1-18話 人工知能はかく語りき

     ◆


 ケルシャーはペンスから事情を聞いた。

「本当に第四軍団が崩壊したのか」高速船スバルの副操縦士席で、ケルシャーは嘆いた。「俺に誰が金を払ってくれるんだ?」

「新しい司令官はカーツラフ中将だ。あの人はカネを貯めこんでいそうではある」

 隣の席にだらしなく横たわり、ペンスは後頭部で手を組んで、あくびなどする。それをケルシャーは横目に見つつ、投射式の仮想パネルで、情報通信上の通販サイトで機動戦闘艇について調べ始めた。

 収入が見込めないのに、収入を手に入れるための道具を失ってしまった。前の機体のローンがないのがありがたいが、しかし、またローンを組まなきゃならない。

 反乱軍と契約して、また六年くらいだろうか。

 しかしこうなっては、反乱軍があと六年、存在するか怪しいな。もし反乱軍が謎のどんぶり勘定を実行に移し、六年なりでローンを組むとする。そしてもし、三年後に反乱軍が跡形もなく消滅すれば、後半の三年分は払う必要がなるなるわけで、これはラッキーだ。

 となると、反乱軍が正気を失っていなければ、短期のローンになり、毎月、ごっそり持って行かれる。同時に、激しい仕事を科される。

 これはどうも、別のところでローンを組むべきかもしれない。

「あんたは反乱軍の使いっ走りをして、どんな利益を得ている?」

「仕事を回してもらえる、ってこともあるが、まぁ、恩義があるんだ」

 答えづらいことかもしれない、とケルシャーは問い詰めるのをやめた。話題を変える。

「例の通信だが、あれは受信した時、不自然だった。やけにノイズが走ったし。理由を知っているか?」

「反乱軍が急造した、特別な通信なんだと。俺もよくは知らない。カーツラフの爺さんの部下が、一方的に寄越したデータだが、どうも特別製らしい」

「特別製?」

『私がお答えします』

 唐突に通信が入ったかと思ったが、それはケルシャーの勘違いで、備え付けのパネルの一つに音声の波長を占めるグラフが表示され、その上には「ワン」と表示されている。

「ワンさんは知っているのか?」

 人工知能に敬称をつけるのも変だったが、ケルシャーはワンとは接したばかりで、あまり親しくする気にもなれなかった。ジゼルはジゼルと呼び捨てにできるのに、変な感じだな、とケルシャーは心の中で唸った。

 そんなことはつゆとも知らず、ワンが話し始める。

『公爵という人工知能が、第三軍団の司令官の許可を得て、反乱軍の情報通信全てをモニタリングし、再構築を行いました。私もまだよく知りませんが、第四軍団が受けた帝国軍による情報網への破壊工作の本質も、今頃、理解しているかと』

「通信をつなげばわかると思うけど?」

『公爵は反乱軍の全ての人工知能に、不用意な情報交換を禁じました。それだけ帝国の耳目は身近にある、ということのなのでしょう。相手の攻撃手法を解析し終わったというのは、私の主観です』

 主観、ね。

 仮想パネルを呼び出し、ペンスが何か操作すると、音が流れ始める。クラシックかな、と想像できたが、ケルシャーにはわからない音楽だ。

 ギターが激しくかき鳴らされていて、何か、古びた言語で男ががなり立てている。

「それで」構わずケルシャーはワンとやりとりを続ける。「例の通信は第四軍団の残存兵力をまとめるためだね? 誰が指揮を取る?」

『私が情報を集めた範囲では、カーツラフ中将です』

「あの爺さんが提督だもんな、世も末、か」急にペンスが笑った。バカにするような笑い方だった。「戦闘で死ぬ前に、病気で死ぬんじゃないか?」

 突然、ペンスが寝転がっているシートが跳ね上がる。備え付けの操作端末にペンスが吹っ飛ぶ。

「てめえ!」

 起き上がったペンスがぶつけた頬を撫でつつ、パネルを操作しようと飛びつく。

「ふざけやがって、消去するぞ」

 今度は前触れもなく、例のクラシックが激しく鳴り響き始める。体がビリビリ震えるほどの大音量にかき消されて、ペンスの怒鳴り声も、ケルシャーの悲鳴も、全てが爆音に塗り潰される。

 音がすっと消えた時、ペンスはほとんど泣いていたし、ケルシャーも泣きたかった。

「悪かった、ワン、許してくれ、頼む」

 泣き言を言う運び屋に人工知能は優雅とも言える口調で応じた。

『言葉には気をつけてくださいね、ペンス』

「わかったよ。くそ、ハードロックもこうなると凶器だな」

 クラシックは、ハードロックというジャンルか、と思いつつ、ケルシャーもシートに戻る。ペンスは再び横になり、ハードロックも再生されるが、さっきよりだいぶ小さな音だ。

「第四軍団は再建されるのかな、どう思う? ワン」

 ひと騒動あって、ケルシャーはワンに人間味を感じている自分を感じた。

『私とペンスで戦場を回って見た様子だと、比較的、兵力は残っていますね。まずは安全な地点に再集結し、編成し直せば、今回の攻撃を受ける前の戦力の六割前後が回復されるはずです』

 そうか、それならもう少しは持ちこたえられるだろう。

 ただ、不安もある。

「第四軍団以外の軍団が襲撃される可能性は? そういう情報は入っている?」

『いえ、耳にしていません。もちろん、ありえないことではないですが、反乱軍も無能ではない、ということかと。対抗策を取りましたから、帝国軍もおいそれと攻められなかったと推測します。ケルシャーはそうは思わないのですか?』

 思考が弾き出した答えを、ケルシャーは慎重に言葉を選んで声にした。

「帝国軍は次の動きを決めていないわけがない。一気呵成に殲滅するのが、最も合理的だし、自然だ。それだけの戦力があるし、情報もあった。でもそれをしなかった。反乱軍の対抗策、なんだろうけど、一体、どんな……」

 ワンが黙り、ケルシャーも考えに沈んだので、操縦席はただハードロックが鳴るだけになった。わずかにペンスが鼻歌を歌っている。

「あまり考えても仕方ないぜ、傭兵さん」

 席を立ったペンスがケルシャーの肩を叩く。

「飯にするけど、リクエストは? 液体糧食しかないがね」

「何の味がある? 好きなのはスキヤキだけど」

「良いだろう、スキヤキだな」

 ペンスが操縦室を出て行ってから、ケルシャーはまた考え事に戻った。

 帝国軍の動きを止めている要素が、あるのか?




(続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る