30-3話 大計画


     ◆


 まさか堂々とテロリスト追悼施設とするわけにはいかない。

 名称は「自由記念館」という分かりづらいものになったが、中身はおおよそ僕の想像の通りになる。

 反乱軍を名乗ったテロリストの発生から発展、彼らがやったこと、帝国軍がやったことをまとめていく。

 ただ、これはまだ弱い。もっと踏み込まないと、力が出ない施設だと僕も気づいている。

 なのでまずは別の方向で動き始めた。

 大征伐の終結からそれほど時間がかかっていないところで動いたのが良かった。

 惑星スルガの衛星軌道上に、僕が買い取ったり借りたりした、テロリストが実際に使用した艦船が集まり始めた。

 連中がキメラと名付けていた、実に奇妙な継ぎ接ぎだらけの機動母艦が一応の目玉だ。

 僕個人としては、ここ三十年のかなり濃密な機動戦闘艇のコレクションこそ、目玉なんだけど。

 テロリストが古いものをなぜか補修して使っていたおかげで、もう帝国軍では見ることもない三十年前の名機が何機かあり、これはまさに機動戦闘艇オタクをピンポイントで狙い撃ちした。

 あまりにも珍しくて、僕が衛星軌道上に仮置きしている段階で、見物のおっさんが何人か見に来て、僕は彼らに挨拶しておいた。彼らの情報網の中で、惑星スルガは特別な場所として広まったはずだ。

 帝国軍がかなり難色を示したが、僕は、すでにテロリストは過去のもので、これは彼らの墓標なのです、とか適当なことを言って、すり抜けた。

 念のために優秀な弁護士を雇っておいて、万が一に備えたりもした。

 惑星スルガの住民は何が自分たちの惑星にできるのか、よくわからないようだった。彼らのほとんど全ては農業か酪農、林業、漁業などで生計を立て、それぞれが広大な土地を所有している。その土地の一部を帝国の金持ちに貸して、別荘地を形成していた。

 観光施設などないが、惑星自体が帝星などと比べれば観光地みたいなものだ。何せ帝星こそ、自然と呼ばれるものは全て皇室の持ち物だから。

 事前情報の観光業が主産業というのは、多分に事実を歪曲していたけど、僕としては構わない。なにせこれから本当に観光地になるのだ。

 住民から土地の一部を買い上げ、そこに建物を建てた。

 第一号として、機動戦闘艇博物館が開館した。自由記念館も同時に建設したが、こちらはやはり集客がなく、あってないようなものになった。

 ちなみに、機動戦闘艇博物館の館長を誰にするべきか、迷っていた時に、ふと例のオタクのおっさんの顔が浮かんだ。

 衛星軌道上の機体を見学に来たうちの一人だ。

 実はあの後、僕の予想通りに惑星スルガのことが情報ネットワーク上で話題になった。

 そんな様子を観察している中で、この情報が少しも疑われていないのが不思議だった。やけに信用されているが、あのオタクのおっさんは何者だ? と追跡していったのだが、なんと、つい十年前まで帝国軍で機動戦闘艇の試作機のテストパイロットをしていた、知る人ぞ知るおっさんだった。

 体を壊して現役を退いて、自由に過ごしているともわかった。

 ちょうどいいじゃないか。

 早速、連絡を取ると、「どのようなものになるか、見てから」という返事だった。

 待ち構えている僕たちの元に彼は気負った様子もなく現れ、僕の方が少し不安を感じながら、博物館を案内した。

 彼は博物館の中でも一番古い機体を長い時間、眺めていた。完璧な状態ではなく、破損や欠損も多い。

 彼は視線を僕に向けると無言で優しげな視線を送り、歩き出した。

 全てを見終わった時、彼は深く頷き、

「お力になりたいを思います」

 と、僕の手を取った。

 こうして惑星スルガにまた一つ、箔がついたわけだ。

 機動戦闘艇オタクたちが沸騰し、惑星スルガは空前の集客力を発揮し始めた。宿泊施設がないので、僕は住民の家に泊まるプランを考えた。ちょっとした田舎生活も体験できる、という無茶な発想で、これは機動戦闘艇とは真逆な要素なこともあり、ほとんどのオタクどもからの反応はスルーだった。当然か。

 だが、ライトな趣味者には地味にウケ始めた。

 ちょっと機動戦闘艇の歴史を勉強しつつ、ちょっと田舎生活も体験したい、みたいな欲張りな連中、平凡な子供連れの観光客がやってくるようになった。

 機動戦闘艇オタクの聖地であり、家族旅行に最適な観光地。

 僕の惑星スルガに赴いてから三ヶ月がこんな具合で、極めて濃密に、脳が沸騰するほどの忙しさで過ぎ去った。

 夏も終わるという時に、その来訪者があった。

「敬礼はいらんよ、プレイベートだ」

 シヴァ元帥とその夫人が、僕の屋敷にやってきた。事前に連絡があったので、もてなしの準備はできている。

「自由記念館はあまり宣伝しないのだね」

「さすがにその話にはなりますね」

 テーブルを挟んで向かい合う元帥に僕は思い切って考えを口にした。

「自由軍と名乗った彼らを追悼する施設を作りたいのです」

「追悼する、とは?」

「墓碑を建てたいと思っています。まずは帝国軍の戦死者の名を刻んだ石版を並べます」

 ふむ、とシヴァ元帥が頷く。

「まず、ということは、次があるのだね?」

「テロリストの戦死者の名前も、石版に刻んで並べます」

「敵の名前をか?」

 相手の瞳に警戒する色がある。これは予想通りだ。なので別に動揺するほどではない。動揺するほどではないけど、さすがに想像よりも威圧感がある。

「大征伐では大勢が犠牲になりました。味方の戦死者を弔うのは当たり前ですが、敵にも同様のことをして、帝国の度量の広さ、寛容さを大きく示すべきです」

「なぜ、この惑星なのかが、わからないがね」

 その理由は僕にしかわかっていないだろう。

 非常に個人的な理由なのだ。

「ここが僕の惑星だからです」

 その回答には、さすがに海千山千の元帥でも呆気にとられていた。しめしめ。

「僕の惑星? どういう意味かな」

「場所なんてどこでもいいんですよ、正直なところ。たまたま、ここが僕に与えられた。別に貴族になんてなりたくなかったですが、治める場所をもらった以上、そこを豊かにするのは当たり前です。違いますか?」

 少し黙った元帥がくすくすと笑い出した。

「君は面白いな。豊かにするか。豊かという言葉を、私はいつの間にか狭い範囲で理解するようになっていたかな」

 彼が少し遠い目をする。

「食料、建物などの生活の基礎、もっと言ってしまえば金、そして名誉。そういうものばかりを求めているが、それらへの欲求が満たされることだけが、豊かではないのかもしれんな」

 ……いや、そこまで大したものでもないんだけど。

 しばらく場に沈黙がおり、うむ、と元帥が声に出した。

「私も力になろう。先ほどの墓碑の件だが、実現するように働きかけようと思う。私もそれくらいの態度が帝国には必要だと思っている」

「あ、ありがとうございます」

 こんなにうまくいくとは。

 相手が老人で、こちらが小僧で、それがうまく働いたかもしれない。

 元帥とは楽しい数日を過ごし、彼も機動戦闘艇博物館には興味深そうな視線を向けていた。

 こうして僕の本当の願望の前段階である惑星活性化政策は、一気に前進を始めたのだった。




(続く)

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