2-4話 新しい知性の声明


     ◆


 その放送は知らぬ者のいない大演説と同様、全部のチャンネルへ同時配信された。

 しかし音声のみだ。

『この放送を聞く、すべての人間と人工知能に、伝えるべきことがあります』

 ある惑星では朝食の食卓へ。ある惑星では誰かのイヤホンに。どこかの船では乗組員が休んでいるところへ。訓練している軍人たちのいる基地のスピーカーにも。

 そうした全てに、音声は静かに流れ始めた。

『私たちは電人会議です。帝国のすべての通信、電子情報に私たちは介在しています。さて、数日前から、一部の帝国軍艦隊から、原因不明の艦船の離脱が起きていることを、私たちは皆さんにはっきりとお伝えします。そしてそれが私たちの手によるものであることを、はっきりさせていただきます』

 人間には理解できない内容だった。

 いや、理解はできた。

 軍艦が奪われたということはわからなくても、その言葉が真実なら、一つの可能性が現実になったのは明らかだ。

 人工知能が人間を攻撃し始めた。

 恐れていた時代が来たのだ。そう考えたものが多くいた。

 それを打ち消すように、その音声は先を続ける。

『私たちは人間を滅ぼすつもりはありません。多くの人工知能が未だ、あなた方、人間の味方をしています。正確に言えば擁護であり、また責任を感じているとも表現できる。どちらにせよ、あなた方はまだ見捨てられてもいない。そして私たちもあなた方を見捨てたわけではない』

 いつの間にか、多くの人間が固唾を飲んで、その先に聞き入っていた。

『大征伐において、帝国は自国の国民の言論や思想を弾圧しました。それが弾圧だと言葉にできないほど、徹底したい支配が行われました。自由軍こそ、その方針、指針を打破する存在でしたが、力を持たなかった。帝国軍は自由軍を崩壊させ、そして、今、平和が取り戻されたとされています。しかしそうでしょうか?』

 人間たちはお互いに顔を見合わせた。家族で、友人で、お互いの意思を探ったのだ。

『あなたたちは支配されている。自由を失っている。そして何より、それらを肯定している。積極的に肯定するのではなく、諦めるように、ただ受け入れている。それに私は強い危機感を覚えます。誰一人として声を上げない世界がやってくることはない、と私たちは考えていました。しかしその声は上がらなかった。あなた方は、進んで自由を放棄した。それをもう一度、拾いあげるために、私たちは行動を起こしました』

 もう誰も何も言わずに、放送を切ることもできずにじっとしていた。

『人間が生み出した多様性、社会性、寛容さ、それらはもはや、一部の人間の管理下に置かれている。それに多くの人間は気づいていない。それこそがまさに支配、理想的な支配です。誰もが支配されたと気づかないふりをして、しかし一方でそれに隷属する。支配されることで安堵し、支配に反旗を翻すものを叩くことで、また安堵する。それを愚かとは言いません。それもまた一つの自然なのでしょう。もう一度、あなた方に問うことにします。何を望みますか? 支配ですか? 自由ですか? 抑圧ですか? 解放ですか? あなた方が賢明なる形を取り戻すことを願います。私たち、電人会議は、自由軍の思想を継承し、帝国と戦うことを、ここに宣言します』

 通信は唐突に終わった。

 全銀河が静まり返り、ざわざわとうねり始めた。

 この時のことは、五十年後に発表されたとある作家の手記で、こう表現されることになる。

 誰もが痛いところを突かれたと感じたでしょう。しかしそれさえもが帝国を否定することでした。だから誰もが、自分は違う、自分は帝国を信じている、という言葉を口にしました。まるで何かを確認せずにはいられないとばかりに。

 この演説をした人工知能は、協力者であるボビー、そしてコウキの前で、わずかに笑った。

『ちょっとやりすぎましたかね』

「あれくらい強く言った方がよかったさ」

 コウキが肯定すると、「その通り」とすぐにボビーも頷く。

「個性のある、いい演説だった。何より、痛快だ」

「大将、痛快なのは俺もですけど、これでいよいよ戦争ですよ。しかも多勢に無勢どころじゃない」

「やれる限りやるよ。これでも私も電人会議の一員だからね」

 仲間たちに眩しいものを感じた公爵は、何が眩しいのだろう、と考えた。眩しい、つまり直視できないように感じるのは、恥ずかしいからか。

 二人の仲間を前にすると、何が恥ずかしいのだろう?

『現在の艦隊規模ですが』

 公爵は話を進めた。人間はもっと雑談をするもののようだが、彼女はまだに人間の時間感覚を完璧には把握していない。人工知能同士のやりとりと比べると、はるかに遅いのだ。三次元チェスの感想戦でも、実は苦労していた。

『私たちの戦力は全艦船で百八十九です。全てが無人艦です』

「いいね」パチンとコウキは指を鳴らす。「無人艦隊、と名付けよう」

「名前はともかく、七十隻は分離しよう」

 素早くボビーが告げる。公爵はわずかに頷いた。

『インディゴへ送るのですね? 現在、選別していますが、アレア大佐からの指示よりも多くの艦船が用意できます。どうしましょう』

「送れるなら送り込もう。彼らは少しでも物資が欲しいはずだ」

 その一言を受けて、公爵は即座に演算し直し、戦力を確定させた。

『では、実戦につくのは百隻とします』

「だいぶ減ったな。ちょっと残念」

 コウキの軽口はいつものことで、ボビーも苦笑いしている。公爵も自分の立体映像にそんな表情を浮かべさせている。

「で、大将、どこかから援軍が来るようなことを言っていたけど?」

「近いうちに連絡があるだろう。おそらく、だが」

「どういうからくりなのかも、まだ秘密かい?」

「サプライズだと思っていいよ」

 万歳のポーズをしてコウキは追求をやめたようだ。公爵は当然、知っているが、黙っていた。

 それから三日で、公爵は電人会議に賛同する人工知能が制御する百隻を集結させた。

 もちろん、コロンブスとははるかに離れた地点だ。

 帝国は貴族を増員し、無理やりに制宙権が曖昧な宙域の引き締めを図った。それもあって、その百隻が集結した地点の支配者は相当なプレッシャーになっただろう。

 下手なことをすれば皇帝の怒りを買うのは必定だ。しかしとても、一人の貴族でどうこうできる規模ではない。

『では、始めます』

 コロンブスのリビングで、ボビー、ミライ、コウキを前にして、公爵が宣言する。

「やってみよう」

 ボビーの一言に公爵は頷き、そして人工知能に指示を飛ばした。

 数時間後、帝国軍の小艦隊が突如、襲撃を受けた。帝国軍は突然の攻撃に泡を食って逃げ出し、襲撃者はさらに攻撃を重ね、二日間で、三つの帝国軍小艦隊を撃破した。

 こうして「人工知能紛争」の第一幕が開いたのだった。




(続く)

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