第18-3話 離脱、しかし

 結局、輸送船エトは廃棄され、俺たち三人は帝国の記録では行方不明となり、反乱軍の宇宙母艦グランドマへ戻った。

 また管制業務が始まった。技術屋とはあれ以来、会っていない。

 このまま表の任務も、裏の任務も、続くと思っていた。

 そんな時、帝国の参謀部から極秘メッセージが届けられた。何重にも暗号化され、ノイズに偽装された通信だった。

『可及的速やかに帰還すべし』

 俺はホッとした後、すぐに気持ちを切り替えた。

 脱出のための手段はいくつか用意されている。

 とりあえず、自分が手に入れた情報をまとめて、二つのメモリーカードに暗号化した。片方をカバンに、片方を靴の底の秘密の空洞に入れておいた。

 身支度を整え、荷造りもするけど、同室の兵士にわからないようにしなくてはいけない。

 その日は普通に任務をこなし、帰り際に監督役の少尉に声をかける。

「あの、少し特別休暇をいただきたいのですが」

「特別休暇? 珍しいね。いつ?」

 俺は二日後から五日間、と口にしたが、少尉はいい顔をしなかった。

「三日で我慢できるかね? それに何の用だ?」

「弟に子どもが生まれまして」

 弟に関するデータは偽造だが、しかし反乱軍のデータでは、事実として記録されている。

 少尉は弟についてしつこく聞いてきたが、俺は事前に設定されたシナリオをそっくりそのまま話した。まるで暗記力を試されているようだった。

 結局、少尉は渋りながらも受け入れた。

 一日をのんびり過ごし、その翌日、自然な様子で荷物を抱え、俺は格納庫へ向かった。

 近くの宇宙空港までのシャトル便である。一緒に乗ったのは、やはり休暇らしい曹長が一人、軍曹が一人だった。顔見知りではないので、誰もしゃべらない。

 輸送船が発艦し、亜空間航法で二時間。たどり着いたのは民間の宇宙空港だった。

 その空港で、大型旅客船に乗り換え、亜空間航法で二日。

 これでもう、宇宙母艦グランドマでは、俺は無断欠勤の上に、艦内に姿がない、という事態になっただろう。

 もう戻ることはできない。

 到着したのも宇宙空港で、ここでも乗り換え。

 さらに二日の旅の後、目的地の軍事惑星レグラフに到着した。その時には俺も、帝国軍の制服を着ている。

 この惑星には軍人しかいないのだ。帝国軍の指揮権限を持ついくつかの惑星のうちの一つになる。

 衛星軌道上からシャトルで地上へ降りた。地上はもう基地の中だ。それぞれに飛行車両に乗るか、自動車に乗るか、歩くかで目的地へ向かっていく。

 俺は参謀部の建物に向かった。さすがに軍事惑星だけあって、参謀部だけでもちょっとしたビルだ。

 受付で話をすると、ミータ作戦部長のところへ出頭するように言われた。俺を反乱軍に送り込んだ士官だ。彼のオフィスが変わっていないことを確認し、俺はそこへ向かった。

 彼のオフィスのドアの前に立つと、柄にもなく、緊張した。

 ノックして、声が聞こえたのを確認して、中に入る。いや、入ろうとした。

 いきなり、引きずり込まれた。

 何が起こっているのかわからないうちに床に転がされ、腕に激痛。

 やっと自分が憲兵に確保されているのだとわかったが、理由は皆目、検討つかない。

 憲兵は二人で、無言。

 無言のまま、俺の荷物を取り上げ、俺の体から拳銃と携帯端末を取り出し、さらに何かを探っている。

 声をあげる余裕もなかった。

 憲兵の一人が俺から離れた時には、俺は後手に手錠をかけられていた。

 俺の鞄の中身が広げられ、チェックされていく。

「手荒い歓迎は勘弁してくれ」

 声のほうを見ると、執務室の向こうからこちらへ歩み寄ってくるミータ作戦部長がいた。

「君には重大な嫌疑がかけられている」

「わ、私は……」

 さっとミータ作戦部長がこちらに手のひらを向けた。

「弁解は必要ない。客観的事実こそが重要なのだ」

「大佐」憲兵の一人が静かに言った。「メモリーカードです」

 憲兵からカードを受け取り、ミータ作戦部長は頷いている。

「発信器は?」

「ありません」

「それもそうか。ここの場所ははっきり公開されているしな。盗聴器、盗撮装置、記録装置、爆発物、何もなしだな」

 憲兵が頷き、「はい」と低い声で言った。

 その間も俺は床に転がされているのだから、たまったものではない。

「私は帝国のみを信じています」

 自分が言うことになるとは思えない言葉、まるでドラマの中のようなことを俺は口走っていた。しかしミータ作戦部長も憲兵も、心を動かされたりはしなかった。

「座らせろ」

 指示に従って憲兵が俺を抱え上げ、椅子に座らせた。乗せた、と言ってもいい。 

 俺の目の前で、俺が書いたデータが表示されていく。

「ふむ、反乱軍の兵站の一部を、これで暴けそうだ」

 こちらに聞かせるためだろう、ミータ作戦部長が画面をスクロールしつつ、言葉にする。

「君は確かに反乱軍の情報に接する立場にあった。ところで」

 ギラリと目が光ったような気がした。

「この男を知っているかね?」

 部屋の真ん中に知らない男の顔が、立体映像で浮かび上がった。

「知っているか? 知らないのか?」

「知りません」本当に知らなかった。「何者ですか?」

「ガイルン・コロネットくんだよ」

 ガイルン・コロネット?

 それは、俺の名前だ!

「本人と対面した方がよかろう」

 憲兵の一人が通路に出て行く。

 本人? 何が起きているのか、わからなかった。

「ご本人の登場の前に、話しておく」

 ゆっくりとミータ作戦部長が言った。

「一日前、ガイルン・コロネットを名乗る男がこの基地へやってきた。最初は完全に騙されたよ。結果から言えば、やや重要度の高い情報が漏えいした。代わりに彼は捕縛され、今は、あるいは死んでいるかもしれない」

 言っている意味が、飲み込めた。

「スパイ、ですか?」

「そうだ、メザー・ヴェルヴェンスキーくん。君になりすましたのだよ」

 全く事情が分からなかった。

 俺の本名を、反乱軍の奴らが知るわけがない。当たり前だが、一言も、誰にも話していないのだ。情報を探られた? 帝国軍がそれを許す? ありえない。ありえないはずだ……。

 部屋のドアがノックされ、そこが開くと、憲兵二人が一人の男と一緒に入ってきた。

 いや、男はもう、自分の足で立っていない。

 部屋の中に放り出された男は、糸が切れた操り人形の如く、床に伸びた。

 両手足がおかしな方向へ曲がっている。関節を破壊する拷問を受けたのだろう。

 顔がうつむいていて、見えない。男からは何かが腐ったような、胸が悪くなる匂いが漂っていた。

「この顔に見覚えはないかね」

 近づいてきたミータ作戦部長が、自ら、男の顔を持ち上げた。髪の毛を鷲掴みにして、無造作に。

 現れた顔は、正視に耐えないものだった。

 歯はほとんど失われ、鼻は潰れている。そこここがどす黒いアザになっていて、腫れ上がった輪郭は、先ほどの立体映像とは別人だ。

「し、知らない」

 俺は自分の未来を予測してしまい、震えていた。

「知っているか?」

 今度の問いかけは、拷問の跡が生々しい男へ向けられている。

「そこの椅子に座っている男を、知っているか?」

 その男のまぶたがかすかに動き、口元が力なく動く。

 声はほとんど出なかった。

 でもそのかすれて、力ない声は、逆にはっきりしていた。

「メ、ザー……」

 男が答えた。

 なぜ、知っている?

 奈落に突き落とされたその瞬間でも、人間は意味のない疑問を思い浮かべてしまうらしい。

 ミータ作戦部長が男の頭を解放し、こちらに向き直った。

「取り調べを受けてもらうよ、メザー。いや、ガイルンか? まぁ、どちらでもいい」

 俺は憲兵に抱え上げられた。




(続く)

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