SS第30話 若者の夢

30-1話 自由な世界で


     ◆


 ポップコーン片手に、僕はその光景をじっと見ていた。

 どこかの機動戦闘艇に取り付けられたカメラが撮影した映像で、不規則に、しかも激しい操縦で極端な軌道を描くため、ほとんどの像がぐちゃぐちゃに乱れる。

 しかし機体の運動の無駄のなさは、凄まじい。

「さすが、伝説だな」

 思わずつぶやき、ポップコーンを口に放り込む。

 三十分ほどそれを見て、最後には格納庫に機体が滑り込んで、映像が終わったところで、部屋の明かりをつけた。

 一人がけのソファの上で背筋を伸ばし、空になったポップコーンの袋をくしゃくしゃにして、ゴミ箱へ投げる。綺麗に入った。

 目の前のローテーブルの上のリモコンを手に、次の映像を選ぼうとするとドアがノックされた。その音で誰か、すぐわかる。ちょうどいいタイミングだ。

「いいよ、リッサ」

 部屋に入ってきたのは十代の少女で、しかし背広を着ている。

 リッサ・ドウムは僕の秘書ということになっているが、それは形だけで、実際は何でもかんでも押し付けている相手だ。

 彼女の両親は軍人で、僕のようなちゃらんぽらん男とは水と油のような、堅物の中の堅物だったが、二人共が大征伐であっさりと戦死した。

 リッサを残していくにあたって、彼女が小学生の時に家庭教師を引き受けた僕に、なぜか白羽の矢が立ち、彼女は僕の元へ来た。

 その時点で彼女は高校卒業間近で、卒業と同時に僕は彼女と雇用契約を結んだ。

 それから今日までありとあらゆる雑用が彼女の担当になり、いよいよ僕は自由に生活している。素晴らしい人生だなぁ。

「先生」彼女は僕を未だにそう呼ぶ。「このような通知が来ています」

「見ておくから、ポッップコーンを補充してくれよ」

「そのような場合でもないかと」

 では、どのような場合なのか。

 肩越しに振り返ると、もうすぐそこにリッサがいた。書類が差し出される。電人会議とかいう連中のおかげで、最近は紙の書類も増えてきた。

 受け取った封筒を見て、さすがに僕は目を細めてしまった。

 宛名はちゃんと僕だ。

 その封筒に描かれている紋章は見間違えることのない有名なもの。

 帝国貴族院の紋章だった。

「厄介な気配しかしない」

 そう言いつつ、雑に封筒を破って、中身を確認した。

 書類を読んで、すぐにリッサに手渡す。彼女は無言で受け取り、目を通しているようだ。

「アホみたいな話だが、本当に僕が男爵になるのか?」

 リッサに言ったわけだが、返事がない。ちらっと見ると、もう一度、書面を見ているようだ。

 そりゃそうだ。僕でさえ寝耳に水だからな。

「やり過ぎたな、あれは。うん、やりすぎた」

「大征伐の時ですか?」

 書類が戻ってくるので、雑に封筒に戻した。

 書類には武勲により僕、クルーガ・ストレイトに男爵位を授与し、支配宙域を与える、とあった。

 武勲というのは、大征伐での武勲だった。

 最後の大会戦で、僕は遠隔操縦の機動戦闘艇を操ってテロリストの機動戦闘艇を十五機、落とした。

 これは全体からすれば大した大戦果でもない。

 ただ、この程度の武勲でも取り上げる必要が今、帝国にはあるのだ。

「本当に貴族を増やしているんだな。嘘か冗談だと思っていた」

 そういう僕の横を通り抜け、リッサが飲み物を用意し、こちらへ持ってくる。

「先生は呑気なのです。帝国は二度とテロリストの温床を作らない方針ですから、貴族が増えるのは必然でしょう」

「テロリストの温床、ね」

 大征伐で自由軍を名乗るテロリストを壊滅に追い込んだ帝国は、そのテロリストが発生した、支配者がはっきりしない宙域や惑星を、そのまま所有が曖昧なままにはしないと決定した。

 そこで貴族を増やし、その貴族に未発展の領域を割り当て、反乱分子の育つ芽を摘む、っていう寸法だ。

「この宙域と惑星について調べてくれ」

 書類には惑星スルガとその周辺宙域とある。聞いたことがない場所だ。

「お父様に御報告は?」

「必要ないだろ。もう無関係だ」

 僕は大学生の時から機動戦闘艇の操縦のシミュレーターにのめり込み、親の七光りで入った大学を中退し、即座に操縦士訓練学校に編入した。これが空前絶後の親父の大激怒を発生させ、結果、僕は勘当された。

 父親が貴族で、侯爵だ。このあたりの兼ね合いで、まだ大学生だった僕がリッサと出会えたことになる。

 ちなみに操縦士訓練学校も中退して、ゲーム会社にちょっと勤め、それからたまたま機動戦闘艇の遠隔操作操縦士の試験に受かり、大征伐での武勲につながる。

 何が起こるかわからないものだ。

 飲み物を飲んでいるうちにリッサは一度、退室し、それからポップコーンと小型の端末を手に戻ってくる。

 まずポップコーンの袋を受け取り、端末は膝の上に置いて、両手で袋を開封した。

 端末には、星海図がある。

 なるほど、こいつは辺境の中の辺境だな。

 惑星はどうなっているのか。星海図を操作し、惑星スルガの情報をチェックした。地球化は済んでいる。居住も可能らしい。今の住民の数は十億人ほど。つまり、ほとんどが無人地帯になる。主産業は、観光……?

「ふーん」

 ポップコーンを食べつつ、ちょっと考えた。

「爵位の授与式のスケジュールを考えますと、お衣装などを用意しないといけません」

「ああ」

 僕はまだ考えていた。観光か。

「先生?」

「うん、服ね。カタログを手配しておいて。できるだけ早く仕上がるショップで。できるだけ安く済む方がいい」

「承りました」

 そっと頭を下げ、リッサが去っていく。ドアが閉まる音がして、まだ僕は星海図を見ていた。

 とりあえずのプランが頭の中で形になってきたので、僕はタブレットをローテーブルにおいて、代わりにリモコンを手に取った。

 映像を選択し、再生。

 また機動戦闘艇の戦闘中の映像だ。これを買うのに結構、お金を払ったがそれに見合った内容で嬉しいな。

 この映像にはメインカメラの映像の他に、操縦席の映像もある。操縦士の顔は光の加減で見えないが、顔はどうでもいい。手足の動きが重要なのだ。あと、どこを見ているかも。

 無駄のない動きの勉強になる。

 その映像を最後まで見て、今日はこれまで、と決めた。楽しみは後にとっておくものだ。

 外に出ると、窓の向こうに夕日が沈んでいく。そろそろ夕飯時だ。

 しばらく窓の外を眺めていた。中規模の都市惑星の、小さな集合住宅だった。集合住宅と言っても、一フロアずつを貸す、豪勢なもの。

 これでもちょっとした収入を得ているので、この生活ができる。

「先生、お夕飯です」

 食堂にしている部屋からリッサが顔を覗かせる。頷いて、ゆっくりと歩く。

 僕の本業は、機動戦闘艇のインストラクターだ。それも個人でやっていて、客はかなり選んでいる。機動戦闘艇の操縦は、今のところ、業界全体での最も多い客層は老後の楽しみでやっている老人どもだが、僕はそんな連中は相手にしない。

 僕が教えているのは、士官学校、軍学校、準軍学校を目指している若い奴らだ。

 これが地味に刺激的で、面白い。

 子どもたちは気迫を持って向かってくるし、何より、遊びでやっている連中とは本気度が違うのだ。

 この二つだけで、僕も熱くなるのに十分だ。

 しかしこの稼業も、テロリストがいないんじゃ、近いうちに店じまいだろうか。

 食堂に入ると、もうリッサがカタログを用意していた。

 僕が貴族か。

 これはまったく、世も末だな。




(続く)

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