22-4話 返して!


     ◆


 結局、私たち三人の友情はあっさりと崩れてしまった。

 私はあの後、すぐに家に送り返され、二日後、アゲハと実際に顔を合わせた。会ったら何を言うべきか、私は答えが出ないままで、アゲハはそんな私に冷たい視線を向けた。

「感謝するべきだろうけどね」何か汚いものを見るようにアゲハは私を見る。「友達を切って捨てた気分はどう?」

「あれは、どうしようもなかったよ……」

 弱々しい、か細い声でそう応じるしかなかった。もう会話をしたくない、と言わんばかりに、アゲハはどこかへ去っていった。

 シンシアについてはあれから情報はほとんどないけど、漏れ聞くところでは、準軍学校は退学になり、どこかへ家族とともに移住したらしい。

 移住などと言っても、実際には強制労働惑星に送られたんだろうと、私は勝手に考えていた。今の帝国はそんなこと、無理でもなんでもない。

 それは私の責任でもある。不可抗力と呼んでもいい要素はあった。あったけど、私がもう少しうまく立ち回ったり、二人に注意を促していれば、少しは変わったかもしれないのだ。

 そう、私が兵士に送られて部屋に戻った時、お母さんは私を平手打ちしてから、強く抱きしめた。相反する二つが、完全に一つになる奇跡を、私は初めて体験した。

 学校の中庭の一角にあるベンチで食事をしていると、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる女子生徒がいる。スカーフの色は三年生だ。

「隣、いいかしら?」

 優雅の具現とも言える仕草とともにそう言われて、断れる生徒はいないだろうな。

「どうぞ」

「失礼します」

 二人並んで、しばらく黙っていた。

「通信の安全性は、もうどうにもならないわ」

 先輩が静かな口調で言った。

「帝国軍は本気で自由軍に賛同する人間、賛同とまではないかなくても、調べようとしたものさえも、処理し始めている。あなたには特別に教えているわけだけど、情報通信は帝国軍に筒抜けと思った方がいい」

 私は無言で頷いた。

 例のゲームセンターで見たニュースはあの後、どんどん展開し、今では帝国民の間では「弾圧」と呼ばれている。すでに帝国内では自由軍の存在はタブー視されつつある。

 言葉にしてはいけない存在。

「どうなるんでしょうね」

 私が思わずつぶやくと、先輩がそっと私の手に自分の手を置いた。

 まるで生きていないような、冷たい手だった。

「どうもならないわ。日常が続くだけよ。それだけを考えなさい。余計なことには拘らず、普通に生きる。それだけよ」

「でも、アゲハも、シンシアも、傷ついて、苦しい思いをして……」

「運がなかった、とは言いたくないけれど、彼女たちにはあなたがしてやれることはない。あなたは、自分のことを考えなさい。良いわね?」

 涙が溢れた。拭っても拭っても、涙は流れた。

 先輩は私の手元にハンカチを置くと、すっとベンチから立ち上がる。

「あなたのことは好きよ、オリハ。幸せになりなさい」

 見上げた先で、先輩はかすかに笑っていた。

「じゃあね」

 去っていく先輩の背中が、涙で激しく滲んだ。

 私は先輩のハンカチで目元を拭い、深呼吸して、気持ちを落ち着けた、

 教室に行くと、一人きりで席にいるアゲハが見えた。でも私は近づけなかった。ここで近づいていっても、アゲハは私を偽善者と考えるだろう。

 私の気持ちを伝える方法はない。今はまだ。

 私も自分の席に座り、しばらく先輩のハンカチを眺めていた。

 授業が終わり、放課後になる。私は一人でゲームセンターに向かい、お金が許す限り、踊った。今にもアゲハとシンシアが現れそうだったけど、二人はやってこなかった。

 挑戦者を徹底的に打ちのめし、落胆させ、疲れ切ってやっと筐体を離れた。

 一人きりで家まで歩く街並みは、三人で歩いたそれとはまるで別物に見えた。

 部屋に辿り着くと、例の如くお母さんは怒っている。そして私はそれを軽くあしらう。

 夕食を食べ、部屋に戻って、やっと端末を起動した。

(何してる?)

 そうメッセージを送って、返事がすぐに来た。

 通信相手はサービスを停止している、という内容だった。

 思わず椅子の背にもたれかかり、天井を仰いだ。

 この世界はどうなってしまったんだろう? 急に私をひとりぼっちにしようとし始めたような錯覚さえある。

「オリハ、お風呂!」

 私は立ち上がって、端末をスリープにして部屋を出た。

 お風呂から出ると、今日もお母さんとお父さんが話をしている。

「オリハ、お父さんよ」

 私は端末の前に座って、お父さんと話した。

 お父さんは弾圧については一言も口にしない。でも私の友達をめちゃくちゃにしたのは、お父さんの仲間なのだ。

 何かが、私の中で切り替わった。

 言葉が、何の遠慮も無い声が溢れ出しそうになり、思わず手で口元を覆った。

 嗚咽が漏れる。涙も流れた。

 画面の向こうでお父さんが困惑する。お母さんは私の横で私の背中を撫で、肩を抱き、また撫でている。

 私が欲しいのはそんな行為じゃない!

 叫びたかった。

 私の世界を返して! 返してよ!

 結局、私はそれ以上は何も言えないまま、部屋に入って、ベッドに潜り込んだ。

 暗い部屋の中で、じっとしていると、ドアの向こうからお母さんの声がした。

「帝国を憎まないでね、オリハ、お願いよ。帝国を憎まないで」

 そんな言葉を続けてる。

 帝国は私の憎しみの対象の筆頭だった。

 しかしあまりに大きすぎる。そして私はあまりに無力だった。

 できることは何もない。

 だから今は何もしないでいよう。普通の帝国民の顔をして、普通に生活する。

 それでいつか、私に力が転がり込んできたら、それで下らない連中を一掃してやるんだ。

「お願い、オリハ、お願い」

 お母さんはまだ唱え続けている。

 まるで命乞いだな、と思いながら、私は動かなかった。

 いつの間にか眠ってしまい、夢を見ることなく、翌朝になった。アラームで起床して、ベッドの上で昨日のこと、昨夜のことが嘘ではないことをしっかりと認識し、決意を固めた。

 リビングに行くと、お母さんがもう朝食を配膳しているところだった。

「おはよう、オリハ」

 どこか弱々しいお母さんに私ははっきりと答えた。

「おはよう、お母さん」

 こうして日々はまだ、続くのだ。

 私は遠くを目指し、日々を過ごすと決めた。

 いつか、絶対にそこに届くと信じて。




(第22話 了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る