。
長距離移動が結論として出たのは、それとほぼ同時だった。
『主任、よろしいですか?』
ボビーが公爵の声に姿勢を正した。
「何かな」
『無人艦隊を帝国軍の背後へ長距離移動させます』
「うん、それが良いだろう。戦闘を回避するべきだ。私たちは時間稼ぎが目的だしね」
公爵が黙ったので、ボビーは話し始めた。
「この戦いは残念ながら、勝てないともうはっきりした。第八軍団にも、それを伝えてくれ」
『私がですか?』
「君以外に適任者がいない」
そんな投げやりな、と公爵は思いつつも、受け入れた。
通信で第八艦隊に通信を結ぶ。
不意に何かを感じたが、確認しても、何もない。
何か背筋が冷えるものを感じながら、それを検証する余地もなく、公爵は宇宙戦艦オシリスと接続していた。
『よろしいですか、カーター提督』
カメラが映す映像の中、彼がこちらを向く。どこか悲壮な表情をしている。
「あまり長く話している暇はない。なんだ?」
『重大なお話があります』
ふむ、とカーターがしっかりと公爵に向き直る。やつれているのがはっきり見えた。
『私たちに勝ち目はありません。最終的には投降されるのがよろしいかと』
「君には軍人の気持ちがわからないようだ」
『私は確かに、軍人ではありませんが、しかし命の尊さは知っているつもりです』
公爵はさりげなく艦橋の様子を確認した。参謀の多くは青い顔をしている。それは恐怖というより、怒りのせいらしい。
人間は怒りがすぎると、黙り込む。三次元チェスでもそういうプレイヤーがいた。
『強制労働、もしくは処刑しか待っていないかもしれない。ですが、それでも助かる命はあると思います』
「我々は軍人だ、と繰り返し伝えよう」
『私たちはもう軍人ではありません』
この一言は、彼らには厳しすぎるはずだ。それでも公爵はあえて、口にした。
『私たちが守るべきものは、もうほとんど消えています。軍人とは何かを守るもの。あなた方、指揮官は兵士ただ一人の命だけだとしても、救うべきなのではないですか?』
「これは戦いだ!」
参謀の一人が怒鳴った。さらに続けようとするのを、カーターが押しとどめた。
「きみは私たちに降伏を勧めに来たのか?」
『いえ、それは、強制できるものではありません。あなた方が軍人だということを、私は知っています。軍人の精神の持ち主だということを、です』
じっとカーターが公爵の方を見るのを、公爵もじっと観察した。
この人はどういう人なのか。
今の公爵には有り余るデータがある。だが、人の心を読めるデータは存在しないし、人間性を断定するデータもまた存在しない。
「降伏の件、記憶しておこう。もういいか?」
公爵は少しほっとして、頭を下げた。
『よろしくお願い致します』
通信を切って、演算スペースで、複数の人工知能と再び議論に入る。
帝国からの情報攻撃は進行中で、新しい防壁を構築中だ。今のところ、演算スペースを次々と乗り換えることで、個々の演算スペースにすでに仕込んである情報迷路と情報防壁で対処できる。
議論の内容は、帝国軍による艦隊への追跡がなぜここまで正確なのかだが、誰にも答えは出ない。
公爵は稼働しているいくつかの演算スペースを巡り、結論が出ないまま、公爵自身で思考を深めた。
何かがおかしい。
しかし何が?
その時、唐突に警報が響いた。
◆
巡航船コロンブスのリビングで、浮かび上がった赤い表示にボビーは視線を上げた。
「どうした?」
『無人艦隊が包囲されています』
公爵はやはり映像を出さず、声だけで応じるが、どこか震えているようにも聞こえた。ボビーの気のせいだが、そう思わせる何かが、声に滲んでいる。
「包囲された? 離脱したんじゃないのか?」
『それが……』
公爵が言い淀むのも珍しいことだ。
『先回りされているようです』
「先回り? きみたちが亜空間航法の計算をしているんじゃないのか?」
『そうです。おかしい、何か、何かがおかしい……』
少し公爵が混乱しているのがわかった。ボビーには、公爵の状況を整理するくらいしか、できることがない。
「帝国軍に先読みされる理由は何がある?」
『それだけ、帝国軍が密度の厚い布陣を敷いている』
「それは答えにはならない。遠距離への亜空間航法での跳躍は、捕捉不可能だ。それに離脱地点を捕捉されるのは、密度如何とは違う。もしくはきみが言う通り、帝国軍の戦力が大きいかもしれないが、こういうのはどうだろう。つまり」
ボビーはあっけらかんと言うように意識した。重大なことほど、軽い調子で口にするのが、彼の流儀のひとつである。
「つまり、亜空間航法の計算が盗まれている」
『ありえないですよ』
「わからないよ、帝国軍との情報戦の真っ只中だ。一度、全てを洗い直すべきだ。どこかで防壁が密かに突破、もしくは中和され、情報を盗まれているかもしれない」
短い沈黙の後、公爵は穏やかな様子に戻っていた。それだけでボビーはホッとする。
『情報の機密を再確認します』
「無人艦隊は一度バラバラにして、ランダムな地点に退避させるべきだ。それで少しは損耗を防げるかもしれない」
『了解しました』
公爵が遠ざかる。
ボビーは星海図を自分でも確認した。
宙域を無人艦隊と第八軍団の活動域に限定する。
どちらも比較的、分散している。ただ、それに対して帝国軍がまとわりつくように、緩やかに包囲しつつあった。見ている前で無人艦隊の小艦隊が亜空間航法を使用し、表示が青から赤に変わりその赤が伸びて線になる。
同時に帝国軍の赤い表示が青になり、その青が線に変わり、大半が赤い線を追っていく。
まさに公爵が言った通りの現象だった。
どこかで情報が漏れているのは間違いない。
人工知能の戦闘はボビーにはよく理解できないし、そもそもほとんど人間には理解不能だろう。
この戦いはいよいよ、人工知能の占める重要性が増してきたようだ。
星海図の中では、青い線を赤い線が追い回し続けた。
その中に第八軍団も含まれている。
それをボビーは訝しげに見た。
彼らは人工知能に亜空間航法のための計算をさせているのだろうが、つまり、彼らも情報攻撃を受けている?
なぜだ? 彼らは独立しているはずだ。電人会議とは、接点がほとんどない。
じっと身をかがめて、ボビーは考えた。
何かを見落としておる。
重要な駒が、見えていないのではないか。
(続く)
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