SS第23話 犯罪
23-1話 不毛な作業
◆
俺、リウス・ホバリンの目下の課題は、自由軍の人員、参加者、賛同者に関する問題だった。
四十代を目前にしてやっと大尉に任官したものの、大演説があり、帝国軍と正面衝突しようとしている今、昇格もそれほど嬉しくはない。
所属は諜報部門で、俺の仕事の第一は、帝国軍の諜報員を探り出すことになる。
大演説に先立つ大騒動の中で、伝説的な諜報員の活動があった、という噂は聞いている。俺の感覚では、信憑性は高そうだ。
だが、俺はそういう力量の持ち主ではない。
さて。
俺は備え付けの端末で、ここ一ヶ月に自由軍に志願してきた兵士たちの個人情報を、戦略知能の助けも借りて、仕分けしているのだが、はっきり言って不毛な作業だ。
ここでリストに上がった要注意人物を、今度はピッタリとマークして、行動を起こす瞬間を待つわけだが、これも不毛。
つまり俺がいる意味はそれほどない。
戦略知能がリストを作り、戦略知能に監視させればいい。
それで通らない理屈はないが、上層部は人間の介在を絶対必要と考えているようだ。
しかし、と俺は端末を眺めつつ、しみじみ感じた。
これほどの志願者がいるとは、驚きだ。
どうやら帝国内で自由軍に賛同する、というよりは自由軍を少しでも擁護したりすれば、帝国軍がそれを確保し、強制労働惑星送りにする、という噂が蔓延している。
それは自由軍としても注意するべき情報で、情報収集を担当する連中は必死に働いたようだ。
結論としては、事実だった。
大演説から一年が過ぎた頃から始まったこれを、帝国民は「弾圧」と密かに呼んでいるようだが、もちろん、おおっぴらに弾圧などと表現したらやはり強制労働を志願しているようなものだ。
そんな事情から自由軍に参加する、志あるものが大勢いるようだった。
その大勢に、諜報員が紛れ込んでいなければ、楽なんだがな。
部屋のドアがノックされ、若い男が顔を出す。
「大尉、ちょっと一息入れませんか」
トニー・エルーズ少尉に、俺は頷いて席を立った。俺がいなくても仕事をが進むのはありがたいことだ。
トニーと並んで喫煙室へ。自由軍はタバコの値段をかなり高く設定し始め、喫煙者も減った。今の喫煙者は筋金入りと言っていい。
喫煙室で、俺だけがタバコを吸った。そう、トニーは禁煙中だが、まぁ、副流煙という誘惑にいつまで耐えられるか。
「弾圧はだいぶ酷いらしいですね」
「そうらしい。だが、帝国はそれこそ砂浜の砂粒ほど、多すぎる人口を抱えているからな。百人や千人を切って捨てても、何の問題もないんだろう。俺たちはそうはいかん」
「それがですね、まだ調査中ですが」
わずかにトニーが声量を落とした。
「自由軍から脱走しようとしている一派がいます」
思わず俺は片方の眉を持ち上げてしまった。
「面白い冗談だな、少尉」
「本気ですよ」
くそ、タバコが不味くなる冗談だぜ。
「詳しく教えてくれ。知っている範囲で」
要旨はこんな具合だ。
自由軍の中に、このまま帝国と戦ってもただ死ぬだけで、生き延びることはできないと主張する集団がいる。
帝国軍は自由軍に参加したものには死刑かそれに準ずる刑罰を科すと宣言しているが、どうやら帝国軍のそれは形だけで、大勢の自由軍参加者が生き延びているという噂がある。また、寝返った自由軍参加者だけで構成された帝国軍の小艦隊もあるらしい、という噂もあるようだ。
「全部が噂じゃないか」
俺はタバコの灰を灰皿に落としつつ言葉にすると、トニーが失笑した。
「そうですよ、噂です。噂ですが、これはおそらく帝国からの諜報員が、良いように流している噂でしょう」
「自由軍兵士はその程度では乱れない、と言いたいところだが、そんなこともないか」
タバコを吸い終わり、名残惜しいが灰皿に捨て、二人で外へ出た。
「で、お前はそれをどうする?」
「どうするもこうするもないですよ」バリバリとトニーが髪の毛をかき回す。「対抗策を練らなくちゃいけません。具体策はないですけど。帝国は絶対に僕たちを許さないし、帝国に戻っても死しかない、と事実を告げても、果たしてそれを受け入れるか」
俺は無言で想像していた。
帝国に戻っても死ぬしかないが、自由軍にいても、いずれは死ぬしかない。
生き残るためには戦争を終結させるしかないが、それは一人の兵士や、民間人の立場の一個人がどうこうできるものではない。
帝国の善意にすがるのも変な話ではあるが。何せ自由軍に参加するということは、帝国を裏切ったわけだしな。
俺のオフィスの前で、トニーとは別れた。
部屋の端末では仕事が継続中で、俺がチェックするべき個人情報が十ほど溜まっていた。
一つ一つを確認していく。疑いがありそうなのは一人だけだ。その一人を徹底的に洗う。出身惑星、来歴、銀行口座の情報や持っている資産など、すべてが対象だ。
志願者は全員、帝国からやってきているので、帝国内の銀行のデータを完全には当たれないのが、俺が頭を悩ませる要因の一つになる。
人間は何よりもまず金で動く。金で雇われるというのもあるが、そもそも、準備段階でも金はやや出入りが乱れる。
俺が今、チェックしている一人の志願兵も、その当人が諜報員とは限らない。
すでに潜入している諜報員に何かを渡す役目、もしくは通信の経路となる役目を果たすかもしれない。それには特別な訓練は必要ないし、ただ口が堅く、秘密を厳守する意思力だけが求められる。
で、そういう連中こそは大概、金で動く。
だからこそ、連中に帝国軍の設定しているペーパーカンパニーからの入金が、事前なり事後なりのタイミングであれば、即座に事態は明るみに出る。
明るみには出るが、ややこしい面もある。帝国は経済を完璧に統制するために、数え切れないほどのペーパーカンパニーを設立しているので、逆に実態がわかりづらい。それでも自由軍にも情報があるので、時間さえあれば解析可能ではある。
結局、疑われる一人には監視の兵士を一人つけておくことにして、そのまま自由軍に加入させた。
しかし、と考えているのは、トニーのさっきの話だ。
自由軍から脱走者が出るのは、はっきり言って大激痛である。
自由軍の戦闘員は少ないし、それを猛烈な訓練で超一流にしようという方針だ。
それが脱走されては、全てが無駄になる。
その上、情報が漏れてしまうことも問題だった。第六軍団が帝国軍の物資基地を襲撃したはずが待ち伏せに遭い、大敗北を喫したのも、やはり情報の面で自由軍が弱かったからだ。
同じ情報を持って、局地戦では互角、というのが俺の見立てだが、上層部も似たようなものだろう。
それなのに、自由軍は機密の確保がその性質上、困難である。
自由軍は、まさに自由なのだ。敵に通じることさえ、厳密に禁止できない。
帝国に蔓延している恐怖、ついさっきの話題にあった弾圧のようなものを否定するために、俺たちが戦っている。
そんな俺たちが帝国と同じ道を選ぶわけにはいかない。
難しい問題だな。
それからしばらく、俺はコンピュータが弾き出す、疑わしい人間の背後を洗う作業に集中した。コンピュータは容赦なく、疑わしい人間をどんどん出してくる。
まるで人間の観察や、人間の評価する目が甘いと言わんばかりだった。
俺はうんざりしながらも、様々な人間の個人情報を吟味し、判定を続けた。
本当に、不毛な作業だ。
(続く)
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