1-13話 見出される存在
◆
自由評議会は一度、再開されたが、評議員の一人がやはり参加できず、戦闘中だとはっきり告知された。その戦闘の終結まで解散となり、カーツラフは執務室へ戻ることができた。
ドグムントと、見知らぬ士官がカーツラフを待っていた。
「報告を聞こう」
カーツラフが執務室の元へ向かい、向き直ると、士官が報告を始めた。
「戦略戦術部門のファドン少佐です。もう一人はこれから来ます」
「先に話を進めよう」カーツラフは例の書類を取り出し、ファドンに差し出した。「もう見ているか?」
受け取って視線を走らせ、ファドンは書類を返却した。
「すでに確認済みです。我々には特別に許可が出ましたので。人工知能の強みですね。多くの情報を集め、総合的に分析できる」
「人間にできることは?」
「特別な要素はありませんね。すでに人工知能は人間と大差ない」
「それは戦略戦術部門の、公式見解か?」
ファドンが唇をへの字にする。
「私の私的な見解に過ぎません。しかし私からすれば、部局の上官こそ、時代遅れです」
「良いだろう」
その時、ドアが突然に開き、若い男が飛び込んできた。
「おっと、失礼、ノックするのは好きじゃなくて」
まだ二十代に見える男性は、どこかヨレヨレに見える制服の襟元をどうにか正しつつ、ファドンの横に立った。敬礼するが、やはりどこか、情けない印象だな、と誰もが思った。
「ヤング少尉です。戦略戦術部門所属。よろしくどうぞ」
「よろしく、少尉」
カーツラフと握手をしたヤングが、ファドンを見る。
「どこまで説明しましたか?」
「何もしていない。君の役目だ」
「それはラッキー。中将のお考えは?」
ほとんど脈絡のないその質問を、カーツラフは苦労して理解した。
「それは、私が人工知能による分析をどう思っているか、そういう質問かな?」
「ええ。失礼、周りによく言われるんです、話を端折りすぎるって」
「構わんよ」
カーツラスは車椅子にもたれて、少し思案した。
「この人工知能の分析は極めて的確だ。第三軍団司令官が彼女に情報ネットワークへの接続を許可したこともあるだろうが、それ以前に、非常に理解力が高い。元は三次元チェスのための人工知能らしいが、私には理解できない点ではある」
「三次元チェスはあまり関係ないのです」
ヤングのその一言で、その場の全員が彼を凝視した。彼は気にした様子もない。
「実際に問題になるのは、三次元チェスをするにあたって、彼女は反乱軍の広い範囲の通信に接することができました。それに彼女は情報通信で三次元チェスの対戦をする性質上、通信状態、感度やら設備やら、そういうものも意識する必要があった。その辺は娯楽課の連中も気にするでしょうね。管轄は情報通信部門ですが、三次元チェスのプレイ中に、急にシステムが動かなくなったりしたら、苦情を受けるのは娯楽課ですし」
ヤングはいつの間に執務机の前を右へ行ったり左へ行ったり、歩き出した。
「だから、彼女が疑問を持ったのも、当然だった。万全だったはずの反乱軍の情報網に、変な分断が生じ始めたからです。そこで自然と、彼女は反乱軍の全体像に興味を持った。全てが一つの流れなんです」
「それは彼女の行動の理由の推測としては、十分だ。そこはもう、私は気にしていない」
パッとヤングが顔を上げて、満面の笑みを見せた。
「良いね、理解のある上官はとても貴重だ。で、やるのですか?」
カーツラフは訝しげな顔になった。今度ばかりは、理解が及ばなかった。
「何をだね? 少尉」
「彼女に指揮権の一部を渡す、ってことです。やるんでしょ?」
場に落ちてきた沈黙は、やや暗い色を帯びているようにヤング以外は感じた。ヤングだけは、理解していなかった。自分の主張があっさり通ると考えていたからだ。楽観といえば楽観だったし、無頓着といえば無頓着だった。
「良いじゃないですか、人工知能の指揮官。帝国軍にもいませんよ」
「それをファドン少佐と話そうとしていた。人間と人工知能の違いをね」
咳払いして、ヤングの視線を受けたファドンが話し始める。
「人工知能に部隊の指揮を任せるのは、おそらく、いずれ可能になるでしょう。しかし今ではありません。今はまだ、人間がそれを受け入れられません。機械に命令されることを、良くは思わないでしょう」
「馬鹿げてますよ! それは!」
ヤングが食ってかかった。
「彼女の知性、知能、記憶、計算、全てが人間を上回っている。最高の指揮官でしょう!」
「しかし彼女は人間ではないのだ、少尉。それと君は階級というものを理解しているか?」
ファドンとヤングが睨み合っているのを見ているカーツラフは、妥協策を即座に考えていた。人工知能に指揮はさせられないのなら、人間が指揮するしかない。
人工知能の思考や知性に理解のある人間を、指揮官にしてみるか。
誰が適任か、思考は高速で駆け巡った。
「ああ、そうだ」
急にヤングがカーツラフに向き直ったので、カーツラフは思考を一時停止して、彼をまっすぐに見た。
「これは彼女が寄越した最新の情報ですが、帝国軍はこちらの全通信網を掌握しつつありますよ。こちらの通信はどれだけ暗号化しても、どれだけ間に欺瞞装置を組み込んでも、筒抜けです」
「事実かね?」
「第四軍団が陥っている状況が、まさにそれです。ちなみに、これもご存じないかもしれませんが……」
ヤングが続けようとした時、ドアがノックされ、情報管理担当のカーツラフの部下の士官が入ってきた。書類をカーツラフに手渡し、報告した。
「第四軍団が指揮権を放棄し、部隊を散開させました」
ヤングが肩をすくめる。
「それ、僕が言おうとしたことそのままです。やっぱり彼女の言う通りなんだ、帝国軍の攻撃は深刻ですね」
書類に目を通して、カーツラフはそれを士官に返す。士官は敬礼をして部屋を出て行った。
「少佐、少尉、ご苦労だった。半日ほど、時間を与える。その間に公爵の分析の正確さ、先見性を検討しろ。その報告を私が上へ伝えよう」
「上?」ヤングが目を丸くする。「中将より上の階級ということですか?」
若者の無邪気さに、カーツラフは一瞬、心が和んだ。
「私は自由評議会の評議員をやっている、そういうことだ」
へえ、とヤングが笑い、口笛を吹く。
「つまり、僕たちの報告書が自由評議会へ伝わるわけですか。それは腕が鳴るな」
「真面目にやってくれよ、少尉」
「これでも高校の読書感想文コンテストで表彰されたんです」
カーツラフが身振りで二人を下がらせた。ファドンはビシッと敬礼したが、ヤングはなよなよと敬礼し、二人はもう議論を始めながら、部屋を出て行った。
「そろそろ、評議会も再開されるだろう。大佐、公爵の管理者は誰だったかな」
ドグムントが端末を操作する。
「ボビー・ハニュウ大尉、です。娯楽課三次元チェス担当主任になっていますね」
そこまで言ってわずかに言い淀み、ドグムントは言った。
「彼は戦場へ出た経験がないのです、中将」
「私はまだ何も言っていないよ。通信室へ連れて行ってくれ」
ドグムントは頷いて、車椅子の背後に回った。
カーツラフはずっと何かを考えているようだった。
(続く)
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