28-4話 取引


     ◆



 その噂を聞いた時、私はまだインディゴにいて、作業を続けていた。

 すでに七万人を受け入れた。仮設家屋を無理やりに増設して六万人ほどまではそこに収容し、一万人は地下施設で寝泊まりしている。

 地表の環境改善も、空気浄化装置をカーテンに併設し、どうにか進んでいるが、まだ外出するときはマスクで顔を覆わないと、盛大に咳き込むほど、塵がひどい。

 そんな具合の時に、その話が来た。

 帝国軍の一部が自由軍との交渉の継続を望んでいる、というのだ。

 伝えてきたのは例の少尉だった。今も宇宙戦艦スキッパーにいる、私の副官。ここに呼び寄せようかと思ったが、彼を残しておけば、何かしらの情報が流れてくるだろうと、と放置していた。彼は私の仕事を肩代わりし、私の決裁が必要な時はインディゴへ連絡を寄越す。

 その連絡の中で、帝国軍から秘密裏に接触があった、という。

「フィガー少佐か? それともネイル少佐?」

『それが違うのです。メイプ少佐と名乗っています』

 それからそのメイプ少佐の個人情報を聞かされたが、どういう立場の軍人かわからない。

「なんで秘密交渉のことを知っている?」

「フィガー少佐、ネイル少佐の報告を聞いた、と聞いています。今、帝国軍の一部の兵士が、この件に関してハンガーストライキを行っていると聞いて、裏を取りましたが、事実です」

 端末の向こうで何かを少尉が操作し、それが画面に大写しになった。

 どこかの惑星の地方新聞の記事だ。

 帝国軍基地で大規模なハンガーストライキ。籠城の構え。テロリストとの和解を求める。

 そうあった。

 信じられないが、こんな手の込んだ工作をして、彼らに何の利益があるだろう。

 まさか、本当に戦いを回避したいのか?

「それで、メイプ少佐と連絡は取れるのか?」

『ええ、こちらが極秘回線です。戦略知能に確認させました。機密性は確保されています』

 画面の端に短いアドレスが映る。

 私は少尉を待たせて、そのアドレスに連絡を取ってみた。

 しばらくして相手が出るが、音声のみだ。

『レザー大佐? そうだな?』

 どこか弱々しい言葉。年齢が不明なのは、声がガラガラだからだ。

「そうだ。そちらがメイプ少佐か?」

『ああ、そうだ。しかし、私たちは遅すぎた』

 遅すぎた? 何が?

『戦いの最初から疑問を抱いていたのだ。しかしそれを無視し続けた。だからこうして破滅という罰を受ける』

 唐突に、ものすごい音がスピーカーに響き渡った。

 何度か聞いたことがある。あれは陸軍が使う対戦車ロケット砲の爆発音だ。

 籠城の構え。そうか、帝国軍は力づくで彼らを制圧する気になったのだ。

『私の無能を呪うがいい。これが最後に渡せる贈り物だ』

 通信に載せられ、何かのデータがこちらの端末に流れ込んだ。

『では、さらばだ、勇気ある若者よ』

 轟音が重なって響き渡り、それで通信は切れた。

 全てが唐突だった。

 だが、希望が断たれたことははっきりしている。

「くそ!」

 もっと早く動ければ、もっと早くメイプ少佐と接触できれば、何かできたかもしれない。

 可能性の一つが、また、消えてしまった。

「少尉」画面には副官が戻っている。「さっきのデータを解析させろ。報告書を後で回してくれ。頼む」

 通信を切って部屋を出ると、アレアが待っていた。

「何かに気落ちしているな」

「少しだけ希望が見えたが、冗談みたいにすぐ消えた」

 ポンポンと肩を叩くアレアと並んで歩きつつ、アレアが要件を切り出す。地上の湖の水を飲み水に変えるための浄水施設を設置したいが、どうするべきか、という話だった。

 結局、宇宙船に組み込まれている浄水装置をいくつか用意し、それを使って飲み水を作る、となった。そのためには宇宙船が必要で、自由軍に廃棄寸前の輸送船か何かを都合してもらうしかない。

 その翌日に、帝国の地方新聞で、ハンガーストライキと立て篭りが終わったという報道があった。死者がかなり出ているが、実名は公表されなかった。

 それからさらに数日で、少尉から連絡が入った。

『大佐、例のデータですが、帝国軍の情報網の機密情報です』

 通信室の椅子に腰掛け、じっと私は考えた。

 それを自由軍に渡して、自由軍が有効的に活用できるだろうか。

 いや、もっと最適な連中がいる。

「少尉、電人会議に連絡を取れ」

『は?』

 電人会議は私もよくは知らないが、情報戦が主体の、第三勢力となりつつある。

 自由軍とは協調路線と明言しないが、そんな気配があった。

『どのように接触すればいいのですか?』

「電子情報を片っ端から当たれ」

 少尉は不安そうな顔のまま通信を切った。

 いよいよインディゴの住民の数は八万人に迫った。

 地下施設の衛生状態は見る見る悪化した。シャワーには長蛇の列ができ、私もアレアも他の軍人でさえも、利用できない。

 と、唐突に私の携帯端末に通信が入った。

 相手は知らない名前だが、出る気になった。

「どなたですか?」

『公爵、と呼ばれています。レザー少佐ですね?』

 来たな。

「さすがに広い視野をお持ちですね」

『それが私たちの持ち味ですから。そして例の情報ですが、ちょうだいしてよろしいですか?』

「最初からそのつもりです」

『見返りは?』

 私は考えていたことをはっきり伝えた。インディゴの環境を少しでもよくするための物資の調達だった。

『それを全てとなると、かなりの額ですね』さすがに人工知能も躊躇ったようだ。でも一瞬だ。『しかし、良いでしょう。承りました』

 ホッとして、危うく礼を言い損ねそうになった。

「感謝します」

『生きなくてはいけませんからね。では、ご武運を』

 通信が切れる。

 端末で作業しているうちに、また眠っていた。

 気づくと、作業室には私とアレアしかいない。アレアは端末を食い入るように見ている。

 立ち上がり、そちらに歩み寄っても、アレアはこちらを見ようともしない。何を見ているんだろう?

 端末を覗き込むと、何かの資材のデータのようだ。

「どうかしたのか?」

「わっ!」

 やっと私に気づいたアレアが椅子から転がり落ちた。

「寝ていると思ったぜ。驚かすな」

「いや、ここまで普通に歩み寄ったし。何を見ていたんだ?」

 まだあたふたしたまま、しかしわざとらしく深呼吸して、アレアが席に戻る。

「よく知らない企業が、移民船のための資材を格安で調達してくれるらしい。あまりにも話が出来すぎているんで、今、吟味していた。しかしどうやら、まともな内容らしい」

「ああ」そういうことか。「それは私がよく知っている」

 なんだって? という顔でアレアが私を見る。

「電人会議とちょっとした取引をしてね。ここに生活のための設備を回すように取引したけど、君のところのそれはオマケだろう」

「電人会議? そんな慈善事業みたいなことをする連中なのか?」

「そうらしいね」

 むぅ、と腕を組んでアレアは黙り込んでしまった。

 と、部屋のドアが開いて、アレアの部下が入ってくる。

「レザー大佐、第二軍団司令部から通信が入っています」

「ああ、わかった。行くよ。アレア、仕事を増やして悪い」

「いや、嬉しいよ。礼を言いたいな、連中に。お前にも」

 私は一人で通信室へ向かった。

 そこで私は第二軍団の宇宙戦艦へ戻るように、という指示を受けた。

 自由軍は帝国軍との決戦を決めているようだった。

 これもまた私の職務、職責だ。

 通信室から出て、アレアになんて言おうか、それだけをじっと考えて通路を歩いた。




(第28話 了)

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