2-11話 責任のあるものと勇気のあるもの
◆
惑星インディゴでは、移民船の建造が急ピッチで継続していた。
技能の必要な乗組員の選抜はおおよそ終わっている。中高齢者が船内活動員に多いのは、経験値を考慮した結果だが、逆に船外活動員は十代の若者が多い。
自由軍は二十歳になるまで兵士として働かせなかった。そんな若者たちが惑星インディゴに大勢、入植していたこともある。
当然、彼らにも家族がいたり、あるいは仕事がある。
インディゴを離れれば、もう二度と会えないし、ここで形にした仕事も放り出すことになる。
それでも彼らは新しい世界に全てを賭けると、自らの意志をはっきりさせたわけだ。
並大抵の決断ではない、とアレアは肌身に感じていた。アレア自身は身内はいないし、自由で気ままだが、息子や娘を実質的に失う親たちと顔を合わせると、言葉では取り繕っても、彼らも気配だけは隠せない。
アレアを責める気配だ。恨む気配もある。
移民船の推進装置は、帝国軍から奪取したものに取り替えられた。事前に用意したものでも問題はなかったが、しかし、使わない手はない。先にあったものは古びてもいて、万全を期したい面もあった。
機関士と推進器技師はこの新型推進器につきっきりで、調整と改良、試運転と忙しい。
他にも電人会議は食料品なども大量に送ってきて、これで惑星インディゴがしばらくは飢えずに済むのはありがたい。移民船の関係で、居住地区全体で生産力が落ちていることに悩みもあったのだ。
「一般人の乗組員は、やはりランダムですか?」
レオが、移民船の出来栄えを眺めているアレアに近寄ってきて、ささやいた。
「まずは希望者を募る」
「それは、悲しい結果を生むと思いますけど」
言いたいことはわかる、とアレアは軽く顎を引いた。
老人たちは長い旅を望まない。自分たちが新天地へ行ってもできることは何もない、と悟っているのだ。そして事実、そうだろう。
新天地がどこにあるのか、何年の旅になるのかは、アレアも、主にアレアたちを補助しているレイでさえ、わかっていない。
老人たちは、宇宙船の中で死ぬよりは、短い時間とはいえ、生活を送った大地の上で死にたいのだ。
それは同時に、旅する若者に非情な別れを強いるし、不安を残す。
若者の間でも、インディゴに残るもの、残らないものの間で、悪い空気が広がるだろう。
惑星に残るのが責任のあるものでも、惑星を出て行くものが勇気があるものでもないことを、はっきりさせたいが、それは惑星インディゴで過ごす人々、それぞれが意識し、思考するしかない。
アレアは、レオにどう答えるべきか、迷った。
アレアと彼でも温度差があるのだ。他の人々と変わらない。
レオは、ランダムで乗員を選ぶべき、と口にした。それなら何の禍根もない、とレオは主張するだろう。
それには一理あるが、アレアは、志のあるものをまず連れて行きたかった。
過酷な旅になるのは決まりきっている。
そして二度と後戻りできない旅なのだ。
それはやはり、志願した、もしくは、誰かを犠牲にした、という意識がなければ、耐えられないのではないか。
「どうやら僕たちの間でも齟齬がありそうですね。まぁ、別の人格の持ち主ですから、自然ですが」
レオが譲歩する気配を見せつつ、暗に、待ちますよ、というアピールだろう、そう口にした。アレアは笑って見せた。
「人間だからな、全てが同じというわけにはいかない」
「これは秘密ですが、あなたとは同じ道を進みたいんです」
「俺もだよ。一人は不安だ」
結局、答えが出ないままで二人はその場で別れて、アレアは執務室に戻った。
今、一番、気にしているのは鉱物燃料の備蓄量だった。惑星インディゴの居住エリアを取り囲む、巨大なカーテン発生装置は、とにかくエネルギーを食う。
惑星インディゴは常に大量の鉱物燃料を食いつぶして、それでやっと成立しているのだ。
その消費分に上乗せして、移民船に積み込む量を用意しなくては、旅が続けられないどころか、旅立てない。
レイとレオとの会議の場では、旅の途中で、鉱物燃料を埋蔵した惑星を探しつつ、先へ進むとなっていた。そのために、鉱物燃料採掘用の重機がいくつも積み込まれるし、重機の操縦訓練も乗組員の訓練に組み込まれている。
どこかで絶対に燃料を補給するとはいえ、十分な量を事前に用意したかった。
カーテン発生装置の鉱物燃料は、惑星インディゴの未開拓領域の地下に坑道を掘り、半自動でひたすら採掘して賄っている。
これは帝国には全く知られていない。公爵とレイ、電人会議が工作をした結果、惑星インディゴは、何の取り柄もない岩の塊にされた。もし実際のところが知られていれば、ここにいられるわけもないのだった。
しばらくアレアは書類の上の数字をやりくりしようとしたり、関係する担当者と通話でやりとりした。
やはりカーテン発生装置を止められないのが大きい。もちろん、止めるという選択肢はない。
「レイ、見ているか?」
『鉱物燃料でしょ? ちょっと嫌な予感がしてね』
通信機から声だけの返事がある。嫌な予感?
『かなり前だけど、帝国軍が鉱物燃料に印をつけたことがある』
「印?」
『私も情報で知っているだけだけど、帝国内で取引される鉱物燃料の位置を把握するように仕込んでおいて、それが帝国軍の把握していない場所に移動していくと、それが反乱軍の居場所とわかる、という仕組み』
なんだ、それは?
「細工するとしても、とんでもない量の鉱物燃料じゃないか?」
『全部じゃなくて、ある程度は見当をつけたんでしょう。ちなみにその罠を抜け出すために、民間人の協力者が鉱物燃料を正規のルートで買い付けて、積み替える、という手法を取ったようね』
……どんな民間人だ?
「で、同じことを帝国がやるのでは、と思っているんだな?」
『もしもの可能性としてね。ちょっとここのところ、色々とくすねすぎたから』
思わずアレアは考えていた。
自分が帝国軍の立場なら、敵がこちらの物資を奪うことに終始している事情、行動ははっきりわかっている。なら少なくとも、次に同じことがあれば逆襲できるように、対処するのは、自然だ。
つまり、帝国軍から鉱物燃料を奪うのは、無理となる。
『これは余談だけど』レイが話し始める。『今、帝国軍の主要な人工知能はダウンしているから、細工の細工はできるかもしれない』
「ダウンしている? 電人会議と戦っているんじゃないのか?」
『私たちの味方がうまいことやって、逆転してね。少なくともあと数週間は余裕がある』
ふぅむ、と思わず唸りつつ、何か逆転できる部分があるか、考えた。
……すぐには浮かびそうにもない。
惑星インディゴの勢力には、攻撃力は皆無だ。防御力もほとんどない。とにかく息を潜めてここまでやってきた。
やはり採掘量を調整するしかないか。移民船の乗組員に実地訓練をさせるとしよう。
「それで、勝てそうか?」
『え? 私たちの戦いのこと? まあ、あまり気にしないで』
「そう言われると、余計に気になるよ」
立体映像がないので、レイの顔は見えないが、アレアは彼女が躊躇っているのをわずかなノイズの向こうに感じた。
「あまり無理をしないで良い」
『お人好しね、アレアは。私たちはやりたいことをやっているだけだから、本当に気にしないで。うまくやるから』
「もしもの時は一緒に外宇宙へ行こう」
クスクスと笑い声が聞こえる。
『それ、変なプロポーズみたいね』
「真面目だがな」アレアは肩をすくめてみせる。「もちろん、プロポーズではなく、真剣な勧誘、だが」
『意識の片隅に置いておくよ、ありがとう』
通信が切れたので、アレアは席を立ち、壁に貼ってある惑星インディゴの地図を眺めた。
あまりこの惑星を掘り尽くすと、残る人たちが困る。
加減しないとな……。
しばらくの間、アレアは地図の前に、険しい顔で立ち尽くした。
(続く)
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