2-5話 読みの境界


     ◆


 アレアは秘密裏に惑星インディゴへやってきた帝国軍艦船に唖然とした。

 気を利かせたつもりだろうけど、解体するのに忙しくなりそうだ。地下で移民船を作っている関係で、一度、すべての艦を地上へ下ろしたいが、それは遠距離から光学的に観測されると事態が露見しそうだった。

 仕方なく、一度は集まった帝国軍艦船を近くの安全な宙域へ散らし、順繰りに一隻ずつ地上へ下ろし、解体していくしかない。

 全ての艦に人工知能が搭載されており、彼ら彼女らをどうするべきかは、どうにか解決された。人型端末の予備がいくつかの艦にあり、それを動員して、即席で、人工知能の人型端末は解体作業員部隊に早変わりした。

 解体された帝国軍艦船を材料にして、移民船が加速度的に形になっていった。

「アレアさんの人望ですね」

 惑星インディゴの執政官の一人である、レオ・ジェルドが声をかけてくる。アレアと同年代で、自由軍時代は中佐だった。

 自由軍が崩壊して消滅した時、惑星インディゴは、自分たちで自分たちを治める必要が生じた。それがために、選挙が行われ、二十人ほどからなる代議士会が出来上がり、その中から二人の執政官が選ばれた。レオと、アレアである。

「別に人徳でもないよ。偶然さ」

「無人艦隊の戦果には驚きました」

「不思議なもんだな。人間がいないのに艦船が勝手に戦闘をして、人間を殺すとは」

 殺す、というワードにレオが眉をしかめるのがよくわかった。

「戦争ですよ、アレアさん」

「うん、それはよく、理解している。だけど、人間同士が戦うのが戦争、という気がするんだよ。そう思わないか? 俺の考えが古いのかな」

「古くはないですけど、新しくもないですね」

 思わずアレアは苦笑いしていた。俺も歳をとったな。

「人間のために人工知能が戦ってくれる。でも当の人間は何もしない。おかしいじゃないか」

「アレアさんが潔癖なんです」

 そうかもしれん、とアレアはレオに訴えるのを諦めた。

 それから移民船の建造の進捗を確認した。現時点で建造中の三隻は、半年経たずに形になりそうだった。

 そうなると別の問題も出てくる。

「乗組員の選抜をしなくちゃな。テストをして、それから訓練をする。船の運用にわずかにしか関わらない人々もさて、どうやって選ぶべきか」

「重要度の低い乗組員は、ランダムで選ぶしかないですよ。特別な技能が必要なものは、まずは立候補させる。やる気がなければ、訓練についていけないですから」

 そう言っているレオ自身は、帝国軍時代に機関士をしていたとアレアはいつか聞いた。

 実体験に基づく発言は、やはり重みが違う。

「自由軍から避難した人たちだから、技能を持っているものは極端に少ない。指導する役目のものもいないが、どうしたらいいか……」

「何言っているんですか、アレアさん」

 ニヤッとレオが笑う。

「最高の教師がいるじゃないですか」

「教師? どこにいる?」

「今は別のことをしていますよ。解体作業員という仕事をね」

 なるほど、そういうことか。

「人工知能に教師をさせるのか。それは良いな。良い発想だと思う」

「それでもついていけない人間が出ますけどね。ややこしいですよ、どうしても」

「仕方ないな。俺たちでどうにか、やりくりしよう」

 結局、それから日を置かずに操船や船の維持管理などなどを受け持つ、乗組員の選抜が始まった。

 当初の計画の通り、まずは職種を発表し、そこに応募してきた人を、面接や学力テストで選抜し、さらに実技訓練を課す。

 レオの発案のまま、一部の人工知能が人々に教育を施す。

 人型端末そのものがさすがに帝国軍の艦船に搭載されただけあり、高性能だったのはプラスに働いた。

 船外活動などの実技で、人型端末は人間と同じ構造の体ながら、まるで人間とは違う動きをする。しかしそれは訓練すれば、いずれは人間にも近い動きができるはずなのだ。

 訓練生たちは人工知能目指して、訓練を続けた。

 その間にも無人艦隊は小規模戦闘を繰り返している、という情報がアレアの元にも届く。

 不意に秘密通信が届き、それはボビーからだった。

『いや、特に用事はないんだ』

 そう言うボビーだが、もちろん、用事はあるのだろう。

「何か力になれますか?」

 思わずアレアの方から訊ねていた。ボビーが少し表情を緩める。

『実は、我々の元に自由軍の秘密部隊が合流してきてね、彼らの一部が戦いを望んでいない。そこで、公爵と議論した結果、第二次自由領域を設定しようか、となっている』

「なるほど」

 秘密部隊か。噂では聞いたが、自由軍が壊滅した例の戦闘の前に、第八軍団がどこかへ消えたはずだ。それが、秘密部隊なんだろう。

 どこかの司令官が、いつかの反撃のために用意したのだろうが、これでは逆効果だ。

 荷物が増えたようなものじゃないか。

「もしや、こちらに非戦闘員を預けたい、という意図でしたか?」

 ずばりとアレアは切り込んでいた。ボビーが情けなさそうに笑う。

『虫のいい話です。なので、その話をするのは先ほど、やめました』

「何人ですか?」

 これも俺の人徳になるのかな、そうとは思われたくないが、と思いつつ、アレアは訊ねていた。人徳ではなく、ただの世話焼きなのだが、とも思っていた。

 じっと黙ったボビーが、映像の向こうで首を振った。

『いえ、この話はなかったことにします。公爵は帝国民に選択を迫りました。それも、命の危険を伴うような選択です。それなのに、私だけが都合の良い行動を取るわけにはいきません』

「そのようなことは……」

『忘れてください。どうですか? 進行具合は』

「ええ、それはもう、お陰様で……」

 五分ほど話しただけで、ボビーが別れを告げた。

『お忙しいところ、失礼しました。幸運を祈ります』

「何かあれば、お話しください。あなたには恩がある。大きすぎる恩です。私たちに出来ることがあれば、遠慮なくおっしゃってください」

『ありがとう。では』

 通信が切れた。

 通信が終わってみると、いやに不安になる。ボビーたちは人間を上手く扱えるだろうか。

 人工知能たちと人間たち、この両者がうまく融和すれば、大きな力を発揮できる。それが電人会議が証明したことだ。

 人工知能を理解する人間、人間を理解する人工知能。

 この二つが、電人会議にはあった。

 そこに今、自由軍の敗残兵が合流した。

 バランスは、崩れるのではないか。それが致命的な事態にならなければいいが……。

 秘密の情報ネットワークにアップロードされた、帝国の電子新聞にその記事が上がったのは、ボビーとの秘密通信の翌日だった。

 帝国軍全軍が反乱勢力への組織的攻撃を検討中。

 反乱勢力は、テロリストの残党だ、ともあった。

 帝国軍はこれで、電人会議を特殊な組織ではなく、テロリストの残党、自由軍の残党と定義できる。

 このままでは、電人会議の掲げた、帝国民への檄は、宙に浮いてしまうのではないか。

 ボビーの読みはどこまで進んでいるのか。

 それとも読めていないのか。

 アレアは集められるだけの情報を集めつつ、あの三次元チェスプレイヤーのことを考えた。

 天才は、今も、天才なのか。




(続く)

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