29-4話 終わりの地
◆
私が収容された病院船は、そのまま私たちを乗せて帝国の惑星の一つに降りた。
そこにある医療施設には自由軍の捕虜が大勢いるようだけど、私は将官だからだろう、他とは隔離されていた。
怪我は重傷で、一時は意識不明だったと後で聞かされたけど、もちろん、覚えていない。
何時間もの手術と最新の医療技術が私を救ったようだ。
病院の奥の個室で、帝国軍の士官と対面し、事前調査です、と断りがあった後、話し合いが始まった。
私は自分の名前、階級などを告げた。
彼らが聞きたがっているのは、自由軍の総戦力や資産状況、関係している企業や協力者のことだった。
「言わないという選択肢もありますが、我々は無理やりにでも調べることもできる」
ほとんど脅迫だが、彼らにはそれを口にする権利がある。
彼らが勝者であり、また支配者なのだ。
私は従順なふりをして、話し始めた。それはマッキネン元帥の決意を無駄にしないためだ。
捕虜になってしまった以上、簡単に自決できるわけもない。
そしてマッキネン元帥から聞いていた第八軍団のことを黙っているためには、すべて話した、と思わせるしかない。
精神スキャンをするまでもない、と思わせるために、しゃべるのだ。
それで帝国軍は納得するかはわからないが、やるしかなかった。
取り調べは一日に一時間と決められているようで、兵士たちは毎日、午後になるとやってくる。
彼らがいない時間は、検査に大きな時間を取られ、それ以外は横になっている。たまに看護師がやってきて、雑談をするが、自由軍にも帝国軍にも触れない。そんな優しい気配りがあって助かった。
一ヶ月ほどを病院で過ごし、検査の時間がリハビリに変わり、少しずつ動けるようになったが、すぐに息が切れた。
「肺をやっちゃったからね」医者が困ったような顔になる。「心肺機能はやはり、落ちるか」
それでもリハビリを続けて、ゆっくりとなら歩けるとなった時、帝国軍の士官が書類を渡しにやってきた。
「裁判所への出頭命令です」
いよいよ来る時が来たのだ。
法廷は非公開で、私には帝国が選んだ弁護士がついたが、これが意外にやる気のある若者で、驚いた。
私を救えばヒーローになれるとでも思っているのだろうか。
裁判は簡略化され、一週間ほど毎日、開廷された。
判決は、二百三十年の強制労働、だった。
閉廷してから、若い弁護士が私の手を取った。
「命があって良かったですね」
どう答えていいかわからなかった。
私の体が強制労働に耐えきれるわけもなく、裁判官は私を身体機能の回復が保証されるまで、医療施設に留める、とも判決で口にした。
病院に戻ると、珍しく看護師がそのことについて触れた。
「死刑にならない人も珍しいけど、健康を考慮される人も珍しいわ」
そんな具合で、私は病院になんと、一年以上、留まった。
先延ばしにしたのではなく、私の体のダメージはそこまで重かったのだ。
病院にいても犯罪者なので、情報に自由に接する権利はない。新聞も雑誌も、すべてのメディアが私から遠ざけられた。看護師も何も言わない。
強制労働惑星に送り込まれるために病院を出る日、医者が励ましてくれた。
「生きていることに感謝しなさい」
私は黙って頭を下げた。
輸送船に乗り、亜空間航法で一週間。
見るからに燃料鉱物が大量に埋まっていそうな惑星に降り、作業着を渡される。髪の毛は丸刈りだ。
認識票を渡され、身に付ける。自分では外せない仕組みだった。
目隠しをされ、小さな車両で坑道の奥へ。
目隠しを外される前でも、重機が岩盤を砕く音が響き渡っていた。
視界が取り戻されると、そこはまさに坑道で、私をここまで連れてきた人型端末が指示を出した。
「岩石をベルトコンベアに放り込んでください。それを続けるだけです」
シンプルだな。
他の受刑者に加わり、私は岩を持ち上げようとした。
お、重い。やはり病院にいすぎて、運動能力が落ちているようだ。
必死の思いで岩を持ち上げ、ベルトコンベアに乗せる。
一日があっという間に過ぎた。人型端末がやってきて、休む大広間に連れて行かれた。毛布は共用で、どうやら全員分はないらしい。食事も質素だ。
しかし私は生きているのだ、それで良しとしようじゃないか。
「姉さん、自由軍の人かい?」
人型端末がいなくなってから、若い男が声をかけてくる。
「そうらしいわね」他にどう言えるだろう。「あなたも?」
強烈に頬を殴られ、倒された。
他の受刑者が組みついて押し倒すまで、その男は私を殴り続けた。
歯が二本ほど、口から血と一緒に落ちた。
「お前たちのせいで、俺はこんなザマだ!」
男が叫んだ。
「死んじまえ! 責任をとれよ!」
私は胸の底が冷えるのを感じつつ、責任というものを考え、それから彼を真剣に見据えた。
私の責任とは、なんなのか。
少なくとも、この男に関しては、私にはなんの責任もない。誰もがベストを尽くしたはずなのだ。
看守役の人型端末が来て、私と男を別々にどこかへ連れて行った。私は医務室に向かっているらしい。
医者は初老の男で、全く喋らず、身振りで指示をした。
私の口の中を覗き、
「歯は必要か?」
と、短く言った。
「ええ、必要です」
そう答えると、無言で頷き、何か書類を作るとデスクの引き出しから銃のような装置を取り出し、私の顎の周りをそれでなぞった。
どうやら義歯を作ってくれるらしい。
調べ終わると装置を引き出しに戻し、医者は低い声で言った。
「三日後だ」
私は礼を言って外へ出た。人型端末に従って、大広間へ戻る。
受刑者達が遠巻きしている中で、一人の男が近づいてきた。また殴られるかと思ったが、その男はさっき、私に暴力を振るった男を止めた人だ。
「さっきはありがとうございました」
頭を下げると、彼は私の横に腰を下ろした。
「度胸がありそうだが、何年だ?」
「え?」
「強制労働を何年だ?」
ああ、そういうことか。それ以外に重要な年数もなかった。
「二百三十。正確には二百二十九、です」
男が目を丸くし、次に疑うような視線になった。
「本気か? 嘘じゃなく、二百年以上か?」
「嘘をつく理由がないですね」
男が唸ってから、笑顔になるとこちらに手を差し出してきた。
「あんたが筋金入りだとよくわかった。仲良くやろうぜ」
……何か勘違いされている気がするけど、まぁ、いいか。
「よろしくお願いします」
彼の手を握ると彼が笑みを深くした。気っ風の良さそうな笑みだ。
「こちらこそ、よろしくして欲しいね。何の歓迎会もできないがね」
こうして私の強制労働は、苦痛ばかりでもないと初日にはっきりした。
体にはきついし、精神的にも鬱屈としたものになることはわかっている。
でも、理解者がいるし、私の中には、私自身に対する誇りもある。
ここにいることが、黙り抜いたこと、責任を全うしたことの、何よりの証だと思いたい。
もちろん、責任の全てを引き受けることはできなかった。
わずかな部分をどうにか、全うしただけ。
でも、そのわずかが、今の私の支えだ。
私はまだ生きている。
(第29話 了)
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