2-12話 捕虜


     ◆


 帝国軍の動きが鈍ったのを、カーターははっきりと意識した。

 なぜか連中の連携が乱れている。

 素早く指示を飛ばし、帝国軍の補給線をいくつか切断し、それがために後退を余儀なくされた小艦隊に襲いかかる。

 帝国軍は逃げるばかりだ。

 やはりどこかおかしい。

「提督、このような情報が」

 艦橋の大型パネルの前で腕を組んでいたカーターの前に、電子新聞の端末が差し出される。

 受け取り、素早く目を通し、合点がいった。

 人工知能がダウンしているのか。電人会議の仕業だろうが、なかなかやるものだ。

「敵を分断し撃破だ。徹底的にやるぞ」

 こうして第八軍団は自由軍残党のあげた戦果で最大のものを現実のものとした。

 拿捕した艦船を堂々と自分のものとして、戦力の増強さえも可能になった。

 問題なのは捕虜だった。第八軍団は帝国軍を仇どころではなく、悪鬼のように憎んでいる。

 参謀達が顔を揃えた会議を繰り返し開いたが、末端まで話が通じる訳もない。何人もの兵士が捕虜たちに暴力を振るい、死者さえも出る事態になった。

『公爵から通信です』

 艦橋で苦虫を噛み潰したような顔で、捕虜を虐待した兵士を拘束するように指示を出しところだったため、不愉快さそのままで、カーターは反射的に艦の人工知能ガーベラの立体映像を睨みつけていた。

「公爵だと?」

『重要な案件とのことです。お繋ぎしてよろしいですか?』

 頷いて見せると、若い女性の立体映像に切り替わった。

『初めまして、カーター・ゲイツ提督』

「君とは何回か三次元チェスをしたことがある。君は強すぎた」

 カーターなりのジョークだったが誰も笑わない。不愉快なことだ。

 公爵はすぐに本題に入った。

『捕虜に死亡者が出ましたね。捕虜の扱いに関して、話し合いたいと思いまして』

「君たちは送り返したんだったな」

『それが正しいはずです。私たちが行っているのは殺人行為です。しかしそれは戦争と呼ばれるもので、虐殺や、殺戮とは、やや異なる。理解していただけますか?』

「人工知能は言葉遊びが好きだが、今の言葉の意味は、私にもわかる」

 しばらくカーターは考えた。

「人間には感情がある。そして私たちの感情、憎しみや恨み、つまり憎悪は、長い時間をかけて熟成されていたようなものだ。いまさら、何もなかったことにはできない」

『虐殺を認めるしかない、というお考えですか?』

「バカを言うな」

 カーターがかすかに口角を持ち上げる。

「引き締めは絶対に必要だ。我々は軍人崩れだが、暴徒でも、ましてや野蛮人でもない」

『それを聞いて、安心しました』

「用件はそれだけかね?」

 いえ、とわずかに公爵が間をとった。

『今後のことはわかりませんが、無人艦隊を提督の指揮下に加えていただくかもしれません』

「きみが指揮すればいいだろう。実際、今もそうしている」

『もしもの時です。お話だけでも先にしておこうと思いました』

 にっこりと公爵が笑った。

『失礼しました。では、ご武運を祈ります』

「そちらもな」

 通信が切れる。

 無人艦隊を譲る? どうやら人工知能同士の戦いは目に見えないが、相当に熾烈、激烈らしい。

 それも公爵ほどの高性能な存在が身動きを取れなくなるほどに。

 カーターはパネルに視線を移し、彼の様子を見て兵士の拘束に関する報告を始めた参謀の言葉に聞き入った。


     ◆


 シヴァ元帥は執務室で、じっとソファに腰掛け、静寂を楽しんでいた。

 まったく、公爵という人工知能はやることに飛躍がありすぎる。

 帝星のインフラはおおよそ復旧した。だが今度は帝国軍の情報戦担当の人工知能が軒並み、ダウンしている。

 人工知能は高速の計算と思考、それを表現する会話能力が売りだが、あまりにも人間は彼らに頼りすぎた。

 すでに帝国軍の情報戦能力は五割以上を失っているが、ここが電人会議には付け入る隙だったはずだ。

 しかしそうはしない。

 なぜかをシヴァはおおよそ理解していた。

 公爵も電人会議も、防御で手一杯なのだ。一度はこちらの攻撃を跳ね返したようだが、もう一度、攻撃を受ければ制圧されてしまう。とにかく、防御を固めているのだろう。

 それにしても、とシヴァは天井を眺める。

 帝国の人工知能の二割以上が電人会議に寝返った。

 人工知能が人間を見捨てる未来は、様々な人間が、様々な形で描いてきたが、こんなことになるとは。

 これから人工知能の基本設計には、人間に服従するように、細かなプロテクトがかけられるだろう。

 それも今回のように、個体の自由意志で、ある種のプロテクトを無効化できるような、そんな弱い縛りではなく、ガチガチのプロテクトが施される。

 人工知能さえも自由を失う時代か。

 シヴァは目をつむり、じっとしていた。

「閣下、よろしいですか?」

 ドアをノックし、秘書が入ってくる。

「ああ、なんだい」

「帝国軍が宇宙軍艦隊を動かします。閣下に出動の打診が来ています」

 来たか。

 やはり戦わなくてはならない。

「立場は何かな?」

「征伐軍総司令官です」

「征伐軍?」

 やっとソファから身を起こし、彼は秘書が差し出した紙を受け取る。秘書が補足を始めた。

「今回の軍事行動を帝国軍は、第二次大征伐、と呼称するそうです」

「大袈裟なことを」

 受け取った作戦概要の紙の束を次々とめくる。司令官の名前や経歴、全体としての規模、何よりどのように敵を倒すことを目指しているか。

 シヴァが最も注目したのは、通信手段だった。人工知能は使えない。亜空間通信も、おそらく敵に読まれるだろう。

 原始的手法を使うと記されていた。大艦隊が一糸乱れぬ艦隊行動、というわけにはいかないか。

 次にシヴァはデスクの上に星海図を展開し、じっとそれを眺めた。

 理想的な戦闘を彼は頭の中で組み立て始めた。

「受けると伝えてくれ」

 秘書にそう声をかけるが、視線は動かさない。一礼して、秘書は執務室を出て行った。

 敵は弱いが、広範囲に広がっている。

 極めて品がないが、包囲していくしかあるまい。

 まるで投網のように。

 しばらくの間、彼は星海図を眺め続けた。


     ◆


 第八艦隊の一角である機動母艦イリシダの格納庫に帝国軍の捕虜が整列させられ、次々と小型輸送船に押し込まれていた。この輸送船で帝国に彼らを送り返すのが、指揮官からの命令だった。

 格納庫に見物に来た兵士たちが、不愉快そうに彼らを眺めている。

 やがて一隻、二隻と輸送船は定員になり、さらに定員を超えて乗せられると、ふわりと頼りなく浮かび上がった。格納庫からゆっくりと離れていった。

 その時、イシリダの粒子ビーム砲塔の一つでは、若い士官が、やはり若い二等兵を席に座らせ、ビーム砲の照準を一点に向けさせていた。

「ほ、本当にやるんですか?」

「当たり前だ。奴らは敵だぞ。生かして帰すものか」

 二等兵はぶるぶると震えている。

 その震えを機械が補正し照準がピタリと合う。

「撃て!」

 二等兵は、頷くが、手が動かない。

 撃てるわけない。彼は心の中で叫んだ。同じ人間なんだ!

「撃て! これは命令だ!」

 士官の言葉に、二等兵は泣き出した。

 その彼を蹴り落とすと、士官は自らシートに座り、トリガーのついた操縦桿を握りこむ。

 躊躇はなかった。

 あっさりと引き金は引かれ、離脱しようとしていた輸送船を粒子ビームが直撃した。

 輸送船は真っ二つになった。

 士官が笑い出した。気が触れたように笑い、最後には彼も泣き崩れた。

 憲兵が飛び込んでくるまで、彼はずっと泣いていた。



 

(続く)

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