1-16話 宇宙最速
◆
はじめにその光景を見て、ペンスが思ったことはついさっきまでの光景を見た時と、そっくり同じだった。
「国破れて山河あり、だな」
『故事を引いている場合ではありません』
操縦席にリクライニングして座っているペンスに、スピーカーから叱責が飛ぶ。
「はいはい、じゃ、行くぜ」
ペンスは手を伸ばしてパネルに触れると、複雑なメロディのようなものが流れ出した。
彼には全く理解できないが、彼をサポートする人工知能、ワンにはわかるようだ。正確には、人工知能にしか分からない言語だ。
人工知能を搭載していない端末では、その通信の最初の部分で、受信装置のシステムに特別なパッチが当てられる。そのパッチが機能すると、メッセージの本文が解読できる。
パッチを受けることができる端末は、反乱軍だけに限定される、特殊に特殊を重ねたメッセージだった。
「しかし、ここはもうもぬけの殻だな」
『聞こえているかい?』
突然の男の声に、ペンスは跳ね起きた。自動でシートの傾きが調整される。どこからだ? レーダーを確認。生命反応がある。
しかも通信を繋いできている。
「生存者がいるとは驚きだな。名前と階級は?」
『名前はケルシャー・キックス。階級はない』
「冗談を聞いている暇はないぜ」
帝国軍の艦艇がペンスが乗る超高速船スバルに気づいて、短くない時間が過ぎている。それを証明するように、粒子ビームの第一波が到達。隙間を縫うようにスバルが走った。
『本当に階級はない。傭兵なんだ。第四軍団に雇用されていた。証明書類は手元にはない』
やれやれ。
「反乱軍に寝返りたい帝国軍兵士だろ? どうせ」
『負けている部隊に飛び込みたい命知らずじゃないぜ』
「ごもっとも」
感圧式の操縦桿に触れ、スバルの機首を巡らせる。片手は激しくパネルを行き来して、防御フィールドを展開し、燃焼門を最大出力、推進器にどんどんエネルギーを注ぎ込む。
グンと加速して、例の生命反応のそばを駆け抜ける。
『おいおい!』悲痛な声。『あまり近づくな、流れ弾を食らうだろ!』
「そうなったら運がなかったと思ってくれ」
一度、接近したので相手の状態が良く見えた。小型の生命維持ポット。元は機動戦闘艇の操縦席ユニットだろう。
「見えたか? ワン」
『はっきりと。例のコンテナを使いましょう。それ以外にない』
「一人を助けるためにか? しかし、見捨てるのも寝覚めが悪いか」
高速で走り抜け、今度は少し救命ポットから離れる。
「ドカン、だ」
パネルを指でなぞると、搭載されている小型コンテナが切り離され、高速で飛んでいく。
強烈な光が一瞬、モニターをホワイトアウトさせる。
同時にスバルの全索敵システムがダウンして、カメラによる目視が全てになる。
「見失っちゃいないな? ワン」
『ガイドします』
モニターに点線で道筋が描かれる。帝国軍からの射撃は一段と減っていた。彼らも索敵が不可能になり、同士討ちを避けざるをえないのだ。
反乱軍の兵器開発部門から受け取った、索敵欺瞞物質が満載されたコンテナは、やはり威力がある。ここに来るまでのいくつかの戦場で、残存艦の脱出に役立った装備だ。
「待ってなよ、迷子の子羊ちゃん」
『気持ち悪いことを言わないでください』
目の前に救命ポッドが見えた。ワンが自動で小型のロボットアームを操作し、スバルはわずかな減速だけでそれをキャッチした。体操で言ったら十点満点だな、とペンスは思った。
『乱暴な奴だな、あんた。それでも人間か?』
接触通信で救命ポッドから通信。なんだ、やけに噛み付くな。
「助けてやったんだ。ちなみに魔法はあと十秒で終わりだ。さっさとこっちへ乗り移れ」
小さなパネルを操作し、そこに表示されているのは、外部に通じるエアロックが解放されたことを示している。
「ロボットアームにレールがある。その手すりに掴まれ。失敗すればあっという間に彼方に置き去りだ」
『訓練を何度もやったよ。実戦でやったことはないが』
なら、なおのこと結構じゃないか。
「急ぎな、子羊ちゃん」
『今からぶん殴りに行ってやるよ』
小さな声で「十年はやってないぜ」という声が聞こえたが、それきり沈黙になる。
パネルを見ると、ロボットアームに付属のハンドルがレールを走り始めている。二秒ほどでハンドルはエアロックに飛び込む。生命反応は、あるな。
エアロックを封鎖、気圧を調整させる。同時にロボットアームの収納。
索敵欺瞞物質は、ついに完全に拡散し、帝国軍の猛攻撃が始まった。まったく、もう少しエネルギーを出し惜しみしてくれ。
『例の男は無事なようです。エアロックから出すように叫んでます』
「どうすれば良いかな。席は空いている」
実際、ペンスの隣の副操縦士席は空席だった。今までそこに座った人間は数少ない。
『眠らせてみては? 今なら酸素濃度を加減して、気持ち良く眠らせてあげられます』
「……それ、かなり狂気じみているな。良いだろう、出してやって、ここまで案内してやれ」
『どうなっても知りませんよ』
砲撃の間を縫って、最初から予定していた地点に飛び込んだ。
太いレバーを一気に押し込む。モニターがブラックアウト、白々しい青空に変わった。まるで風が吹きそうだな、とペンスは考えながら、シートにもたれかかった。
実際に風が吹いた。
「てめえ、俺を殺す気か」
襟首を掴んできた男は、例の救命ポッドの男だろう。ペンスは転がるようにシートを降りると、男の手首を掴んで組み伏せようとした。
しかし、ビクともしない。
これは訓練された奴の重さ、そして動きだ。
相手の年齢は二十代か三十代。少し太りつつあるが、力強さを感じさせる。
二人が組み合って動けないのは、力がおおよそ拮抗しているからだとペンスは即座に理解したし、相手もそのようだ。
しばらくお互いに力を込めていたが、まるで示し合わせたように二人が離れた。
「命の恩人だぞ、俺は」
襟首を直しつつそういうペンスに、男は顔をしかめながら、軽く頭を下げた。
「悪かった。しかしあれはないぜ。近くを飛ぶわ、ぶつかるようにポッドを回収するわ、エアロックに突っ込ませるわ、普通だったらそれだけで三回は死んでいる」
「じゃあどうしてあんたは生きている?」
「運が良いんだろう。純粋に」
思わず笑いだしたペンスに、男がずいっと手を差し出してくる。
「改めて、ケルシャー・キックス、傭兵だ。感謝するよ。名前は? それと階級も」
「俺はペンスと呼ばれている。ただのペンスだ。階級がないのはあんたと一緒だな」
手を握り返したペンスに、ケルシャーが訝しげになる。
「階級がない? さっきの放送は反乱軍を再集結させようとするようなものだったが?」
そう、さっきの人工知能向け音声は、反乱軍第四軍団を再集結させるための通信なのだ。
「話せば長いが、俺もただの雇われ人だ」
「傭兵か?」
「まさか。この船が戦闘に向いているように見えるってか?」
見えないね、とケルシャーが苦笑する。
「俺は世界最速の運び屋さ」
ケルシャーが頷いて、
「初めて見たが、こいつは良い船だよ。命の恩人だ」
と、笑みを見せた。
(続く)
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