29-3話 最終局面
◆
自由軍のほぼ全艦隊が終結し、陣を組んだ。
帝国軍も距離を置いて、艦隊を展開した。最初こそこちらの方が数が多かったが、帝国軍はあっという間に艦の数を増やし、こちらを圧倒し始めた。
速攻の可能性が選べない、それは最初からはっきりしていた。
統合司令官のマッキネンの乗艦も私たちの後方にいる。
帝国軍の大征伐の総責任者、シヴァ元帥を戦死させるのが、おそらく一番効率的だが、仮にそれが現実になっても、帝国軍全体が潰れるわけではない。
それでも、帝国軍が揃うのを待つ理由もなかった。
自由軍は一斉に行動を開始した。
魚鱗の陣などと呼ばれる丸い陣形のまま前進し、途中から変形を始める。
円錐となり、先頭は戦闘力と防御力に秀でた艦が担当する。
帝国軍から一斉の粒子ビーム砲による攻撃があった。
まるで光の壁が迫ってくるようで身がすくむが、多重に展開された防御フィールドがおおよそを受け止める。それでもフィールドを抜かれた艦が火を吹き、脱落する。
「凄まじいものですね」
参謀の一人が口にする。私は口の中がカラカラに乾いて、何も言えなかった。
自由軍と帝国軍の陣が接触。
至近距離での砲撃戦と、数え切れない、本当に数え切れない機動戦闘艇の空中戦が始まる。
私の乗るエイドリアンでも、オペレータが叫ぶように報告を連続させる。防御フィールドの出力がまずは生死を分けるので、私の耳はそれにやや集中していた。
目は大型パネルを見下ろし、その中で、帝国軍の艦隊が二つに割れていく。
まずいな、これでは側背を狙われる。艦隊運用でも帝国軍はさすがに抜け目ない。
艦に統合司令部から入電がある。帝国軍の側背を逆に突け、というのだ。
そんなことができるわけがない、私はそう言いたかった。
戦力に差がありすぎる。
しかしまさかできませんと答えるわけにもいかず、私は指揮下の艦隊に必死に指示を出した。
帝国軍が包み込むように自由軍艦隊の後方を攻撃し始める。マッキネン元帥が危ないが、しかし想定のうちだろう。
あの人はそういう人だ。
私たちは艦隊の中ほどにいて、前方で自由軍の艦船が弧を描き、帝国軍の後方を狙うのがよく見えた。
しかし帝国軍は無視して、こちらを背後、そして側面から圧し潰す構えだ。
「艦隊に全速で前進を命じなさい!」私は叫んでいた。「潰されるわよ! 包囲を抜けなくては!」
ほとんど怒鳴り声の指示が飛び交い、自由軍は帝国軍に三方から潰されていく中で、艦隊の三分の二はそれを逃れた。
しかし戦場はこれで一休みではないのだ。
今度は背後から追ってくる帝国軍をどうにかしないと。
艦隊をその場で反転させるのは危険。では、前進しながら回りこむしかない。
さっきの帝国軍と同じことをやるのだ。
でも、やはり数が違う。私たちが同じことをしても……。
「帝国軍の背後に回り込みなさい!」
私は必死で口にしていた。
可能性が低いとしても、最善は最善だ。そう念じるように思った。
自由軍艦隊が花が開くように広がり、ゆるやかな弧を描いて後方へ向かう。
が、帝国軍の反応は迅速だった。
帝国軍もまた開くように艦隊を展開すると、私たちの行く手を塞ぐように陣形を変えた。
そのままさらにこちらの外側へ艦を移動させていき、徐々に包囲が完成し始めた。
やはり数が違いすぎる。
「別働隊、来ます!」
通信担当のオペレーターの声。わずかに参謀達が声を漏らした。
それは吉兆ではなく、むしろ絶望だ。
自由軍の別働隊艦隊が亜空間航法から離脱し、帝国軍の側面に出現し、即座に攻撃を開始。
帝国軍の一部がこれを抑え込みにかかる。
援護したいが、こちらはすでに包囲されるのは必定だ。
私たちは本隊を守らなくては。
「後退しなさい! もう一度、密集隊形! 別働隊には即時離脱の指示を!」
「司令官! 亜空間航法からの離脱です!」
参謀の声に、私はモニターを見た。
小さなウインドウの中で、帝国軍の艦隊が出現するのが見えた。次々と現れるそれは、すぐに百を超えたようだ。
それも、私たちが相手にしていた帝国軍艦隊と連携して、私たちを挟撃できる位置に現れていた。
これをどうやって防げばいいんだろう?
私はもう言葉もなく、じっとモニターを見ていた。
帝国軍の粒子ビームが降り注ぐ。私の最後の指示に従って、自由軍は陣形を整えようとして、徐々に密集していく。
だが、爆発は止まることがない。
そこここで防御フィールドは過負荷によって機能停止している。
機動戦闘艇が次々と炎の玉になって一瞬だけ輝いて、消える。
なんてこと。
なんでこんなことに。
「統合司令官より入電です、司令官!」
オペレータの声と同時に、モニターにマッキネン元帥が映った。
額から血を流していて、顔が血まみれだった。彼の背後では炎が燃えているの見える。
『どうやら終わりらしい。我々のままごとでは、帝国軍に歯が立たないな』
「申し訳ありません、力不足でした」
自然と謝罪していた。マッキネン元帥に謝罪したいのではなく、すべての将兵に謝りたかった。私は司令官としては、無能な人間だった。
『しかしいい冒険ではあった。楽しめたよ』
この後に及んで冗談を言う老人の心理がわからなかったが、顔を見れば、それが冗談ではなく、本気なんだと理解できた。
『私はもうこれまでだ。君はどうする?』
返事をしようとした時、強烈な衝撃で私の足は床を離れた。
事態を把握した時には私は倒れていて、周囲は真っ暗だ。
死んだかと思った。
全身が痛む。ただ、両手足はちゃんと付いているようだ。
目がよく見えない。何度か瞬きをする。いや、明かりが落ちているだけだ。目も無事らしい。
少しして非常灯が点灯した。その頃になって聴覚が回復し、サイレンが鳴り、方々でうめき声が聞こえているのに気づいていたけど、私はまだ動けなかった。
最後にきた激痛に、思わず呻きつつ、体をゆっくりと起こす。跳ね起きるなんてできなかった。
メインモニターが完全に消えている。煙がよく見えないものの盛大に流れ込んでいて、息が苦しい。
二人の参謀も床に倒れていて、年配の方が先に起き上がると、相棒の肩を揺さぶったが、反応はない。
彼がこちらにやってくる。
「司令官、大丈夫ですか?」
「ええ、なんとか」
私は咳き込みつつ、どうにか答えたが、言葉の最後に何かが喉元をせり上がり、咳き込むと、血が噴き出した。
参謀が私に肩を貸して、艦橋を出た。
通路も非常灯になっている。兵士の姿は少ない。
「救命艇に向かいます。いいですね?」
拒絶したかったが、もう体に力は入らないし、話そうとすると咳き込んで血が出るばかりだ。
徐々に意識が曖昧になりながら、救命艇にたどり着いた場面は憶えている。
参謀の男が何か声をかけてきた。他に救命艇に何人か乗っているが、何人だろう?
参謀が私の肩をゆすってから、救命艇を出て行くのを私は見た気がする。
なぜ彼は出て行ったのか。それはわからないままになった。
あとは何も覚えていない。
気がつくと、病院のようなところにいて、周囲に数え切れないほど人の気配があった。
ぬっと私の顔の前に若い女性の顔が現れた。知らない顔だ。
いや、その制服も、懐かしいと言える制服だ。
帝国軍の医療関係者、看護師の制服だ。
「意識が戻られましたね、痛むところがありますか?」
私はベッドから動けなかった。視線をどうにか巡らせ、点滴のバックに気づく。
「痛まないですか? しゃべれますか? 頷くだけ、首を振るだけでも構いません。痛みますか?」
私はどこも痛まないので、首をゆっくりと横に振った。
看護師が柔らかく笑う。
「痛み止めが効いているようですね。もう少しお待ちください、医師が来ますから」
看護師は下がっていった。
そうか、私は、捕虜になったのだ。
恐ろしくはなかった。ただ、悲しみのようなものがこみ上げた。
私は、生き残ってしまった。
(続く)
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