2-3話 新しい戦いの始まり
◆
その日、帝国軍第十二方面軍第三艦隊第二小艦隊に所属する兵士である、レイトン二等兵は、居室でまどろんでいた。
六人部屋で、全員が同じ階級である。シフトも同じだ。
大征伐に合わせての徴兵で、最後の最後に軍に組み込まれ、しかし戦闘らしい戦闘もなく、昇進するわけもなかった。
大征伐の終結後も帝国軍は規模をわずかずつ強化こそすれ、縮小することはなかった。
レイトンとしては徴兵に応じた時の書類にあった三年勤めれば予備役に入れる、という一点を信じて、この一年を過ごしてきたのだった。
それでも、もう戦争はないわけだし、つまり、昇進がない代わりに、死ぬこともない。生活の全ては保証され、窮屈さに我慢すれば、問題は何もないのだ。
夢の中でも彼は軍人をやっていて、しかし現実の砲撃手ではなく、機動戦闘艇のパイロットだった。花形である。
現実を超越した夢の中で、彼の機動戦闘艇が、こちらももう存在しない自由軍の宇宙戦艦に攻撃を仕掛ける。
エネルギー魚雷、発射!
そう思った瞬間、警報に叩き起こされた。
「な、なんだぁ?」
ベッドのカーテンを引きあけ、飛び出す。他の五人も飛び出してきた。
艦内放送で、燃焼門の暴走事故が起こり、乗員は即時、脱出ポッドで離脱しろ、という音声が流れ続ける。
訓練だろうか。どちらにせよ、こうしちゃいられない。
もし事実で、こんなところで死ぬわけにはいかないし、訓練でも懲罰は受けたくない。
レイトンは自分のベッドの奥の荷物を置くスペースから、毎日、つけていた日記の手帳を引っ張り出してポケットに突っ込むと、仲間とともに脱出ポットへ急いだ。
通路は混乱しているが、そこは軍人である、訓練の成果は万全で、混乱もみるみる収まる。
レイトンが所定の脱出ポットに入り、シートに体を固定する。レイトンの後に三人ほどやってきて、脱出ポットのハッチが閉まる。アナウンスが流れて、ガツンと衝撃がその小部屋を震わせた。
ぐるぐる回っているような錯覚があるが、人工重力もあって、はっきりしない。
それにしても、この先、どうなるんだろう? やっとレイトンは自分の将来が不安になった。もし船が航行不能になったら、別の船に乗せられるのだろうか。せっかく今の船に慣れたところだったのが、惜しい。
そこまで考えて、自分が船が爆発することを前提にしているのに気づいた。
レイトンは窓の外へじっと視線を注ぐ。ほとんど真っ暗で、何も見えない。やっぱり高速で回転しているらしい。
ぐっと横に力が加わり、その窓の向こうが静止した。姿勢制御されたのか。
窓の向こうを見ると、今も脱出ポッドが分離していく彼が所属した船、宇宙戦艦ホウスが目の前に見える。
今にも爆発するかもしれない。あまりにもクリアに見えるせいか、もしくは宇宙戦艦が大きすぎるせいか、巻き込まれるような気がしてきた。
と、視界に別の脱出ポッドが入ってきた。
外装に描かれている識別番号を見ると、それはホウスからの脱出ポットではない。
他の艦の脱出ポット……?
「おかしいぞ」
別の兵士が口にした。
「あそこにも、あっちにも脱出ポットがある。うちだけじゃないぞ!」
「そんな馬鹿な……」
「抜き打ちでの、大規模な避難訓練か何かじゃないか?」
「そんな悪ふざけ、軍隊でやると思えないぜ」
そんな会話を聞いているうちに、窓の向こうの巡航艦が唐突に消えた。
亜空間航法を起動したのだ。
わけがわからない。
さらに二隻、亜空間航法で消える。
訓練じゃないことははっきりした。脱出ポットを放出して、亜空間航法を起動する場面は極めて少ない。爆発寸前の艦を、味方に被害が出ない場所に飛ばすようなシチュエーションだが、ここまで厳密に再現しないだろう。それも抜き打ちでは。
周囲でどんどん艦船の数が減っていく。
まるで艦が意思を持って、人間を放り出して、自分たちだけでどこかへ旅立ったようだった。
そしてついに、レイトンの見ている前で、宇宙戦艦ホウスも亜空間航法でどこかへ消えた。
「行っちまった」
誰かが呟いたが、誰も答える者はいない。
重苦しい沈黙が続き、やがて救助部隊がやってきた。
やはり訓練ではなかった。
第十二方面軍第三艦隊所属の第二小艦隊は、原因不明により全艦船を喪失したのだった。
◆
ここまでの数か、とコウキは興奮を隠せなかった。
公爵の演算力、思考力は知っていたが、まさか彼女に賛同する人工知能がここまで多いとは。
巡航船コロンブスのリビングでは、亜空間航法で集結地点へ向かう帝国軍艦船を示す点が、今も星海図を走っている。
全部の数はすぐにはわからない。二百を超えているだろう。
「こいつはクールだな」
「人間がだいぶくっついてきている」
横のソファに座るボビーには興奮の色はない。もっと喜べよ、とボビーはわざと笑みを見せる。ボビーはそれに気づいていない。
「彼らの協力を仰ぐのは不可能、というか、ありえないね。公爵、艦内を酸欠状態にして、彼らを眠らせよう。私たちには腕力がないから」
『了解しました。彼らも従うと思います』
彼ら、というのは寝返った人工知能か。
「これだけの戦力で、何をするつもりかを、俺はまだ聞いていないよ、大将」
「私の構想は伝えたはずだよ、コウキ」
「人工知能同士の戦闘、だろう? それなら艦船を手に入れる理由はない。つまり戦力には戦力の使い方があるわけだ」
「身を守る、もしくは、陽動ということになるね」
やれやれ、この爺さんは、いよいよ血迷ったか。いや、最初から俺たちはみんな血迷っているが。
コウキは質問を変えた。
「身を守るっていうのは、この船を守る、ってことかい?」
「それもあるが、この船は極端に身を隠しているから、基本的には見つからないことが前提だ。陽動の方が意味がある」
「それは結局、例の惑星に関係するわけか」
にっこりとボビーが笑う。釣られて、コウキも笑みを返す。頷いてボビーが答える。
「それに、実は船の半分は戦力に数えない」
「半分だって? ただでさえ弱っちいのに、半分にするのか?」
「これも例の惑星絡みだよ」
やれやれ、全部がそこか。
船を用意しても、連中には護衛は必要ない。
船の使い道が他に何かあるか……。
そうか。やっとコウキにも理解できてきた。ボビーは手に入れた帝国軍の艦船をそっくりそのまま資材に転用しようというのだろう。
それも惑星インディゴで製造が進んでいる移民船の材料にするのだ。
とんでもない計画だが、コウキがあまり危機感を感じないのは、帝国軍という敵が強力すぎるからか、あまりに自分たちが弱小すぎるからかの、どちらかだろう。自分でも分からない。
しかし連中は、本当に未探索宇宙へ行くのか? それでどうなる?
……まあ、いいか、とコウキは考えを一時、保留した。ボビーが言う通り、この巡航船コロンブスの位置は、完璧に消されているし、補足されることはほとんどないだろう。
自由軍が瀬戸際に立っている時、自分がやったことを思うと、コウキは今でも疲れを覚える。
人手がないがために、頭脳労働が専門のはずのコウキが船の外壁に取り付いて、帝国軍の艦船に搭載される索敵装置に引っかからないように、隠蔽処置と呼ばれる工事を施したのだ。
ボビーは初老で動きが悪く、ミライこそ不慣れというより未経験で、つまり二人ともが不適格だった。
結局、コウキがやるしかない。
塗料のようなものの入ったタンクを背負って、ひたすら吹き付け続けた。
もしすぐに帝国軍に発見されてしまったら、コウキはその時に沸き起こるだろう自分の怒りを抑え込める自信がなかった。
それくらい、苦労したのだ。
「さて、帝国軍のみなさんはどういう感じかな」
コウキは素早く帝国の情報ネットワークに不正アクセスし、新聞の電子版を手に入れた。
一面の大見出しは、どうでも良い政治のネタだった。
ページを繰っていくが、帝国軍から艦船が消えたことは何も書かれていない。情報統制されたらしいな、これは。
「明日は一面に載るさ」
手元の端末で何かを読みつつ、コウキを見ずにボビーが呟く。
別に新聞に載るような仕事がしたいわけじゃない。反発を覚えつつ、コウキは立ち上がった。
「楽しみにしてますよ。犯行声明を出すわけですか?」
「当然だよ」
……正気かよ。
いきなりのことに、ぽかんとするコウキにボビーが笑みを見せた。
もちろん、正気の笑みだった。
(続く)
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