LS第1話第2部 機略と知略、知性と行動
1-17話 転がり出す戦い
◆
宇宙戦艦エグゼクタの格納庫に輸送船が滑り込み、ボビーはゆっくりとシートから立ち上がると腰を伸ばした。
まったく、旅をしたのも久しぶりだ。
輸送船から降りたところで、士官が待ち構えていた。敬礼をしてくるが、どこか親しげだ。
「遠路はるばる、ありがとうございます、大尉」
そう言っている相手は大佐なので、どこかちぐはぐだな、と思いつつ、ボビーは彼に珍しく敬礼をしてみせた。
「ボビー・ハニュウ大尉です。中将閣下とはすぐに会えますか?」
「こちらへ」
格納庫には機動戦闘艇がぎっしり並んでいる。どれも最新鋭の機体か、そうでなければ旧型でも様々な装備が追加されたり、あるいは省略され、いかにも強そうだ。
エレベータに乗り、通路へ。
「カーツラフ中将はご病気と聞いていましたが、そちらは問題ないのですか?」
「閣下は車椅子で生活されています。あと常に投薬を。しかし任務に支障はありません、強いお方です」
「信用されているのですね。あなたの名前を伺っていない、大尉」
大尉が柔らかい笑みを返す。まるで戦場には不似合いだな、とボビーは思った。
「ジャン・ドグムント大尉です。所属はとりあえず、人材採用部門」
人材採用部門。スカウトマンか。
人が行き交う通路の先のエレベータを上がり、降りた先の通路を進み、三つ目のドア。
「こちらです」
ドグムントがドアをノックし、中に入った。ボビーも続く。
「やっと会えたな、大尉。嬉しく思う」
部屋は質素な内装で、中将の階級の人の執務室ではない。そんな感想をボビーは持ったが、彼は実際に将官の執務室に入ったことがほとんどなかった。ほとんど先入観と幻想だな、と自分の感覚を改めた。
敬礼をするべきだが、そうしなかったのは、初対面のカーツラフ中将の表情に、どこか抑えきれない興奮が見えたからで、それがあまりに親しげで、ボビーはどこかで会ったことがあるのか、と記憶を探ったほどだった。
「えっと、中将閣下」ギクシャクとどうにか敬礼。「どこかでお会いしましたか?」
「私の世代で君を知らない者はいないよ、ボビー・ハニュウ。そして、公爵」
なるほど。やっとボビーは理解した。
彼とボビーは同時代人で、つまり、そういうことだ。
「お恥ずかしいことです。過去のことですから、忘れてください」
「君の戦術を何度も何度も、駒と盤で再現しては変化を研究した。アマチュアタイトルを独占した時の新聞は、個人的な端末にまだキッチリ残っているよ。十紙を超えるデータがね」
思わず赤面しているボビーの前に、カーツラフが車椅子で進み出た。
「君の力を借りたい。反乱軍を救ってくれ」
「私はただの三次元チェスプレイヤーで、栄光は過去のものです。今はただの娯楽課の主任です。そこをお忘れなきよう、お願いしたい」
「君が必要な局面だ。正確には、君と、公爵が」
頷いたボビーが、ポケットから携帯端末を取り出した。立体映像が投影され、若い女性の像が浮かび上がる。
その女性が深く頭を下げた。
『初めまして、中将閣下』
「君が公爵だね?」
『はい。そう呼ばれている人工知能は、私です』
ふむ、と頷いたカーツラフがちらっとボビーを見る。
「君の趣味か?」
まさか、と表情で答えるボビーだが、カーツラフはもう公爵に目を戻している。これは誤解されたな、と思いつつ、ボビーは公爵を見守るしかない。ちなみに公爵の三次元映像は、ミライ准尉がデザインしたものに、公爵が自ら手を入れたものだ。
「話をしたかった相手の一人は君だよ、公爵。この通信の機密はどれくらい確保されている?」
『私の思考中枢、記憶中枢はまだ機動母艦ウェザーにあります。ただし、この場にいる私は、本体から枝分かれさせた端末に入り、それがスタンドアロンになっていますので、機密はほぼ完全です』
「よろしい。帝国軍による情報攻撃に関して、新しく判明した情報がある。大佐、例のカードをこちらへ」
ドグムントが小さなメモリーカードをボビーに手渡す。視線でうかがうとカーツラフが頷いたので、ボビーはカードを端末に差し込んだ。
しばらく公爵は黙り、じっと動きを止めている。
すっと目が開かれた。
『優秀な人間がいるのですね。まったく私の知らない情報でした。どうやってここまで届けたのか、教えていただけますか?』
カーツラフが微笑む。いたずら話をするような顔だった。
「我々の諜報員が動いたのさ。帝国軍から潜入していた諜報員を秘密裏に確保し、彼らを精神スキャンして情報を引っ張り出した。そのあと、物理的にそのカードを運んだ」
『ああ、なるほど。そんな手段が』
物理的、という言葉の意味をボビーは時間差で理解できた。情報を入れたメモリーカードを、全く通信波に乗せず、手渡しなりでここまで運んだのだろう。通信に載せたり、通信可能な端末にデータを入れてしまえば、公爵の監視下に絶対に入る。
公爵に監視されないというのは、逆に言えば、帝国軍にも察知されないことを意味する。
「どうかな、公爵。その情報で、反乱軍の通信網を回復させられるだろうか」
『可能です。帝国軍による通信破壊作戦の情報攻撃を、防げるでしょう』
「どうもそれには乗り気じゃない口調だが、聞き間違いかな」
公爵がボビーを見たので、ボビーは柄にもなく混乱した。自分に何が言えるのだ?
『それは防御に成功する、というだけのことです。それは勝利ではありません。また、通信を取り戻しても、帝国軍が手法を切り替えれば、再び通信は不可能になる。あるいは反乱軍の通信を根こそぎに切り替えない限り、攻撃を受けるのは避けられない』
カーツラフが頷いた。
「三次元チェスには引き分けという概念があるが、そこにも辿り着けないかな。これは意外に重大な意味を持つ要素だが、公爵、君はこの騒乱の結末を、どう思い描いている? どうかな?」
『答えはひとつです。私は引き分けを狙います』
笑ったのはカーツラフだけだった。ボビーもドグムントも困惑した。
笑いを収めたカーツラフが微かに眼を細める。
「三次元チェスの引き分けは、駒がほとんどなくなる事態だな。お互いに攻め手を欠き、同意をもって引き分けとする。君が想定している引き分けは、それか?」
『そこまで破滅的ではありませんが、大筋では正しい認識です。プレイヤーはチェスの駒を自由に捨てるものです。駒が自分の戦力ですが、生きてはいない。主任が編み出した戦法のように、大きな犠牲を払うことに、高位のプレイヤーほど躊躇わない。ですが、現実は違います。駒にあたる艦船や部隊は、生きている』
軽くカーツラフが頷く。
「続けて」
『反乱軍も帝国軍も、どちらも死を恐れる点で違いはありません。それは個人の死ではなく、集団の死ですが、死と呼ぶ以外にない。その恐怖の釣り合いが取れた時、引き分けのような状態が発生する。そしてその釣り合いを取るために決定的な衝突や、お互いが存在不可能になるほどの大損害は、必要ではない。違いますか?』
「違わないと私は思う。いい思考だ、公爵。大尉、聞いていたかね?」
ええ、とボビーは頷いたが、わからない点もあった。
では、どうやって釣り合いを取るというのか。
「公爵、君についてはよくわかった。ありがとう」カーツラフがボビーの顔を見上げた。「今度は君だ、大尉。前に通信で話したが、指揮に加わってみないか?」
「それは不可能です」
ボビーは反射的に、子どものように首をブルブル振っていた。
「私には無理です。ただの三次元チェスプレイヤーですよ」
「公爵と共にやるのだ。公爵には君が必要だ。そうだろう? 公爵」
全員の視線が向かう先で、公爵の立体映像がほころぶように笑みを見せた。
『必要です、主任。協力していただけますか』
今度はボビーに視線が集中した。
今までの人生で感じたことのない緊張に、ぎこちなく唾を飲み込みつつ、ボビーは答えた。
答えるしかないじゃないか、とボビーは一瞬、心中で叫んだ。
「どうなっても知りませんよ、中将閣下」
帰ってきたのは満足げな笑みだった。
(続く)
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