30-2話 新人貴族
◆
貴族院に新しく加わるものへの爵位の授与式はあっさり終わった。
問題はその後の晩餐会だった。これには皇族も出てくるし、僕でもさすがに知っている有名どころが大勢いる。
ただ、気に食わない連中も多い。
一部の根っからの貴族やその子弟たちは、僕のような武勲で貴族になった連中を、武勲貴族、とか、軍人貴族、とか呼ぶ。これが腹立たしい。
何せそういうことを言う連中こそ、テロリストとの戦いでは何の苦労もしていないのだ。
だから自然と、貴族と、軍人貴族、という二つのグループに分かれる。
僕はひっそりと会場の隅の方で、適当な料理を摘まんでいた。別に話したい相手もいない。何より、親父から離れていたい。幸い、今、見える範囲にはいない。
「お父様とお話しされたら?」
隣にいる、今日はドレス姿のリッサが助言してくる。余計な助言だが。
「そんな人間は見えないな」
「あちらに」
「いや、僕には見えない。見えないな。どうしてかな」
さすがにリッサも諦めたようだ。
そんなところへふらっと、顔見知りの貴族がやってきた。爵位は、侯爵だ。親父の友人で、この侯爵の知り合いの数人に、機動戦闘艇の操縦を教えた。
奴も友人も僕より十歳ほど年上の貴族で、金だけはやたら持っている。
「久しぶりだな、クルーガ」
「ええ、はい、どうも」
侯爵がニヤッと笑う。
「お前が貴族とは、さすがだよ。武勲貴族でも立派な貴族さ」
「そりゃどうも」
ギラッと彼の目が光った。
「うちの知り合いを二度と使い物にならなくしたのは、忘れちゃいないよな」
あー、そんなこともあったな。
この侯爵の治めている惑星で、実機の機動戦闘艇の訓練をしたのだ。
機動戦闘艇は基本的に無重力空間が前提で、重力下では難易度が段違いだ、といったのに、この貴族の知り合い(の知り合い)は、堂々と僕に挑戦してきた。
「あれは示談にしたはずですがね」
親父が金を出してくれて、示談にしたのだ。僕は危うくインストラクターの資格を剥奪されかけたが、記録映像のおかげで首の皮一枚で生き残った。ちなみに親父が金を出したのは、僕のためではなく、自分の風評のためだ。念入りなことである。
貴族はまだニヤニヤといやらしく笑っている。
「いつでもお前を追い落とせることを、忘れるなよ」
「まぁ、機動戦闘艇で無様に地面に落ちるよりはマシでしょうね」
こめかみに青筋を浮かべ、侯爵は挨拶もなく、去っていった。
「言葉を慎んだ方がいいかと」
リッサの助言は無視して、料理を取りに行くふりをして、さっさと人混みに紛れ、安全圏へ向かう。再び壁際で、少しずつ酒を飲んでいると、こちらに歩み寄ってくる老人がいるのが自然と見えた。
さすがにこれにはびびった。
動けないほどびびった。
「クルーガ・ストレイト男爵だね?」
老人は僕より少し背が低いが、オーラというか、気配は僕とは比べ物にならない。
僕でも知っている超大物の一人だ。
「え、ええ、閣下、その……」
まずい、何も言えない。
穏やかな笑みと共に老人、シヴァ元帥は微笑んだ。
「君の機動戦闘艇の操縦技術は素晴らしいと聞いている。今からでもうちに来ないかね?」
うち、というのは帝国軍だろう。
これは冗談だろうな。
「所詮、遠隔操縦だけが能の、臆病者ですので」
やっとちゃんと声が出た。その言葉にシヴァ元帥は笑い、僕の肩を掴んで揺すった。力強い手だ。
「それでも素晴らしい技術だ。もし機会があれば、うちでも教えてもらうよ。君はどこを任された?」
「惑星スルガです」
なんと、とシヴァが目を見開く。
「そこはよく知っている。別荘があるのだ」
「え!」
驚きのあまり、それ以上、言葉が出なかった。一方の元帥はニコニコ笑って、もう僕の前を離れつつある。
「また会おう。今度はプレイベートでな」
手を振って元帥が去っていった。おいおい、これはどういう夢だ?
リッサが何か言ったが、聞こえなかった。ふらふらと会場の壁際を移動し、テラスへ出た。夜のひんやりとした空気が心地いい。
少しずつ冷静になってきたぞ。
「これは願っても無いチャンスじゃないか?」
誰にともなく呟くと、ちゃんとリッサは聞いてくれていた。
「元帥閣下とのことですか?」
「それもあるが、惑星スルガは、意外に悪い場所じゃない。宣伝材料もある」
「宣伝、ですか? 何のですか?」
「すぐに形になるさ。早くこのくだらない会合が終わらないかな」
結局、深夜までその場にいて、深夜便でさっさと僕は自分の拠点である惑星に戻った。深夜便でも、亜空間航法で三日だから、たいして意味はないけど。
帰り着いて、即座に書類を作り、手配りもして、僕は惑星スルガに向かった。
到着まで、亜空間航法で一週間。銀河帝国の最辺境とも言える。こんなところに別荘を作るとは、シヴァ元帥も奇妙な男だ。
実際にこの目で見た惑星スルガは、緑豊かで、穏やかそうなところだった。
宇宙空港から地上へシャトルで降りたが、見渡す限りが草原か山、湖、海、そんなものだ。
都市らしい都市はない。
シャトルが降りたところだけが現代的で、その周りに惑星首都らしい街があるが、こぢんまりとしている。
現地の役人と顔合わせをして、僕が住む屋敷も教えてもらう。すでに人工知能の人型端末が駆り出されて掃除をしているという。
駆り出されて?
「この惑星には人工知能も、人型端末も、そうありません。掃除やお迎えの支度をしたのは、有志の方から借り受けた人型端末です」
まさに田舎じゃないか。
だが、そこがいい。
その日のうちに屋敷に移動し、綺麗に掃除されているのに安心しつつ、試しに求人を出してみた。
名称が難しいが、ハウスキーパー、とした。
翌日には若い女性を中心に大勢が集まり、僕は面接をして、十人を選んだ。
「これで君も少し楽になるな」
リッサに冗談半分に言うと、こんな返事が来た。
「少し残念です」
そう来ると思ったよ。
「実は別の厄介ごとを背負い込むつもりだ」
「え? 何でしょうか?」
「ちょっとした施設を作る。この惑星にね」
まだ彼女には何も話していなかった。
「とりあえずは、機動戦闘艇の博物館だ。どうやら大征伐で、テロリストから手に入った様々な機体が宙に浮いているらしい。これを買い集めて、ここに博物館を作る」
「それでどうなるのですか? 誰が得をするのですか?」
「その博物館と同時に、僕の本業の、機動戦闘艇パイロットの育成学校を作る。最初は少人数でやって、徐々に大きくする計画さ」
すっとリッサの目が冷たくなる。
「そんなにうまくいきますか? こんな帝国の外れの外れまで来て、機動戦闘艇の操縦を学ぶなんて、ばかげていますよ」
「そこでまずはこの惑星を有名にする必要がある」
「まさか、シヴァ元帥を利用するのですか?」
利用じゃないさ、と僕は片目をつむってみせる。
「元帥がここに別荘があると聞いた時、ひらめいたアイディアが一つある」
「アイディアマンですこと」
「それはな」
僕は思わず声を潜めていた。
「テロリストを追悼する場所を作るんだ」
リッサは今度こそ本当の驚きに打たれたようだった。
しめしめ。同じ顔を帝国中の人間がするぞ!
(続く)
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