SS第29話 自由軍の消滅

29-1話 大征伐


     ◆


 私、エスタリカ・スー大将は、鉄の女、新時代の女傑、などと身内からは呼ばれているけど、昔は真逆のことを言われていた。

 男を利用して出世する卑怯な女。

 誰とでも関係を持つふしだらな女。

 結局、それは妬み嫉みだったんだろう。事実無根だが、それらを黙らせるのには苦労した。

「第一軍団の全艦船、亜空間航法から離脱します」

 オペレータの声。私は艦橋の一番上、艦長の席より少し下がったところにある艦隊指揮のための大型パネルの前に陣取っていた。

 他には私の副官や参謀たちが並ぶ。

「離脱まで、三、二、一、今」

 かすかな慣性を感じつつ、それは錯覚だろうと無視して、パネルを確認。

「これはひどい」

 戦場はほとんど統制を失っていた。

 第四軍団が最初に攻撃を受けたのが二十時間前。第四軍団の一度目の亜空間航法での戦場からの脱出が十六時間前。短距離の跳躍から離脱したのは十五時間前だ。

 そうして飛び出した先にも帝国軍がおり、いよいよ第四軍団は緊急事態を宣言した。

 第四軍団はこれでは悲劇の軍団である。真っ先に帝国軍に攻撃される。大騒動の時もそうだったな。

「艦隊、隊形を乱すことなく、帝国軍の陣を半包囲だ」

 私の言葉に返事がある。艦長、そしてオペレータたちが指示を飛ばし始める。

 大騒動の時とは比べものにならない、敵味方合わせれば多すぎるほど多い艦がこの場に集結していた。

 第四軍団の損耗は三割になろうとしていると、パネルの隅の数字でわかる。

「司令官、この先をどうお考えですか?」

 参謀の言葉に、私は思わず笑った。

「私たちには依って立つところがない。なら、安全な場所を放浪するしかないでしょう」

「補給が受けられません」

「当たり前のことを言わないで。統合司令官のお言葉を忘れたの?」

 それは帝国軍が第四軍団とぶつかる寸前に、自由軍の全艦船に通達された、現場指揮官としては最高位になる統合司令官の言葉だった。

 曰く、自由軍は最後の一兵まで戦い抜く。それこそが自由軍の存在を刻み付けることに他ならない。

 その宣言に合わせたように帝国軍が襲ってくるとは、まるで図ったようだが、偶然だろう。

「司令官はあの言葉をまともに受け取ったのですか?」

 参謀は四十代の男性で、私より年下だが、ズケズケとものを言う癖がある。

「軍人としては、まともに受け取ったわ。人間としては聞き流したけど」

 その場にいるその参謀以外がクスクスと笑う。

 その間にもパネルの中、そしてメインモニターの向こうでは戦闘が続いている。私が乗っている宇宙戦艦エイドリアンが激しく揺れる。一瞬、メインモニターに激しくノイズが走った。

「第四軍団の生き残りを連れて、離脱するべきね。無策で帝国軍にぶつかる必要はない」

「そう言っているあなたが、誰よりも小狡い策を考えていると良いんですが」

 ぼそりと参謀が呟く。

「別働隊、亜空間航法から離脱します」

 オペレータの声。

「三、二、一、今です」

 唐突に出現した艦隊は、小艦隊に過ぎない。

 他所で戦いを終えた第七軍団の小艦隊を借りたのだ。この小艦隊の出現で、帝国軍の艦船の一部が両側を挟まれる形になる。

 激しい砲撃戦の中で、帝国軍の艦船が一隻、また一隻と火の玉になるが、五隻ほどが限界だった。逆襲を受け、こちらの船の方が多く落ち始める。

「離脱しましょう。予定通りのポイントへ」

 事前に亜空間航法の計算は済んでいる。発動地点へ滑り込み、起動。

 メインモニターが真っ暗になり、あまり好きになれない空の映像になった。

「艦船の損耗を教えてちょうだい」

 副官が端末を操作し、通信担当のオペレータが連絡を取り始める。

「第二軍団はすでに戦闘不能なようですな」

 参謀の一人、六十代の男性が声をかけてくる。ちょうど私も手元の端末でそれを見たところだった。

「全軍の総力をまとめるべきでしょうね」私は苦り切った表情になっていただろう。「しかし、それでも勝てるわけではない」

「逃げたらどうです?」

 例の若い参謀が口を出した。

「あなた、さっきの統合司令官の話、もう忘れたの?」

「私も軍人としては聞きましたが、人間としては聞き流しました」

 やれやれ、どいつもこいつも。

 しばらくの意見交換の後、第四軍団の残存戦力を詳細に確認できた。五割ほどが失われているようだが、そのうちの一割は、逃げ延びているはずだ。とっさに亜空間航法でどこかへ向かい、はぐれただけだろう。

 ただ、逃げ延びても、戻ってくるとは限らない。

「鉱物燃料はまだ余裕があります」年配の参謀が言う。「帝国軍を引きずり回したらどうでしょう。補給線、できることなら艦隊が伸びきったところを叩く。常道です」

「問題は私たちの練度では、その精密な作戦が成立しないし、そもそも、索敵や情報収集に難がある」

 私は顎を撫でつつ、そう応じた。

 先ほどの第四軍団の戦闘もそうだ。帝国軍は大騒動の時と同じく、私たち自由軍の行動を先読みしている。そんな状態で、敵を引きずり回すとか、補給線を伸ばすとか、まさにトリック、子供騙しの手品が成功するわけもない。

 こちらとしては可能な限り多くの艦を一点に集めて防御に徹するか、そうでなければ散り散りになって逃げ回るしかない。

 そう、逃げるというのも、重要な選択肢ではある。

 何度目かの話し合いの後、答えが出ないまま解散となった。すでに亜空間航法に入った時点で、戦闘態勢はレベルを落としてあり、兵士もそれぞれに休んでいる。

 私も私室の寝台で泥のように眠り、目覚めると素早くシャワーを浴びて、制服姿で艦橋へ上がった。艦長の敬礼に返礼し、その横へ。

「どうなっている?」

「亜空間航法を離脱するまで一時間を切りました。しかし、第三軍団が我々の離脱地点で帝国軍と戦闘中との通報がありました」

「読まれていたか」

 亜空間航法は発動している限り、基本的に攻撃を受けることはない。

 しかし逆に、稼働した瞬間に設定した離脱地点の変更が基本的にできない。

 緊急事態になれば亜空間航行を打ち切れるが、そうなると通常空間に戻った時、艦隊は散り散り、バラバラになるだろう。

 つまり、戦力を維持したければ、我ら第一艦隊は戦場に突っ込むしかないのだ。

「戦闘態勢を宣言して」

「了解です」

 艦長が指示を飛ばし、艦内にサイレンが鳴り響いた。

 大型パネルの横に立つと、すぐに参謀の二人がやってきた。私は戦闘のことを告げる。

「どこもかしこも帝国軍か」

「そういうことよ」私はパネルを操作し、星海図を広範囲のそれに変えた。「自由軍の存在する領域を、じわじわと締め上げている。さすがに、大征伐、と名付けるだけのことはある」

 大演説から半年後にあった帝国軍の軍事行動は、自由征伐、などと呼ばれ、一定の戦果を上げた。

 それが半年ほどで、帝国軍は一度、鉾を収めるかと思われたが、今度はさらに大規模な、最近になって大増産したばかりの艦船を動員しての軍事行動に出た。

 それを帝国軍が、大征伐、と表現したのだ。

 すでに三年が過ぎようとしているが、私たちのダメージは決定的になりつつある。自由領域は物的にも人的に完全なる包囲が敷かれ、つい半年前に消滅していた。

 自由軍は完全に、拠点を失ったのだ。

「我々、第一軍団も、自由軍の象徴などとは言えませんね」

 参謀の言葉に、全員がそれぞれに頷いた。

 自由軍の中でも第一軍団はエリートが集まると見られている。それは半分は事実だが、しかし第一軍団は最も精強で、それは厳しい訓練からくる。

 長く実戦の場こそなかったが、練度は高いのだ。

 私はそれをよく知っているが、ただ、帝国軍の、数という露骨な力を前にしては、自信も揺らぐというものだ。

「亜空間航法の離脱まで、五分です」

 オペレータの声に、私はパネルをまた操作し、これから自分たちが飛び込む場所を映した。

 他の自由軍の艦船からの情報を総合し、そこには光の点で艦船が表示される

 青い点が自由軍、赤い点が帝国軍。

 まるで赤い点が青い点を飲み込むような様子が、そこに映されていた。



(続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る