1-19話 集結

     ◆


「情報管理の重大さを認識させられるな」

 宇宙戦艦エグゼクタの情報通信室で、カーツラフはボビー、そしてドグムントとともにモニターを見ていた。

 反乱軍の勢力圏を網羅する星海図が小さな画面になり、メインモニターのほとんどは、第四軍団の管轄区を拡大して表示している。

 光点の数はすぐに把握できない。

 一つ一つが反乱軍第四軍団の艦船だった。

「人工知能たちの働きも重要ですね」

 ボビーは星海図を見据えて、次の展開を予測した。第四軍団は再集結を目指しているが、全てをいきなり一箇所に集めるという公爵の発想は、少し突飛かもしれない、と感じる。

「公爵、段階を踏んでみるべきだ」

『では、全体を四箇所に分散して一度集め、次にその四つを一つに統合します』

 星海図に四つの丸が浮かび上がる。

「いや、八つがいいと思う。地点はこの辺りだ」

 ボビーは一番近くの端末に歩み寄り、そこにいたオペレーターに断ってから、端末を操作し、星海図にさらに四つの丸をつけ足し、先に表示された四つの丸も位置を調整する。

『理屈ではないのですね? 主任』

「直感だよ、私のね。他の方のご意見は?」

 カーツラフを見るが、微笑むだけ。ドグムントはどこか感心したように見ている。その二人の様子に、ボビーはどこかバツの悪い気持ちになった。

「意見を言ってもらった方が、ありがたいのですが、中将閣下、大佐殿」

「いや、様になっている。公爵、集合地点の変更は可能なのか? 敵に傍受されないか?」

 カーツラフの言葉に、今は端末の一つに接続されているボビーの携帯端末上で、立体映像の女性が頷く。

『充分に可能です。もう指示を飛ばしました』

「素早いな。人間には不可能だ」

 ボビーはじっと星海図を眺め、思案する。

 八つに分散したがために、全部の小艦隊を統合するのに、余計な時間がかかる。これは三次元チェスではないから、交互に手を打つわけではない。お互いが先を読んで、しかも先に動く必要がある。

 カーツラフとはここに来る前に考えを共有してある。

 そこで聞いたカーツラフの意見に、ボビーは賛成した。それが確かに、最も引き分けに近い状態、釣り合いの取れた状態を生み出しそうだ。

 ただし、そこに含まれない要素もある。

 惑星レドスのことだ。実は海賊サイトでボビーは帝国で発行された新聞を数紙、入手していた。そこに踊っている見出しや、記事の内容は、反乱軍を徹底的な悪として取り扱い、読者に反乱軍殲滅の必要性を印象付けている。

 もし反乱軍と帝国軍が戦場で対峙して、決戦になる時、帝国軍が犠牲を無視して突っ込んでくれば、反乱軍は純粋な数の差によって押し潰される。

 そうならなくとも、このままでは帝国の市民の中に、反乱軍への敵意は決定的に根付いてしまう。

 反乱軍は帝国とは相容れないと確定してしまうのだ。

 この点に関してもカーツラフは、戦略があるようだった。その戦略は、ほとんど誤魔化しだった。しかもその戦略を形にするまでに必要な状況や展開が、まだほとんど手付かずだった。

 何にせよ、こうなっては立ち止まる余裕はない。

 ボビーは星海図をもう一度、確認する。第四軍団が受け持っていた宙域に存在することが確認出来る帝国軍の艦船の戦力も吟味する。生きている警戒装置からの情報である。

 勝つ必要はないが、負けてはいけない。

 ややこしい事態だな。

 と、背後でドアが開く音がして、ボビーが振り返ると、ついこの前、通信で話した相手がそこにいて、思わず笑みを見せてしまった。

 彼は、宇宙海賊。名前は、ダイダラ・モス。 

「モスさん、ようこそ。お待ちしていました」

 カーツラフより先にボビーが彼に歩み寄り、手を取った。

「助けてもらって感謝するよ。えっと、司令官はそちらだな?」

 ダイダラがカーツラフに歩み寄り、首を傾げた。

「通信ではわからなかったが、病人かい? 反乱軍も人材不足だな」

「耳に痛いよ、ダイダラ・モスさん。私が人材採用部門の責任者なんだ」

「それは失礼。俺を呼ぶ時はダイダラと呼んでくれ。あんたがカーツラフか。まぁ、よろしく。娘たちを頼む」

 二人が握手をして、ドグムントも次にダイダラと握手をする。

「あんたが例の動きの主導者の大佐か」

 カーツラフの視線を受けて、ドグムントが姿勢を正した。

「実は、第四軍団の残存兵力の終結のため、高速船が主体の伝令部隊を展開しました。公爵の力も借りて。事後承諾になり、申し訳ありません、中将」

「君も大胆だな」カーツラフが小刻みに頷く。「公爵も私に言わないとは。手柄話が好きじゃない男だな、大佐」

「恐縮です。公爵の能力に期待していました、私は何もしていないようにもので、お恥ずかしい」

 ボビーも想像より第四軍団の残存兵力の終結が早いと思っていたが、偶然ではないのだ。

 彼らの様子を眺めていたダイダラが、パッと備え付けの端末の上にある、ボビーの携帯端末に浮かぶ公爵に向き直った。

「あんたが娘の命の恩人かい? そうだろ?」

 歩み寄って覗き込んでくる宇宙海賊に、人工知能は優雅に微笑んだ。

『偶然です。こちらこそ、こちらへいらっしていただけたことに感謝します、モス船長』

「ダイダラ、と呼んでくれ。あんたのためなら、命を惜しまないぜ。宇宙海賊は義理堅いんだ」

 ぎょっとしたのはカーツラフとドグムントで、ボビーは苦笑する。ボビーにはダイダラがそういう男だと理解が及んでいた。実は熱い奴なのだ。

『あなたを指揮部門にアドバイザーとして加わっていただきたいのですが。中将閣下、いかがですか?』

 カーツラフはもう平静を取り戻し、軽く顎を引くように頷いた。

「人材採用部門の責任者が軍団の指揮を受け持ち、その部下が三次元チェスのプレイヤーと宇宙海賊と来ると、なんでもありでいいと思う。二人とも、力を貸してくれ」

 カーツラフの視線を受けて、ボビー、そしてダイダラが頷いた。

『三姉妹と話をさせていただけますか? ダイダラ』

「ああ、良いぞ。今頃、格納庫で船はこの艦と接続されているはずだ」

『少し、失礼します』

 立体映像が消える。ダイダラがボビーを見る。

「うちの娘たちが、どういう意味を持つんだ?」

「人工知能は経験値を共有出来るのが、人間とは違う点の一つです。三次元チェスで言えば、人工知能は宇宙全体で行なわれている全ての対局を、同時に、そして統一的に理解できるのです。艦船の人工知能でそれが起こるとしたら、ダイダラさんの娘さんたちの戦闘情報、経験値を、公爵が正確に把握できるし、共有出来ることになる。人工知能の進歩は、人間とは比べものにならないんです」

 ダイダラが腕組みをして、唸った。

「娘の粗暴な感じが、お嬢さんに移らないといいのだが」

『聞こえているわよ、お父さん!』

『お父ちゃんの育て方が悪いのよ』

『右に同じ』

 いつの間にか聞いていやがったか。ダイダラが頭を抱える動作に、ボビー達が小さく笑った。

「協力に感謝するよ、お嬢さん方。よろしく頼みます」

 カーツラフのその言葉に、少しだけ落ち着いた調子で、三姉妹がめいめいに答える。

『こちらこそ、よろしくお願いします、中将閣下』

『お父ちゃんをこき使って、帝国軍をやっつけてあげましょうよ!』

『マイの機体の復讐もしなくちゃね』

 いよいよ頭を掲げるダイダラにみんなが笑う中で、ボビーは一番早く表情を改め、星海図を見上げた。

 公爵がどういう結論を出すか、それを把握しておくべき責任を、ボビーは感じていた。

 カーツラフからその点についても聞いている。

 自由評議会は人工知能をいつでも消去できる安全装置の設定を条件として出したが、カーツラフはそれを形の上で了承しただけで、実際には設定しないという。

 カーツラフはこうも言った。

 それが人間が人工知能を信じるということの意思表示だし、対等な存在として受け入れるという意思表示でもある。

 そしてカーツラフはボビーに、公爵が見ている前で、宣言した。

 人工知能なくして、明日はない。

 ボビーには公爵が暴走することは考えられなかった。カーツラフもそう考えて、彼女が見ている前で宣言をしたのだろう。カーツラフはともかく、ボビーと公爵の間の信頼関係は、人間同士よりも強いといえるし、血を分けてはいないが親と子のような関係である。 

 だからこそ、ボビーは緊張した。

 公爵がもっとも油断する相手がボビーであり、その一点で、ボビーには公爵をシャットダウンする、もしくはデリートする、その機会が生じる余地があった。

 星海図を見ながら、ボビーは心中で必死に祈っていた。

 公爵、私たちを見捨てないでくれ。

 星海図の中では、光の点が緩慢に動いている。




(続く)

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