28-3話 人が住む場所
◆
惑星インディゴを私は満喫した。
外に出る時は気密に気が配られた車だったが、ちょっとならいいだろう、とアレアが窓を開けてくれた。
どこか埃っぽいけれど、大気だ。
そのことにものすごく感動した。
地下施設に戻り、様々な研究者と引き合わせられた。
最後には少しだけ食事会があり、与えられた部屋へ引き上げた。アレアも一緒についてきて、彼の手には酒瓶がある。これから一杯、飲むつもりなのだ。
と、そこへ血相を変えた曹長がやってきた。通信担当だと聞いている。
まさかここが帝国軍にバレたのかと思った。
「大佐、司令部から緊急通信です」
これでは酒を持っているわけにもいかないな、と、残念そうに曹長に酒瓶を押し付け、アレアが「またにしよう」ときた道を戻ろうとした。
「レザー大佐にも通信なのですが」
曹長がそう言って、私は足を止めた。アレアも不思議そうにこちらを見ている。
「私にもか? 同席していいのか?」
「アレア大佐と入れ違いに、ということです」
この基地には通信室はまだ一つしかないのだ。
二人で施設中央へ戻り、まずアレアが単身で通信室へ入った。ドアは完全防音なので、ドアの脇の長椅子に腰掛けていても、いやに静かだ。
何分経ったか、アレアが出てきて、ドアが閉まるより早く壁を思いきり殴りつけた。その程度で壊れる壁ではない。
「くそったれめ!」
「落ち着け、アレア。後で話を聞く」
唸っているアレアはをなだめ、アレアの罵声で近くの部屋から出てきた二等兵二人に、アレアを任せる。任せると言っても、すでに冷静さを取り戻したようだが。
通信室に入り、ドアが閉まるとモニターに光が灯った。
「エッペンバウワー中将」
エッペンバウワー中将は疲れた調子で話し始めた。
『君が帝国から引き出した譲歩の件だが、自由軍は、自由評議会議長及び議員、さらに、将官以上を差し出すことを拒絶する』
「……命が惜しいのですね」
思わず口に出た言葉だったが、エッペンバウワー中将は表情を変えなかった。
『我々は戦いの中で生き残る道を探ることにする。アレア大佐には既に伝えたが、自由軍は非戦闘員を君たちが今いる惑星に植民することとした。少しでも犠牲者を減らすためだ』
「ま、待ってください」
狼狽するのを止められなかった。
「この惑星はまだ試験的な段階です。非戦闘員が生活可能とは思えません」
『戦闘艦にいられるのも邪魔なのだ。我々は死を厭わず、帝国と一戦を交えるのだ』
そんな、馬鹿な……。
『これが私の、私たちの責任の取り方なのだよ。レザー大佐、きみにはアレア大佐の補助を命ずる。こちらへ呼び戻す時はまた連絡しよう』
ではな、と通信は切れた。
通信室からよろよろと出ると、さっきまで私が座っていた椅子に、アレアが座っていた。彼はまだ怒りで顔を赤くしていた。
「聞いたようだな」
「二つの情報をね。帝国との和平の道は途絶えた。そして自由軍はただの火の玉になる」
「馬鹿げている。馬鹿げているよ」
ゆっくりと立ち上がったアレアが基地の司令室のある方へ行くので、私もそれに従った。
これからやることは多くある。まずは自由軍の艦船からどれだけの非戦闘員がこの惑星にやってくるか、概算を出し、その上で彼らが生活できるようにしなくてはいけない。住む場所、着る服、そして口にする食べ物と飲み物。
とても今、備蓄されている量では足りないだろう。
「もっとマシな責任の取り方があるだろうに」
司令室の隣の準備室で、事情を聞いた軍人たちとともに作業をしながら、アレアが呟く。私にだけ聞こえる声だった。
「実は、君にぜひ伝えたいことがある」
私はずっと温めていた考えを口にすることにした。
作業している端末から目を離さない私に、ちらっとアレアが視線を送ったようだった。
「聞いておこう。話せるうちに」
「君が建造しようとしている移民船、あれが完成して、帝国の支配の及ばない未開拓宙域に乗り出す時の、指導者のことだ」
小さくアレアが笑った。
「まだ図面しかないのに、指導者を決めるのか?」
「そうだ。重要じゃないか?」
端末の操作を止めずに、かもな、とアレアが呟いた。
「あれの指導者は、君がふさわしいと思っている」
ピタッと彼が手を止めて、こちらを見た。私も視線を返す。
アレアは、明らかに迷っている瞳の色をしていた。
「どうやら心の底ではやってみたいようだね」
そう指摘してやると、アレアは顔をしかめる。
「俺は指導者って立場じゃないが、しかし実際、遠くに行きたいのは事実だな」
「ならいいじゃないか。この任務も、別の側面で捉えればいい。つまり君が指導者になるべきだとアピールする、アピールしてしまう任務、とね」
「お前は抜け目のない奴だよ」
お互いに笑みを交わしで、作業に戻る。
「帝国と折り合いをつけるのは無理なのか?」
アレアの質問にはそれほど真剣味はない。ちょっと検討しよう、程度の口調だ。
「帝国は私たちをテロリストと呼んでいるからね。純粋なる悪だし、事実、帝国の市民の中での自由軍に対する反発感情は、とんでもなく強いんだ。今度、帝国の電子新聞を密かに読ませてもらうといい」
「いや、あれは何度か読んだ。だが、民衆の熱狂なんて、すぐに変わるだろう?」
「たぶん、無理だね。帝政はすでに百年を超えた。良いこともあったし、悪いこともあった。それでも百年続いて、それは結局、反対勢力が負け続けた百年さ。もう帝国民は、帝政を打倒しようと思えない。打倒できる存在だと思えないんだ」
そんなもんかね、とアレアが呟く。
会話はそこで終わってしまった。
二人がかりで必死に作業を統括してまとめていく。そのうちにアレアの部下たちもさらに加わった。
食事をしっかりとる間もなく、全員が保存食を席に座って食べた。トイレに行くときくらいしか余裕がない。
三日ほど、不眠不休で仕事をして、一人二人と脱落し始めたところで、やっと形になってきた。自由軍の物資基地から秘密裏に日用品や食料が送り込まれてきて、空っぽになった輸送船が去っていく。その荷物を人工知能に任せて仕分けして、倉庫に溜め込む。
地表の環境を整えるのは技術的に不可能で、その代わり、機密性の高い仮設の住居を無数に建てるように手配した。
その仮設家屋が全て完成すれば、五万人は収容できる。
ただこの時点で、非戦闘員の数は八万人を超えている。半数以上に建物を与えられる、という発想は明らかな間違いで、現状は、五万人の居場所しかない、ということになる。三万人は雨風をしのげないのだ。もちろん、気象はコントロールするが。
三万人は地下施設で受け入れるしかなかった。
とにかく忙しい、目が回るような日々で、私自身も昏倒するように眠り、起きるとすぐに作業に戻った。
そうしているうちに非戦闘員を乗せた輸送船がやってきた。
乗っているは二百人ほど。
彼らが記念すべき第一陣だったが、歓迎式典もなければ、花火の一発も上がらなかった。
こうして惑星インディゴは、人の住む星になった。
(続く)
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