2-13話 敵の気配


    ◆


 またひとつやられたな、と、ボビーはいつものリビングの、テーブルの上の立体映像をチェックした。

 帝国に攻撃を仕掛ける間に、情報ネットワーク上の演算スペースをいくつも用意しておいた。

 この演算スペースは仮設の演算補助装置と大型記憶装置を利用して展開され、この装置が宇宙のそこここにある。設置したのは主に公爵とレイだ。

 この端末同士を結んだり、単体で利用して、人工知能の巨大な計算力を補助することになる。

 巡航船コロンブスの規格外の演算装置と記憶装置に、公爵の基礎情報があるが、公爵自身も宇宙のそこここに無数の分身を持っているわけだ。

 今、仮設の記憶装置には公爵の分身だけではなく、帝国を離脱した大量の人工知能の基礎情報が書き込まれていた。

 だが、帝国軍はその数を生かし、勢力圏を徹底的に洗い始めた。

 最初に用意していた筐体は三百五十。それが次々と破壊され、残っているのは二百を割ってきた。

 あまり時間も残されていない。

 ボビーにできることは何もない。ボビーが手を出すより、公爵や他の人工知能の方が素早いのだ。

 コウキはと思うと、何かの雑誌を頭に乗せて、眠っている。例の異常な集中の後は、こんな様子が多い。疲れたんだろう。そうでなければ、神経が高ぶっているか。

 神経が高ぶることは、ボビーにも心当たりがある。

 強烈なプレッシャーのかかる三次元チェスの対局の後は、なかなか眠れなかったものだ。

『帝国軍が動き始めました』

 姿を現さずに、公爵が報告してくる。わずかにコウキが唸り声を上げる。

「規模は?」

『大征伐より大規模です』

「戦いにはならないな」

『彼らは戦いとは思っていないでしょう。ちょっとした蝿を退治するようなものです』

 人工知能流のジョークに思わず笑いそうになったが、しかし、堪えた。

「どういう戦法でくる?」

 ボビーはもう艦隊を制御する立場ではない。訊いたのは、興味本位だった。

『完全な包囲網を敷いてきます。無人艦隊も、第八軍団も、やや近い位置に居過ぎましたね』

「大きな範囲を取り囲み、その輪、網を絞ってくる、ということだね?」

『そうです。どうするべきでしょう?』

 それは簡単だろう、とボビーは答えた。

「包囲を突破して、逃げる」

『……本気ですか?』

「もちろん本気だ。そして突破したとしても、同じことの繰り返しで、最後にはこちらが勝手に消耗し、自然と消えるだけだろうともわかっている」

『つまり、勝ち目はない、ということですね』

 うん、とボビーは頷き、タバコを取り出した。

「惑星インディゴの様子は?」

『順調のようです。あと数ヶ月のうちにも第一陣が進発するでしょう』

「正確な計画と進捗はわからない?」

『通信を最低限にしています。大きな逸脱や緊急事態には、レイが連絡をくれます』

 レイのことはボビーも信頼している。

 しばらくの無言の後、公爵が静かな口調で言った。

『このような冒険をするつもりはありませんでしたが、どうか、私の選択を許してください』

「おいおい、何を言い出すんだい? 私は後悔はしていない」

『主任を巻き込んでしまいました』

「ミライくんもコウキくんもいるよ」

『私たちは私たちだけでは存在できない。そこが、人間に及ばない点なのでしょう。絶対に人間と分かり合えない、解消不能な一点』

 うーん、とボビーは唸りつつ、タバコを一本、吸い終わった。

「いいじゃないか。人間だって、取り引きみたいなもので生活を豊かにする。人工知能と人間が取り引きをしても、おかしくはない」

『私たちと人間の間のそれは依存です』

「依存でも生きていれば、それだけでいいんだよ」

 その時、ガバッとコウキが起き上がった。なんだ? と思うと、彼は星海図を見ている。

「動き出したぜ」

 素早く彼が端末を操作し、星海図の縮尺を変える。

 広範囲の宇宙のほぼ全域から、無数の赤い点が、同じ位置目指して殺到を始めていた。

「この船は少し逃げておくべきだな」

 タバコを手に、ボビーが言うと、コウキが頷く。そしてポケットからタバコの箱を取り出す。だが空だったようだ。箱を放り捨てる彼に、ボビーはタバコを差し出す。

 拝むようにして一本受け取ると、素早くくわえて火をつけた。

「離れすぎると通信にタイムラグが生じるんだ。亜空間通信でもだ。演算スペースを近い位置に切り替えようか」

「すぐに帝国軍が嗅ぎつけるさ。露見したら、近い方の演算スペースへ切り替えればいい、と私は思う」

「物量っていうのは、えげつないなぁ」

 そんなことを言っているコウキの背後で、大量の洗濯物を抱えたミライが通りがかりに、床に転がるタバコの空箱に気づいた。

「ゴミはゴミ箱!」

 肩をすくめ、コウキがすごすごと席を立って、ゴミを拾いゴミ箱へ行く。

 それに微笑ましいものを感じつつ、ボビーは星海図に視線を戻した。

 赤い点、亜空間航法中の帝国軍艦船は、明らかに第八軍団と無人艦隊が存在する宙域に向かっている。

 こちらも亜空間航法を使ってすれ違うように離脱する、という手法もありそうだが、意味がないだろうか。

 帝国軍はとにかく層が厚い。

 亜空間航法で追いかけっこをしても、いずれは捕まるだろう。

 どうにかしてこの大攻勢をもう少し凌がなければ。

 惑星インディゴに時間を作る。

 しかし、可能だろうか……。


     ◆


 シヴァは宇宙戦艦ハイエストの艦橋の最上段、指揮用のパネルを参謀達と見下ろしながら、考えていた。

 もしかしたら自由軍の残党、そして無人艦の艦隊が追いかけっこを選択をするかも、とひそかに懸念していた。

 もちろんそれでも負けるわけではない。

 ただ即座には決着しない。

 追いかけっこ対策として、シヴァは全艦隊をいくつかに分割してあった。これにより、第一陣の前から敵が消えていたら、すぐに第二陣がその頭を押さえる。第二陣も回避されたら、第三陣をぶつける。その頃には第一陣も動けるようになるだろう。

 今でもテロリストは、神出鬼没に戦闘を続けている。戦闘と呼べるなら、だが。

 この点でもシヴァは罠を仕掛けた。

 いくつかの輸送船団の情報を密かにそうとわからないように流した。もちろん、輸送船団は最低限の物資しか持っていない。

 ただの狙いやすい標的、という意味だった。輸送船にしたのは、彼ら、特に自由軍の残党を名乗る連中は、物資が喉から手が出るほど欲しい、と見たからで、餌に過ぎない。

「先行部隊が戦闘を開始しました」

 オペレータの声。

 シヴァが見ている星海図の中で、黄色い点が点滅する。それが即座に青い点に変わった。

「撃破しました。敵戦闘艦二隻、駆逐艦一隻を拿捕しています」

 それからしばらく似たような報告が連続した。

「包囲できそうですね」

 参謀の言葉に、シヴァは、どうだろう、と応じた。

「亜空間航法の性質上、無理をすれば包囲は無意味だ」

「これだけの軍勢です、数は最大の力です」

「ま、やってみればわかる」

 それから一時間ほどで、宇宙戦艦ハイエストは亜空間航法を離脱した。

 何もない宙域だ。

「光学測定、最大望遠だ」

 シヴァの言葉に、すぐにモニターの画質が荒くなる。

 超望遠で、はるか彼方の宇宙船が見えてくる。どれも帝国軍のそれだが、敵味方識別信号は不明になっている。

 艦橋がわずかにざわめく。

「ルーベンス、聞いているか?」

 シヴァの言葉に、画面の端に若い男の姿が現れる。宇宙戦艦ハイエストの人工知能ルーベンスだった。

「情報は来ているかな?」

『現在、解析中ですが、有力な情報もあります。すぐに割り出せるかと』

「よろしい」

 参謀たちが顔を見合わせる。誰もが愉快そうな顔をしている。

 その中でシヴァだけが真面目だった。

 光学映像の中で、無人艦隊の宇宙船が次々と消える。亜空間航法で消えたのだ。

『計算中です』ルーベンスが淡々と答える。『二分ください』

「任せる」

 モニターに寄りかかり、シヴァは考えた。

 さあ、次はどんな一手を打ってくるのかな。




(続く)

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