第20-4話 誰にも縛られない、誰も縛られていない
その後、若い兵士二人が俺に張り付いて、惑星リヤギの鉱物採掘場を見物し、それが終わったら、帝国軍の哨戒船に乗せてもらい、惑星ヒッジャを見物した。
哨戒船は演習宙域まで足を伸ばしてくれて、最新鋭の帝国軍の戦艦同士の模擬戦や、機動戦闘艇の編隊飛行や格闘訓練も見た。
そんなことをしているうちに半月があっという間に過ぎて、俺は惑星ヒッジャに近い、惑星オートナーで帝国軍に別れを告げた。
「中将閣下からの問い合わせですが」
別れ際に帝国軍の士官が耳打ちした。
「それは俺が言った通り、うまく無視してくれ」
「しかし、それにも限界が……」
「もう終わりだよ。俺を惑星オートナーに送り出した、と報告すればいいさ」
士官は冷や汗をだらだらかいていたが、結局、もう口答えしなかった。
俺は惑星オートナーの宇宙空港で、個人経営の輸送船に乗せてもらった。
人工知能が航行をコントロールして、乗組員は一人きりで、この乗組員はほとんど機関士のような立場だ。
年齢は六十代だろう。
目的地は惑星ミータだった。亜空間航法で三日の距離である。
老人は一日目は寝て過ごし、二日目は三次元チェスを始めた。
「君は指せる方かね?」
彼がどこかの誰かと対戦し、負け続けているのを見ていたら、そう訊かれた。
「父親に仕込まれました。でも強くはないですよ」
「やってみようか」
こうして俺は久しぶりに三次元チェスをやった。老人は年齢の割にそれほど強くもなく、俺と互角だった。決着がつかないまま一時間ほどが経過し、結局、駒が少なくなりすぎて引き分けに落ち着いた。
「乱暴かと思えば冷静だったな」老人が急に批評を始めた。「しかし、王道の、高貴な手筋とでもいうか……」
高貴、ね。俺が一番嫌いな言葉だ。
「お父上は、どういう立場の方かな?」
「父親ですか? しょうもない軍人ですよ」
「階級は?」
俺はしれっと答えた。
「士官にもなれない、適当な軍人ですって」
「そうかい」
老人は何かを察したのか、それとも本当に信じたのか、それで話を終わりにして、もう一局、指そうと誘った。
もう一局、差したものの、やはり引き分けに終わった。
「三次元チェスには人格が現れる。きみは案外、まともな人間のようだ」
「そんなことないですよ。いい加減で、何も考えていない。そういう姿をしているでしょう?」
老人は今までにない楽しそうな笑みで、目の前にあるチェス盤を指差した。
「本当にいい加減で、何も考えていない人間が、こんなチェスを指すものか」
やれやれ。老人は変な思い込みばかりするから、タチが悪い。
俺は誤魔化すように荷物からカードの束を取り出し、シャッフルしていく。
そんな俺を前に説教するように老人が語りかけてきた。
「君に三次元チェスを教えた方が、どういう方か、私は詳しくは知らん。しかし君の指し手を見ていると、その方の心も伝わってくるようだよ。お父上を、大事にするといい」
「まず、親父は高貴でもなんでもない。そして、二十年早く、その言葉を聞きたかったですね。もしくは、生まれる前から、そう言い聞かせてもらえれば、何かが変わったかもしれない」
何も考えずにそう答えて、話題を変えるために、俺はカードを机の上に広げた。
「一枚どうぞ」
老人が一枚引いて、確認する。
「山に戻して」
札が戻され、俺は束をまたシャッフルしていく。そして途中で止めて、一番上のカードを、テーブルの上で表にした。
「これでしょう?」
「よくできている」
老人が頷いて、こちらに手を差し出した。
「カードを貸してくれないか?」
今までに体験したことのない局面だったが、俺はカードを老人に渡した。彼が慣れた手つきでカードをシャッフルする。
なんか、嫌な予感がするな。
俺がやったように、机にカードが広げられた。
「一枚どうぞ」
一枚、引いた。ハートのAだった。
「戻して」
戻す。
老人は手元で俺よりも素早くカードをシャッフルし、手を止めた。
その一番上のカードが机の上にそっと置かれた。
その柄は、ハートのAだ。
「参ったな」他になんて言えただろう。「仕組みをご存知でしたか」
「私も若い頃、時間が余って練習したよ」
老人は優しそうに微笑んでいる。
「カードを的確に混ぜる技術、カードの位置を記憶する技術、見事だった」
「一本取られたな、これは」
老人はカードを俺に返してくれた。
たかがカードで心変わりするのも変だったが、俺は正直に、自分の父親のことを話すことにした。
帝国軍の中で、中将として辣腕を振るう、現役の軍人。
俺はその一人息子で、しかし不出来だと周囲から言われ、自分でもそれを示す気になった。親のコネでギリギリ滑り込んだような私立大学を飛び出し、ほとんど無銭旅行で、放浪を続ける、親不孝者。
その話を聞いても、老人は少しも動揺せず、時折、相槌を打って、聞いていた。
「いつか、お父上に旅のことを話すといい」
俺が話し終わった時、老人が静かにそう言った。
「別に聞きたくもないでしょう。俺は今も、あの人の顔は見たくないな」
「いつか、気持ちも変わるだろう。その時のことさ」
老人が席を立った。
「そろそろ食事にしよう。前と同じメニューだが、許してくれ」
その背中を見ていて、不意に思いついたことがあった。
荷物からカメラを取り出し、俺は全ての船に設けられている通信機に向かった。その通信機にはほとんど使われないが、プリンターも組み込まれているのだ。
カメラからデータを流し、印刷する。
老人が保存食の乗ったトレイを持ってリビングに来た。
俺は老人に印刷したその写真を差し出す。老人が席に戻りつつ、それを受け取って、少し表情を変えた。
「綺麗だな」
それは、惑星メトラードで撮った一枚だった。
広大な海に、点々と橋のアーチが描かれている。
「差し上げます。最近の、イチオシの一枚です」
「君は写真家になればいい」
「写真家なんて、最近は流行りませんよ」
お世辞だとわかっていたが、真面目に答えてしまった。
食事が終わると老人は自分の部屋で眠ると言ってリビングを出た。
俺はしばらくリビングの固いソファーに寝転がって、カメラに記録されている画像を眺めていた。
いろんなところへ行った。
でも、本当に逃げたいものから逃げられた実感はない。
何かが背後から迫ってくる。
逃げ続けるべきなのか、それとも立ち向かうべきなのか。
まだ、俺にはわからない。
カメラを鞄に戻し、操縦室に向かった。
端末を操作し、星海図を表示させる。
次はどこへ行こう。どんなところへ行こう。
じっと星海図を見て、俺は考えていた。
時間だけは、たっぷりとある。
そして訪れるべき星、訪れたことのない星もまだ、充分にあった。
(第20話 了)
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