29-2話 決戦へ
◆
大激戦の結果、第一軍団の艦船のうちの二割が失われた。
私たちを出迎えてくれた第三軍団の一部に至っては、半数が消え去り、指揮官の多くが戦死したため、第一軍団に残存兵力が統合された。
亜空間航法で離脱するしかないが、普通に転移先を選んでいれば、帝国軍に予測される。
予測の裏を書くには、全くイレギュラーな地点を選ぶしかない。
というわけで、私たち第一軍団は、帝国軍がいないものの、補給網もなく、なんのツテもあてもない、無が支配する宙域に飛び出して、一休みだ。
負傷者が相当な数になり、病院船はあっという間にいっぱいになった。
処置が間に合わなかった死者が格納庫の一角に袋に入れられて並び、さらに続々と運び込まれていた。
私はそれを見ながら、じっとしていた。
「へい、司令官、憂鬱そうだな」
近くに停まっている機動戦闘艇から降りてきた若い男が声をかけてくる。
名前は知らないが、階級は少尉だ。
彼はポケットからタバコを取り出すと、自然な動作で火をつけた。彼があまりにも若く見えるので、未成年なのか、尋ねたくなったがやめた。
タバコの味は私もよく知っている。十年前に禁煙してから、吸っていない。
紫煙を吐き出し、操縦兵が小さく笑った。
「勝てるとも思っちゃいなかったが、負けるってのは切ないもんだな」
「人間は夢を見る生き物だとしみじみ感じたわ」
思わず階級や立場を無視して、自然に答えていた。彼もニヤニヤしている。まるで私を司令官とは思っていないような態度だ。
「そうだな。でも良いじゃないか。みんな夢を見て、夢を見ている仲間と出会えて、夢を叶えるために戦って、そして死ぬ。それは何も考えずに、ぼんやり生きて、流れに流されてそのまま死ぬよりは、よほど意義がある」
私は思わず笑っていた。若い人間の意見だな。
「あなたの年齢で意義なんてわかるものですか。やっぱり、死ぬよりは生きている方がいいわ」
「確かに俺は若いが、これでも大勢を殺したし、死なせたよ」
急に疲れたような口調になられても、私は知ったことじゃない。
「逃げたくならないの? あなた」
「仲間の仇を討たなくちゃな。そうしないと、眠れやしない」
「ご立派だこと」
私は彼の肩を叩いて「生きなさい」と告げて、格納庫を後にした。その途中でも死体の入った袋とすれ違う。医務室では手が回らず、会議室が即席の医務室になっている。悲鳴、苦鳴、そういうもので満ちている。
逃げるように、目をそらすように、私は艦橋へ向かった。
「通信の結果、物資を受け取る見込みが出てきました」
大型パネルのところにいる若い方の参謀が、そう声をかけてくる。
「食料と水です。調達するのに相当、難儀しているようです」
「そんなの昔からよ」
「帝国軍の包囲は兵力だけではないんですよ。物資の流れ、資金の流れさえも支配しつつあります。昔のように秘密裏に買い付けるなんて、もう不可能です」
いよいよ来るところまで来た、って感じかな。
「自由軍全体の戦力はどうなっている?」
「現時点で第二軍団は消滅です。第三軍団も崩壊して我々に編入。第四軍団はダメージがあるものの、指揮系統は生きています。第五軍団、第六軍団は戦闘中。第七軍団は亜空間航法で戦場を離脱したところです。第八軍団は連絡が途絶しましたが、情報収集中です」
大騒動の後に急遽、第七軍団と第八軍団を編成したわけだけど、その八あった軍団のうち、二つは消えたか。
七割程度の戦力で、最終決戦に持っていければ帝国軍も手を焼くだろう。
「統合司令部と連絡を取るわ。通信室に行きます」
私は足早に通信室に入り、オペレータに指示を出した。通信はすぐに繋がった。
ヴィルヘルム・マッキネン元帥。統合司令官。
『話はもうわかっている』
いきなりそう言われても、はいそうですか、とはいかない。
「自由軍の全戦力を集結させるべきです」
『だからわかっていると言った。良いだろう、その指令を出す』
マッキネン元帥はいつもこの調子だ。せっかちで、しかしやけに先を読む。
『第八軍団も気になっているのだろう?』
やっぱり先を読む。
「それは、もちろんです。なぜ、通信不能なのですか?」
『彼らには彼らの任務がある』
「今回の戦いは総力を結集して、初めて敵にダメージを与えられると考えますが?」
『敵にダメージ? 我々の攻撃で帝国が揺らぐか?』
この人もなかなか、気弱なことを言う。しかしそれが現実か。
「帝国軍を揺さぶるくらいはできる」
『揺さぶっても、我々がいなくなったら誰もそれを押し倒すところまでは持っていけない、そうだな? それも理解している。そのための策がある』
ふむ、そうか、わかってきたぞ。
「第八軍団がそれですね?」
『我々は極めて極秘裏に動いているのだよ、司令官。帝国軍に精神スキャンでもされて、奴らに全てが露見するのは避けなくちゃならん』
思わず目を見開いてしまった。
「元帥閣下、もしや、死ぬおつもりですか?」
『捕虜にはなれんよ。それでは未来への希望を、ぶち壊してしまう』
さすがに、私でも言葉が継げなかった。
噂でしか知らないが、第二軍団の一部で帝国軍と交渉する動きがあったらしい。その時に自由軍の密使が帝国軍に対し、自由軍の上層部をごっそり差し出す、と言ったのだと聞いている。それは第二軍団司令官の意見でもなく、密使のとっさの言葉だったという。
これを帝国は吟味するという返事だったそうだが、しかし結局、自由軍の指導部の側が受け入れず、交渉はなかったことになった。
その話を聞いた時、私は責任というものを強く実感したし、自分が第一軍団司令官である以上、正しく命を使おうと思った。
そんな私と同じように、目の前のモニターの向こうで、統合司令官はすでに決心しているのだ。
「失礼しました。元帥閣下の御決意、よく理解しました」
『そう固苦しく取るな。君は君の思う通りにしなさい。軍団をすべて集結させる件、こちらでも真剣に検討する。それまで、戦力を温存するのだ』
私が敬礼して返事をすると、マッキネン元帥は頷いて、通信を切った。
それからは怒涛だった。
私も参謀も、他の士官も、下士官も頼れる限りを頼り、秘密裏に物資の調達に動いた。
帝国軍に露見しないように細心の注意を払い、多くの兵士が意見やアイディアを出し、検討した。そのうちに少しずつ食料品が届き、衣料品が届く。
死者は宇宙葬にされた。形だけの式典で、黙祷をした。
欠けてしまった人員を、どうにかやりくりをして、艦船の整備、補修も二十四時間体制で続けられる。時間が何よりも大事だった。
帝国軍の艦隊が亜空間航法で飛び出してきたのは、私たちがおおよそ戦闘準備を整えたところで、しかし戦闘は避け、事前の計画通り、計算済みの亜空間航法で、またもデタラメな地点に艦隊ごと転移した。
これでもう少し時間が稼げる。
亜空間航法から離脱する寸前に、統合司令部から通信が入った。
それは最終決戦の実行を知らせる通達だった。
(続く)
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