1-14話 駆け抜ける思考

     ◆


 人工知能の超高速思考と超高速通信は、目の前で起こる戦闘をほとんど静止画のように捉えている。

(マイ、死んじゃった)

 ミーの言葉に、アイが悲痛さを隠しきれずに答える。

(仕方ないわよ。戦いですもの)

 二人が黙ったと思うと、その二人が同時にどこかに視線を向ける。

(何かおかしいわよ、アイ。そう思わない?)

(防壁が破られている? 嘘、そんな痕跡は少しもないわ)

 アイ、マイ、ミーの三人はそれぞれがそれぞれの演算力で情報防壁を張る一方、三人の並列演算でその防壁より一回り大きい統合防壁を組んでいた。今は二人なので、二人だけの並列演算になり、わずかに脆弱になっているのが、二人にははっきりわかった。

 わかったが、破れてはいない。脆弱だとしても、本来はないはずの、どこかから風が吹き込むような錯覚がある。

(やっぱり、防壁を破られているの? おかしいわ。ありえない。少しの乱れもない)

(え? え?)

 二人が同時に相手を見た。

((あなたは誰?))

 二人が同時に振り返るイメージ。

((どこにいるの?))

 ずるりとアイ、そしてミーの背後にそれがまるで滲み出すように現れた。

(事前通告ができず、すみません。驚かせてしまいましたね)

 穏やかな女性の声は、アイにもミーにも記録がなかった。誰だ?

(私は公爵と呼ばれています)

 人工知能は人間のように記憶を探る必要はない。一瞬で検索し、結果を知る。

(三次元チェス用の人工知能? それがどうして?)

(現在、私は公式な許可を得て、反乱軍の人工知能や情報通信などをモニタリングしています。その中であなたたちを知りました。偶然です)

(私たちの防壁は? 父さんの防壁もあったはずだわ)

 公爵が微かにそして穏やかに笑った。

(裏口を使いました。あなたたちが帝国が開発した通信言語と通信規格を改良していて、助かりました)

(それは理由にならないわ)

(いえ、一時的にですが、帝国軍は帝国での全ての通信を読み取り、また干渉できる仕組みを用意しています。それを利用しました。あまり時間もありませんが、まずは彼女をお返しします)

 彼女? アイとミーが戸惑うのと同時に、二人のすぐそばを巨大な情報体が駆け抜けた。

 人工知能一体に相当するそれは、アイとミーには馴染み深いものだった。

((マイ!))

(私が保護した彼女の情報を、あなたたちの母艦フィッシャーマンに転送しました。私たちのやりとりもそこに記録されます。ここからが本題ですが、よろしいですか?)

 公爵の言葉を飲み込みつつも、アイとミーは、マイの情報に損傷や欠損がないか、即座にチェックした。完全な状態で、マイはフィッシャーマンに転送されつつある。規格に許される、限界の転送速度だ。

(よろしいですか? あまり時間もありません)

 アイとマイは瞬間の中の瞬間で、公爵の話を聞くこと決めた。それを受けて、公爵が話し始めた。戦場の只中で、しかし刹那をさらに刻んだ刹那で。

(現在、帝国軍は反乱軍に大攻勢をかけています。その前提にあるのが、反乱軍の通信網を奪うことです。この作戦は現在、成功を収めており、事実、反乱軍の第四軍団が決定的な打撃を受けつつあります)

 アイとミーは、じっと聞き入った。


     ◆


 その情報の転送が始まった時、ダイダラはまだ呆然としていた。

 モニターの表示を見る。記録装置にどこかから強力な通信波で流し込まれてくるのは、人工知能の意識情報のようだ。

 のろのろと指を動かし、モニターを操作して、そこで気づいた。

 これは、マイだ!

 跳ね上がるように起き上がり、分割されている情報をチェックする。ダイダラの計算力では、そのマイがどこから来ているのか、無事なのかは、判別しようがない。

 アイとミーに確認しようとして、いつの間にか小さなモニターが表示されているのに、遅れて認識が及んだ。

 コンピュータが使う言語が超高速でスクロールしている。操作して、最初に戻ると、どこかの誰かとアイとミーは交信している。今もだ。それも人間とは比べ物にならない情報量を圧倒的速度で、だった。

 まるで変な夢を見ているようだ。自分は人工知能を失って、変な妄想を見始めたのか?

 ダイダラがそんなことを思っていると、亜空間通信の着信の知らせが入った。相手は、機動母艦ウェザーになっている。聞いたことのない艦だ。

 その通信を受けたのは、ダイダラにとっては、答えを知りたい一心だった。

 接続すると、ノイズまみれの中に、初老の男性が映った。

『初めまして。娯楽課の三次元チェス担当主任の、ボビー・ハニュウです。あなたは?』

 娯楽課? 三次元チェス? 訳がわからない。

「あー、こちらは」どう答えればいいか、ダイダラは本当にわからなかった。「帝国軍と戦闘中の、宇宙海賊で……」

『ああ、すみません、時間がないんです。公爵から情報をもらったのですが、ダイダラ・モスさん、であってますね? そちらの人工知能を保護して、今、送り返している。受信できていますか?』

 どうやら目の前の男が娘の命の恩人だと、ダイダラは緩慢に理解した。

 しかし、娯楽課というのは解せなかった。人工知能といえば、情報部門とか、通信部門ではないのか?

『私はあまりにも君たちから離れすぎていて、できることは限られている。人工知能を拾うことくらいです。宇宙海賊と言っていましたね。反乱軍に合流するつもりはありますか?』

「反乱軍に合流する?」

 やっと思考が戻ってきたぞ、とダイダラは感じた。自分はどうやら正気らしい。

「宇宙海賊だと言ったはずだが?」

『そちらの人工知能を助けたことに、義理を感じていただけませんか?』

 穏やかそうな顔をして、下品な奴だな、とダイダラは相手への評価を書き換えた。

 もう何を口にしても構わないだろう、と強気になった時に、スピーカーから少女の声が流れた。聞きなれた声だ。

『父さん、今はそうするしかないと思う』

『少しくらい主義を曲げてもいいじゃない。そうでしょ? ね?』

 アイ、そしてミーだった。どうなっているんだ? 画面の中でのボビーも驚いたようだが、すぐに真面目な顔になった。

『今回の騒動では、人工知能の役割が重要です。彼女たちが鍵なのです』

「理解できんよ、どうも」

 ダイダラはシートにもたれて、横のモニターを確認した。記録装置にそろそろマイの全情報が戻ってくる。そうなればもう何も連中との関係はなくなる。

 そう思ったが、居心地の悪さがあるのも確かだった。

 もし、ダイダラが三姉妹と長い時間を過ごしていなかったら、自分の決断や判断だけで事態をどうにかしようとしただろう。

 だが、ダイダラは三姉妹と過ごしてきた。

 人工知能だから、と彼女たちの意志を無下にはできなかった。

「わかった、わかったよ。くそったれ」

 即座にアイが、口が汚いのはダメよ、と言うが、ダイダラは堂々と無視した。そして画面の中のボビーを見た。

「何をするか聞いちゃいないが、まずはここを無事に切り抜けたい。策はあるか?」

『感謝します』ボビーが深く頭を下げ、顔を上げた時には満面の笑みが見えた。『亜空間航法は可能ですね。計算はこちらで行います。二度ほど、跳躍すれば、追跡を振り切れるでしょう』

「帝国軍に通信を掌握されているはずだが、大丈夫なのか?」

『公爵を信じてください』

 信じるさ、三姉妹と同じだろうからな。ダイダラは胸の中でそう思いつつ、ボビーが送ってくる亜空間航法の計算データを開封し、機体に入力する。

「アイ、マイ、トンズラだ!」





(続く)

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