第20-3話 本音と建前

 輸送船はいつかの傭兵会社の輸送船と乗組員の数は大差なく、四人だった。

 しかし船自体はかなり大きい。リビングも広いし、与えられた個室も広い。共用のシャワーも快適そうだ。ここにも乾燥機がある。これは嬉しい。

 食事は簡素だが、しかし量がたっぷりある。これは大歓喜。

「ロボットの腕を見せてもらおうか」

 乗組員のリーダーらしい五十代のごつい男が、出発して一回目の食事の後、いきなり俺に声をかけてきた。

 そのままもう一人の乗組員も加わり、三人で貨物室に移動する。

 貨物室にはほとんどぎゅうぎゅうにコンテナが積まれ、三機の人型ロボットが動くスペースだけが残されている。

 このロボットは身長は三メートルほどで、操縦は壁に取り付けられているシートで行う。両足のペダルと両手の操縦桿、そして腰と肩にもセンサーを付け、これでバランスを補正する。

 実際、十歳の時にちょっと遊んだ程度で、不安しかなかったが、そこはこの十年での技術的発展に助けられた。

 ほとんど素人ながら、俺が操作するロボットは滑らかに動いた。乗組員の一人が口笛を吹いたが、しかしこちらにはそれほど余裕はない。

「コンテナを一つ持ち上げてみろ」

 リーダーは甘くはない。

 俺は恐る恐るロボットを操ったが、コンテナを前にして、もう諦めた。

 どうとでもなれ。

 コンテナのフックに腕を引っ掛け、持ち上げる。

 ちょっとふらついたが、コンテナは持ち上がった。ロボットを歩かせる。

「どこへ置けばいいですか?」

 そんなことを尋ねる余裕もあった。いや、投げやりだったかもしれない。

 結局、コンテナは一度、床に降ろされ、もう一度、元あった場所に戻した。

 テストには合格したらしい。

「ちょっと雑だな、暇な時に練習しとけ」

 リーダーからはそんなお言葉があった。

 テクノロジーの発展に乾杯だ!

 それから俺は一日のうち二時間ほど、ロボット遊びに費やした。たまに他の乗組員が見学に来たりする。

 一度、ロボット同士でプロレスごっこをしていたら、一機のロボットの肩の関節が盛大に火花を吹いて、これには焦った。

 結局、その場にいた数人で修理をして、事なきを得た。

「帝国軍に物資を運んでいるんだって?」

 俺の訓練を見学していた乗組員の一人に、俺は話しかけた。ロボットは今、倒立してバランスを取っている。本来、想定されていない動きだが、機械的な抜群の平衡感覚で、成立していた。

 乗組員は不安そうに俺とロボットを見比べつつ、答える。

「反乱軍との衝突が予測されてね。この荷物は、まぁ、戦闘とは直接は関係ない。衣類だよ」

 衣類。本当だろうか。

 しかしコンテナを開ける訳にはいかない。そこまで興味もないけど。

 ロボットをブリッジさせてから、直立させた。手元の操作パネルをいじって、自己診断させる。損傷はない。各部オールグリーン。

 それからロボットを格納位置に戻し、俺は操縦シートを降りた。

「反乱軍も、何考えているのかねぇ」

 俺がそういうと、相手は顔をしかめて、応じた。

「帝国の横暴を許すな、ってことだろ」

「横暴を許すな? 帝国は横暴か?」

「比較対象がない。そういう状況こそが、異質かもね」

 ちらっと相手の顔を見ると、真剣な表情をして、天井を見上げていた。

「つまり、帝国の独裁体制に不満がある?」

「まさか。皇帝陛下は無謬だし、帝国も無謬。そういうことは疑っちゃいけない」

 さすがに警戒したか、彼はこちらに笑みを向けた。

 俺も笑みを返してみせる。

「ここには誰もいない。俺はどこにも属しちゃいないし、何を言ってもいいんだぞ」

「おっさんは尊敬するよ。あんなにロボットをうまく操る奴は、見たことがない」

「褒めてもらえて嬉しいよ。で、話す気はある? ない?」

「ないね。これでもちゃんとした帝国国民だ」

 あらら、ダメだったか。

 特別、この一人の男の人生をどうこうする気もないが、まぁ、ちょっとは俺の意見も口にしておくか。

「そういう、帝国国民は何も言えない、みたいなのは、よくないな」

「おいおい」彼はさすがに慌てた。「俺が密告したら、あんたは牢屋に入れられちゃうよ」

「正義を議論することが悪か? 本当に帝国や帝国皇帝が無謬か議論するのも、悪かね?」

 さすがに乗組員は慌てて立ち上がり、貨物室を出て行ってしまった。

 これはちょっと、まずい傾向かもな。俺も調子に乗りすぎた。どうやらロボットを自在に操って、有頂天になっていたらしい。

 惑星リヤギの宇宙空港に到着して、やっとロボットの腕を披露する場ができた。

 俺は次々とコンテナを運び、他の二人と協力して、三機のロボットは積荷のコンテナを一時間で運び出し、代わりの荷物を積み込んだ。

 俺はここで降りることになっていて、乗組員たちに挨拶をして、船を離れた。

 さて、惑星ヒッジャの様子を探るとしよう。あそこは帝国軍の演習宙域が近くて、宇宙母艦が常に配備されている。

 宇宙空港をウロウロしていると、やけに空港警備員が多いな、と思っていたら、そのうちの一人に捕まり、そうしてまた、気づくと悪い方へ俺は転がっていた。

「通報があったが、きみがディープ・ホリックという男で間違いないか?」

 警備員事務所で、俺は三人の警備員に囲まれていた。

「間違いないが、さて、どんな通報かな?」

「帝国と皇帝陛下への否定的な意見の持ち主だと聞いている。悪いがこのまま地上の帝国軍にきみを引き渡す。おとなしくしていてくれ」

 こういうことをしているから、反乱軍のような連中を増長させるんだ。

 俺が荷物に触れようとすると、警備員の一人がエネルギー拳銃を抜いたので、さすがの俺も手を止めた。その警備員を他の警備員が視線で制した。制したが、俺が荷物に触れるのも許可しなかった。

「そのカバンの中に身分証が入っている。それを確認してくれ」

「帝国軍がやるだろう。何もしないでくれ」

 やれやれ。こんな石頭ばかりなのが今の帝国だ。

 十分後、軍服の兵士が三人やってきて俺を引っ立てて地上へ専用シャトルで降りた。こういう税金の無駄遣い、エネルギーの無駄遣いはやめるべきだろう。

 惑星リヤギは鉱物が大量に埋蔵されている惑星で、数社の採掘会社が今も地中深く掘り進んでいると、どこかで聞いた。

 惑星リヤギの帝国軍の施設は質素なもので、形だけにようだ。物資貯蔵施設は絶対にあるはずで、もしかしたら、地下かもしれない。この辺の事情は最高機密のはずだ。

 取調室に放り込まれ、すぐに尋問が始まったがこれは形だけの尋問。

 すでに俺の罪状は決まっていて、彼らは俺に、帝国を愚弄したのか? だの、皇帝陛下は神に等しいお方で、だの、そんなことしか言わない。

 俺はのらくら答えて、時間を稼いだが、しかし結局、手錠をかけられ、略式裁判を待つ身となった。

 なったが、それはほんの三十分ほどだった。

 すぐに独房へ将校が二人、飛び込んできて、俺の手錠を外し、敬礼した。

「申し訳ありません、サリード様!」

 僕は手錠の跡をさすりつつ、その可哀想な将校二人に声をかけた。

「あまり騒がないでくれよ。これでも、身分を隠しているんでね」

「はい、あの、これは、中将閣下には……」

「あの人の事は気にしないでいい」

 不憫なほど怯えていた二人に、僕は荷物を返して欲しいとお願いし、それはすぐに叶えられた。最初から身分証を確認すればよかったものを。

 どうしてそういう基礎ができないのか、不思議ではないか。

 こういうところに、銀河帝国の腐敗が現れている。

 もちろん俺は、誰にもそれを指摘しないけど。

 無謬の皇帝陛下は、気づいていることだろう。

 そう思いたい。




(続く)




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