1-12話 終わりの時

   ◆


 ケルシャーはその通知を受け取る事が出来なかった。

 必死に空中戦を繰り広げ、十三機目を撃墜した。粒子ビーム砲は過剰な熱にさらされているが、宇宙なのですぐに冷えるのがありがたい。四番スタスターはもう誤魔化しがきかないので、停止させて、残りのスラスターにエネルギーを回した。

 例のマリーというパイロットの機動戦闘艇ははぐれてしまって、たまに通信が入ってくるが、それも減った。彼女も疲れているんだろう。

 戦場は混沌の極みといった有様だ。

 無数に艦船の残骸が漂い、それをさらに粒子ビームが砕いていく。

 反乱軍の増援はない。まるでこの戦場が見捨てられたような有様だが、その実際のところを知ったのは、十四機目の機動戦闘艇を撃破して、ついに粒子ビーム砲の片方が機能不全を起こした時だった。

『残念なお話があるけど、聞きたい?』

 一瞬、反乱軍の機動戦闘艇とすれ違った。マリーだ。

「君とのやりとりが俺の愛人に漏れたとか?」

『あなた、状況、わかっている?』

「その状況を教えてくれるんだろう?」

 しつこく帝国軍機がくっついてくる。急減速でやり過ごそうとするが、読まれている。防御フィールドに粒子ビームが降り注ぐ。フィールドが弱体化する前に、強引に機首を翻し、百八十度の反転で前後を入れ替える。

 帝国軍機と正面で撃ち合い、相手の粒子ビームが操縦席のすぐそばを走り抜けるのに、熱を感じたような幻想を抱く。

 一方の帝国軍機のパイロットはその熱をもろに食らって、消し炭になっていたが。

 これで十五機。

『反乱軍の第四軍団司令部が、指揮権を放棄して、各自に逃亡を任せる通達をしたわ』

 その言葉を吟味した。吟味したが、第一印象のままだ。

「つまり、俺の雇用契約はどうなるのかな」

『ここでも金にこだわるとは、戦闘中毒としか思えないけど、軍医を紹介しましょうか?』

「生き残れたらな。指揮権を放棄か。つまりどこでも自由に逃げろ、とにかく逃げ延びろ、ってわけだ」

 パネルを操作し、機体の状況を確認する。

 燃焼門はとりあえず、まだ動く。鉱物燃料がもうほとんど残っていない。エネルギーの備蓄は、くそ、ほとんど空か。燃焼門が作り出す力のほとんど全部が、粒子ビームと推進器やらスラスターやらに持って行かれている。

 それなのに、もう帝国軍機が二機、こちらに張り付いてきた。

 急激な機動でシートに押さえつけられつつ、ペダルを踏み、操縦桿を激しく操作する。

「あんたはどうする?」

 ほとんど唸るような声しか出なくてみっともないが、高速機動中はみんなこんなもんだ。

『所属している機動母艦に戻る。ここよ』

 モニターの隅に小さな光の点が灯る。ちらっと見ると、その点の向こう、離れたところに戦闘中の機動空母が見える。遠いな。

「辿り着けそうかい? エスコートしようか?」

『そちらはお友達がいっぱいいるように見えるけど、それもエスコート?』

「ストーカーだよ」

 ガツン、と衝撃が走る。視線の先で機体の状況を示す表示で、第二スラスターの表示が赤で点滅している。指でスイッチを弾いていき、第二スタスターヘのエネルギー送信を停止。

 さあ、いよいよ正念場だぞ。

『なんなら、こちらからエスコートを申し出るけど?』

「女に守ってもらってたら、傭兵なんて、できないぜ」

 残ったスラスターを必死に操り、後方からの粒子ビームを回避。フィールドがいくつかを受け止め、そのためにフィールドは出力がまた低下する。

「あんたはさっさと逃げな。恨みっこなしだよ、戦場だしな」

『男って、最後の最後まで意地を張って、バカみたい』

 キラリと何かが光ったかと思うと、フィーアのすぐそばを粒子ビーム、それも高出力の一撃が走り抜け、狙いすましたかのように背後についていた帝国軍機を一機、撃墜する。

『また会いましょう、傭兵さん』

「ありがたくって涙が出るよ」

 通信が切れる。

 ちょうど帝国軍の増援部隊が到着したのが見えた。この戦場は終わりだな。

 反乱軍の艦船の一部が、亜空間航法で離脱を始めるのが見えた。フィーアにも亜空間航法のための装備はあるが起動するにはエネルギーを貯める必要があった。

 そのエネルギーを貯めることが、現状ではできない。

 つまり、適当な反乱軍の艦船に格納してもらうか、接舷して、それにくっついていくしかない。

 間に合うか? 例の機動母艦は遠すぎる。

 近くを探ると、巡航艦が逃げようとしている。それが唯一の、助かりそうな筋に見えた。

 帝国軍機を引き連れて行くのは向こうも迷惑だろうが、こうなっては仕方がない。

 ケルシャーは機体を操り、巡航艦に向かって飛んだ。

 何が起きたのか理解するのに、時間が必要だったのはとんでもない勢いで体がシェイクされたからで、一瞬、意識を失ったほどだった。慣性制御装置が麻痺するほどの攪拌。

 気づくと、フィーアはぐるぐると回転して高速で宇宙を漂っている。

 反射的にケルシャーがペダル、そして操縦桿を操作する。反応が鈍い。モニターは半分が死んでいる。

 誰にともなく罵り声を上げてから、機体の状態を確認。

 メイン推進器は損傷がひどくて緊急停止。燃焼門も機能停止している。爆発の心配はなさそうだ。スラスターは全損。

 どうやらフィーアは一瞬でスクラップに早変わりしたらしい。ケルシャーはそう認めるしかなかった。

 未だにモニターの中の景色がぐるぐる回っている。

 姿勢制御のためには、操縦席を含む救命ユニットを分離するしかなかった。

 もちろん、帝国軍の機動戦闘艇パイロットが射的ごっこを始めたら、真っ先に狙われる。

 それでもこのままでは宇宙のゴミになり、遥か彼方のさらに先まですっ飛んで、何年、何十年、もしくは何百年も、誰とも出会えないことになるだろう。

 深呼吸する余地もなく、ケルシャーは緊急時に引っ張るハンドルを、力一杯、引いた。

 衝撃と、何か気体が漏れるような音。酸素が漏れていたら、すぐに死ぬだろうな、とぼんやり考えた。

 だがどうやら、さっきの音は姿勢制御用の小型スラスターの噴射音だったらしい。

 モニターに映し出される映像の中で、目指していた巡航艦が見えた。

 その艦が、一瞬でその場から消えた。亜空間航法を起動したのだ。

 無事に逃げられて何よりだ。しかしケルシャーは置き去りになったわけで、そんな皮肉を思い描くしかない。

 宇宙空間をもう一度、確認した。

 反乱軍が逃亡を始めたため、戦闘は急速に終息し始めた。

 近いうちに帝国軍が掃海作業を始めるだろう。そこでケルシャーは確保されるだろうし、確保されたら、反乱軍の一員とみなされ、さて、どうなるか。

 処刑されるか、どこかで強制労働か。

 いや、ここは戦場だから、処刑だとか正式な手順を踏まないかもしれない。

 兵士たちの私刑にあって、ボロクズにされた後、宇宙に放り出される。

 なるほど、心踊らない、最低最悪な展開だ。

 こんなことなら派手に吹き飛ばされて死ねばよかった。

 ケルシャーはそう思いつつ、自分が帝国軍に所属していた時のことを考えた。

 あの気位の高い連中、第一艦隊の機動戦闘艇部隊は、いい奴らだった。

 せめて俺を拾い上げる奴が、連中くらいまともだと良いのだが。




(続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る