23-3話 作戦


     ◆


 諜報員への取り調べに、二回、同席した。

「ダメですな」

 憲兵の大尉が唸る。俺も唸りたい心境だった。

 どれだけ痛めつけても、プレッシャーを加えても、ほとんど何も口を割らない。

 初期段階で他の諜報員の名前を二人ほど上げたが、どういうわけか、二人共が例の機動母艦の離反に加わっていて、すでに行方不明だ。

「その二人がアジテーダーだったのでは?」

 憲兵の意見はおそらく正しい。では今、自由軍の中では帝国に再亡命する動きがないかといえば、まさに燃え盛る炎のように、盛大にそこここに残っているのだ。

「では、この彼の潜入目的は?」

「実際には凄腕で、我々の拷問に単純に耐えているのかもしれませんね」

 その憲兵の言葉も、あるいは本当かもしれない。

 俺もよくは知らないが、伝説的な諜報員にして工作員、シャドーと呼ばれる男は、帝国軍に確保された時、徹底的な拷問を受けたが、敵には有力な情報を与えなかった、とまことしやかに噂されている。

「精神スキャンを使うべきだと思うが、どうだろう」

 憲兵が呆れたように笑う。

「冗談は良くないな。まだ相手がどれだけの大物かわからないに、精神スキャンを使うのは不可能さ」

 それから俺は憲兵を拝み倒し、彼の上官と会わせてくれるように説得した。

 憲兵隊の副隊長である中佐が俺と会ってくれるという。

 中佐の執務室に行くと温和そうな初老の男性が出迎えた。

「君がホバリン大尉かな?」

「はい、中佐」

「余計なことはしないでいい。事情は全て、筒抜けだ」

 思わずぽかんとしている俺に、中佐が続ける。

「機動母艦エンタルの脱走は、計画されたものだ。参加している全員が全てを理解している。決死の作戦なのだ」

 何だって?

「よく……、わからないのですが」

「一般人の参加者はいない。そう装っているだけでな。士官や将校は帝国軍に偽の情報を与える。それで進出してくる帝国軍を叩く、そういう作戦だ」

 訳がわからなかった。叩く? とても効果的な攻撃ではない。

 しかし、続けられた言葉で、帝国に与える打撃に性質が、俺にはやっとわかった。

「帝国軍が自由軍の一般市民をどう扱うかを、我々が厳密に記録する。実態は一般市民ではないが、まさか本物の非戦闘員を送り込むわけもいかない。帝国軍との艦隊戦はそれほど重要ではない。帝国の所業を暴くのが、作戦なのだ」

 トニーが見せてくれた書類にはなかった内容だ。

「ところで君は、どこで何を聞きつけたのかな?」

 穏やかなまま、しかし鋭い視線が、俺に向けられた。

「知人から、情報がありました。帝国軍が自由軍からの逃亡者を処刑していること、それを自由軍の上層部が意図的に隠している、と」

 ふむ、と中佐が頷く。

「我々も注意しなければいけないな。この件に関して、諜報部門と憲兵の間で、やや対立がある。君はそれに巻き込まれつつある。こんな局面になっても、組織というものは主導権争いをするものなのだよ」

 すっと胸の内側が冷えたが、なぜそう感じたか、わからなかった。

 まずはトニーの件だ。それが優先になる。

 中佐は、精神スキャンは最後の切り札だ、と明言して、俺を追い出した。

 俺は自分の部屋には戻らず、トニーが作業している部屋に向かう。ドアをノックするが、返事はない。留守か?

 結局、自分の仕事部屋に戻り、いつもの作業に取り掛かった。心ここに在らずの自分を感じつつ、それでも目や手は自然と仕事をこなす。

 機動母艦エンタルのことがどうしても頭を離れない。

 あの艦に乗り込んだ兵士は、命を捨てることを前提にあの任務に就いたのだ。

 残酷で冷酷な作戦だ。

 帝国の悪事を暴くために、自由軍は同志の命をむざむざ捨てるのか。

 もっと別のやり方があるはずだ。犠牲の少ない、安全な、そして道義にかなった作戦が。

 それをすぐに思いつけない自分が恨めしかった。

 と、ドアがノックされる。振り返るとトニーが顔を覗かせていた。

「中佐からお叱りを受けまして」

 そんなことを言ってトニーが入ってくる。中佐というは憲兵部隊の中佐ではなく、俺たちの上官の中佐のことだろう。

「あの情報はどこで手に入れたんだ?」

 こいつと会ったら真っ先に聞こうと思っていたことを、俺は口にした。

 トニーは少し拗ねたような顔になる。

「たまたまですよ。気まぐれで、帝国軍による人心操作が気になって、情報を漁ったんです」

「あれには機密の判が押されていたが?」

「こっそりくすねたんです。もう戻しましたから、大丈夫ですよ」

 どこかおかしい。そんなに全てがうまくいくだろうか。

「エンタルの作戦概要を知っているか? トニー?」

「作戦? 作戦って、なんですか?」

 まだ立ちっぱなしのトニーに椅子を勧めないのは不自然だが、思考はそれを置き去りにした。

「エンタルには任務があった。お前が見せた機密文書にもない、より機密度の高い任務だ」

「へえ、そうですか。それは気になるな」

 そう、トニーの情報は偽物だった。

 自由軍が身内を欺くために用意した、偽文書。それをまんまとトニーが掴んだ。

 しかし偽文書は身内を騙すためにあるわけじゃない。

 敵を騙すためにあるのだ。

 気づくと口の中がカラカラになっていた。エネルギー銃はどこに置いていたかな。くそ、机の引き出しの中か。普段から身につけておくべきだった。邪魔でも、これからはそうしよう。

「中佐に尋ねればいい。もう下がっていいぞ、トニー」

「え? 話はこれまでですか?」

「ああ、そうだ。今度、夕飯でも一緒に食べようか」

 良いですね、とにっこり笑い、トニーは部屋を出て行った。

 ドアが閉まり、俺は思わず椅子の上で全身を弛緩させた。のろのろと姿勢を取り戻し、まずは引き出しからエネルギー銃を取り出し、脇の下に吊った。

 コンピュータを操作し、トニーの個人情報をチェックする。

 トニー・エルーズ。自由軍に参加したのは一年と少し前。大演説より前だから、反乱軍時代になる。

 じっと個人情報を見ても、何もおかしな点はない。参加段階の審査でも、コンピュータも人間も、おかしな点は見出していない。

 だから俺が不審がるのは、ただの気まぐれかもしれない。

 だが、しかし、あの書類は……。

 コンピュータの画面を切り替え、本来の仕事に戻りつつ、考えた。

 トニーが手に入れてきた情報は偽情報で、それは敵に奪われることを念頭に置いている。

 あの機密文書の内容は、自由軍の内部にこそ波紋を広げるものだった。

 帝国軍が自由軍からの脱走者を処刑するのは、自然な流れでインパクトはないわけではないが、受け入れられる。

 しかし自由軍が脱走者がほとんど自殺志願と変わらないことを意図的に隠しているとなれば、自由軍兵士の中に不信感が広がるだろう。

 そしてその対処、対応こそ、帝国軍が付け入る最大の隙になる。

 帝国軍からすれば、自由軍が自らの過ちを放置しているようなもだ。それを利用しない理由はない。

 誰がそれを利用しようといたか。

 トニーだ。

 トニーは帝国軍の諜報員なのか?

 俺は次々と人々の自由軍兵士、自由領域市民としての資格をチェックしながら、願っていた。

 トニーは、味方だ。

 味方であって欲しい。

 しかしその願望はどうやら、俺自身が傷つかないようにする、自衛にすぎないようだと、薄々わかっていた。

 それでも俺は心の底では願っていた。




(続く)

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