1-15話 前へ

     ◆


 自由評議会が再開された時、十二人が揃っていることにカーツラフは安堵した。

 その仮想空間に、二人の男がいた。一人は士官で、もう一人、初老の男がいた。その初老の男こそ、ニーツヴァル提督だった。第四軍団の司令官。

 会議が始まると、評議員は徹底的にニーツヴァルを責めたが、彼は淡々とそれに応じた。

 主張はシンプルだ。通信が完全に不可能になり、軍団がバラバラに寸断された。その通信網の寸断と同時に、どこかから情報が漏れているとしか思えない、帝国軍の攻勢が始まり、集結地点さえも予測され、大打撃を受けた。もはや軍団の組織的運用は不可能とみて、解散させた。

 彼の副官だろう士官が第四軍団の現時点での損害を発表した。

 第四軍に所属する艦船は大小含めて五百ほどだが、そのうちの百が沈没、拿捕され、それと同数が行方不明ということだ。健在なのは六割で、ただし存在は確認できても、通信不可能な状況らしい。第四軍団が管轄していた宙域を脱出できない艦船が相当数にのぼる、との報告もあった。

 評議員たちは即座に投票システムを利用し、ニーツヴァル提督の更迭を決め、とりあえずは軟禁することもはっきりしたニーツヴァルとその副官が仮想空間から消える。

『帝国軍の情報攻撃は相当に深刻だな。手法はわからないのか?』

『情報部門が目下、全力で検証しています。答えが出るまでの時間は、七十二時間ほどだと聞いています』

『第四軍団の艦船を再結集させるのが先決だが、七十二時間は彼らの自助努力に頼むしかないのか……』

「よろしいですか」

 カーツラフに全員の視線が向く。

「私は、通信に関しては即座に対処する手法を理解しています」

『聞こう』

 評議員の一人のひと言に、カーツラフは少し間を置いて、簡潔に答えた。

「人工知能を使います。人間よりも有能です」

 沈黙の後、評議員の一人が少しだけ身を乗り出す。低い声が発せられた。

『人工知能の計算力はよく理解している。だが、帝国軍は通信を掌握しているのだぞ。つまり、人工知能の交信を盗まれ、最悪、人工知能を操られる可能性がある、ということだ。人工知能を乗っ取られれば、我々は内側から崩壊する。違うか?』

 こんな議論に意味はない、とカーツラフは思っていた。そもそも議論している場合ではない。だが、議論しないことには結論が出ず、結論が出ないことには、行動できないのだ。

「人工知能には、高度に発達した自己防衛システムがあります。そして人工知能が内部から我々を崩壊させるとするならば、なぜ人間が我々の内部から我々を崩さない、と言えるのですか?」

 ぐっと評議員が息を飲み、姿勢を戻した。

 それきり、誰も発言しない。カーツラフはじっと待った。待つことも、結論への道筋の一つになる。

『カーツラフ中将』議長が発言した。『人工知能に自壊するシステムを搭載してはどうだろうか。いつでも人工知能を機能停止、もしくは完全消去できる、そういう安全装置だ。それは現時点ではあるのか?』

 その言葉をカーツラフは即座に理解した。

 なるほど。議長も役者だな。カーツラフは頷いてみせた。

「その工作は専門家さえいれば、即座に可能です。記憶装置や演算装置を実際に破壊することも可能です。それでは、私が責任者になりましょう」

『いや、君では心もとない。諸君、私がそのスイッチを持ちたいと思うが、どうか?』

 ぐるりと議長が評議員を見回したが、誰も否定しなかった。

『では、決定だ。第四軍司令官についてだが、人工知能の限界を試す試金石とすることを提案したい。人工知能に関して、カーツラフ中将が一家言あるのは諸君も見ていたな? どうだろう、彼に任せては』

 今度は評議員の十一人が、揃ってカーツラフを見た。

 どういう表情をするべきか、迷ったが、ただ顔を伏せた。

『よろしい、決定だ』

 顔を上げたカーツラフは議長と視線を交わした。

『カーツラフ中将を、仮に第四軍団司令官とする。事態は非常に流動的だ。次の評議会は二十四時間後とする。解散』

 評議員たちが姿を消し、最後にやはり議長とカーツラフだけが残った。

『重荷を背負わせるな、中将』

「いえ、最後の仕事と思い、全力を尽くします」

 頷いた議長の姿が消えた。

 カーツラフは深く息を吐き、微かに首をうな垂れた。


     ◆


 ケルシャーは宇宙を漂いつつ、じっと帝国軍の掃海艇が発進してくるのを見ていた。

 いよいよこれまでか。

 自殺しようと思えば、いくつかの手段がある。簡単なのは生身で宇宙に出ればいい。

 今、彼は普段から来ている船外活動も可能なスーツを着て、ヘルメットは外してある。緊急開放レバーを引けば、あっという間に酸欠やら何やらで死ねるだろう。

 そうするべきか、真剣に迷ったが、ギリギリまで生きる気になった。

 別に帝国軍の良心に期待したわけではない。ほとんどエゴで構築された欲望、悪あがきだ。

 そうとなれば、この救命ポッドに留まる理由はない。すぐ近くに大きめの反乱軍の駆逐艦の残骸が浮かんでいる。あの中に隠れれば、救命ポッドよりは目立たないかもしれない。

 それでどれくらい勝率が上がるか、真剣に吟味した。

 あまり変わらないな。

 もっと決定的な何かが、ないだろうか……。

 そうしている間にも掃海艇は近づいてくる。

 そのロボットアームが、不気味とも言える動きで艦船の残骸を確保する。

 どうする……どうする……。


     ◆


 ダイダラの乗るフィッシャーマンは二機の機動戦闘艇を接舷させたまま、二度目の亜空間航法を終えて、何もない宙域に飛び出した。

 三姉妹が参戦して守った宇宙戦艦は一回目の跳躍では同じ場所へ出たが、どうやら二回目で全く違う方向へ飛んだらしい。

 ここに何があるんだ? とダイダラがゴーグルの中の視界を確認する。

『あれよ、お父ちゃん、見える?』

 マイの声と同時に、ゴーグルに小さな光が表示される。

 フィッシャーマンを操り、そちらへ向かう。

「お前が死んでなくてよかったよ、マイ」

『それ、もう何回聞いたかわからないよ、お父ちゃん。ラッキーだったんだから、もう忘れよう。あまり何回も言われると、私も不安になるし。また失敗するんじゃないかって』

『ちゃんとフォローするから大丈夫よ』

『そうそう。あまり気にしないでいいよ』

 やっぱり三姉妹は三姉妹だな、と思いつつ、ダイダラは目の前に浮かんでいるものをズームしていた。雑談だけしているわけにもいかない。

「小型の通信ユニットだな。回収するぞ。できるか?」

『私がやるわ』

 アイが名乗りを上げて、ロボットアームを展開する。人が抱えられる程度の小さな装置を器用に掴むと、格納庫に収納した。するするとロボットアームも格納された。

 操縦室を出て、格納庫に行くと、通信装置は確かにそこにある。横倒しなのを起き上がらせ、操作パネルを探すと、小さな文字で注意書きがあり、その通りにレバーを操作すると、外装の一部はスライドし、モニターと端末が現れた。

 よしよし。

 起動スイッチを押すと、低い駆動音が鳴り、モニターが灯った。

 写っている老人は、もちろん、ダイダラは知らない相手だ。

「どちら様で?」

 言いながら、ダイダラは相手の襟章に目を凝らした。

 どう見ても将官のそれ、中将の襟章に見える。

 男性が微笑んだ。

『私はセカル・カーツラフだ。階級は中将。今は、反乱軍の第四軍団司令官でもある』

「はあ、左様で」

 他に何が言えるのか、ダイダラには思いつかなかった

 反乱軍の将官と話すのは初めてだし、しかも軍団司令官である。

 どうもここのところ回転の鈍い頭が、やっとのことで記憶を探り出し、第四軍団の現状に気づいた。

「第四軍団は、なくなったはずだが、違ったかな」

『話が早くて助かる。私が第四軍団を再建する』

 それはまた、難儀な仕事を受けたものだ。ダイダラは初めて会った老人に同情の念を覚えた。

 それはそうと、自分がどう関わるのか、それがダイダラにはわからない。

 カーツラフが話し始めた。

『私は人工知能を活用した、帝国軍への逆襲を考えている。そこで君の元にいる三人の人工知能の力を是非とも、借りたい。その旨は、彼女たちに公爵を通じて話が届いているはずだ。どうだろう?』

 どこに視線を向けるべきか、ダイダラは迷った。

 三姉妹に実体がないことが、恨めしかった。

「どうなんだろうな? どうだ?」

 格納庫のスピーカーで、三つの声が同時に答えた。

『『『やります』』』

 保護者も楽じゃないな。ダイダラはそう思いつつ、モニターの向こうに相手に苦笑いした。

「そういうことらしい」

『この通信装置に組み込まれている端末が、安全な通信を保障する予定だ』

 はいはい、仰せのままに。


     ◆


 ケルシャーはついにすぐそこまで掃海艇が来て、決断を誤ったな、と理解した。

 迷っているうちにこうなってしまった。もっと早く決断して、例の駆逐艦の残骸に飛び込むべきだった。

 今、外へ出れば、掃海艇についている一基だけの粒子ビーム砲による攻撃で消滅するだけだ。

 これはもう、捕虜もやむなし、死刑も私刑もやむなし、か。

 掃海艇をじっと見た時、その向こうにその光が見えた。

 なんだ?

 それは高速でこちらへ近づいてくる。


     ◆


 宇宙海賊との通信を終えたカーツラフは、すぐに別の相手に通信を繋いだ。

「やあ、公爵」

 相手は渋い表情で応じる。

『もう私はその名前で呼ばれません、提督』

「私の世代ではそういうわけにはいかんよ。それはそうと、すぐにこちらへ来れるかね」

 画面の向こうのボビーが笑みを見せる。

『実は、勝手にそちらへ伺うつもりでした。公爵がそうなるだろう、と進言してきまして』

「なるほど」カーツラフも笑みを見せた。「いい読みだな。さすがは君の弟子だ」

『もう、弟子ではないですよ』

 どこか寂しそうなボビーが表情を改め、カーツラフを見た。

『詳しい話は、お会いして承りたいですが、なぜ、公爵は私をあなたの元へ向かわせ、あなたも私を呼び寄せようとしたのですか?』

 ふむ、とカーツラフは間をおいてから、さりげなく答えを口にした。

「君に軍団の指揮に加わって欲しいからだ」


 


(続く)

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