第18-4話 譲れないもの

 拷問は熾烈を極めた。

 でも、俺には口にできることは何もなかった。

 任務を忠実に果たしたはずだ。

 俺の身分を名乗った男のことも、全く知らない。

 帝国軍の連中は、俺が反乱軍に情報を流したと思っているようだ。

 全く違う。ありえない。

 俺は帝国に忠誠を誓っている。

 だがそんな主張を彼らは意にも介さなかった。

 徹底的な責め苦。地獄の苦しみ。

 ここで罪を認めれば、楽になれる。例え、でっち上げられた罪でも、それがあったことにしてしまえれば、楽になれるだろう。

 何度もそう思い、繰り返し否定した。

 が、それも限界に達した。

 両手足を粉砕する、と宣言され、実際にハンマーの一撃で右足の足首から先がなくなった時、俺は悲鳴をあげ、そして罪を認めた。

 拷問は終わった。

 牢に放り込まれ、拷問よりマシな取り調べが始まる。

 俺は何も考えられず、ただ取調官が話す内容を復唱した。

 こうして俺は国賊となった。

 帝国軍人として反乱軍に潜入しながら、奴らに共鳴し、共感から帝国を裏切り、自分の身分を使って反乱軍のスパイを軍事惑星に潜入させた。

 めちゃくちゃなシナリオだった。

 しかしもう、どうでもいい。

 早く楽になりたかった。

 俺の末路は決まっていたからだ。

 例の、俺より先に捕まった、俺を名乗った男のことは、少しだけ気になったが、もうどうなったのかわからないし、第一、生きているとも思えない。

 取り調べが終わり、裁判が開かれる前に少しだけ考える時間ができた。

 ありそうな展開は、俺の存在は初めから反乱軍に露見していた、ということだ。スパイと知っていて、利用していた。

 反乱軍も俺のことを探りに探り、どこかの筋から俺の本当の個人情報を手に入れた。

 なら、俺になりすまして軍事衛星に手のものを送り込むのも可能だ。

 つまり例の拷問でボロボロだった男は、正真正銘の、反乱軍のスパイだ。

 俺のことをメザーと呼んだのも、それが理由だ。

 どこかで俺を見ていたんだろう。

 結局、俺はいいように反乱軍に処理されたわけだ。

 自分の無能さに腹が立ったが、もう手遅れである。

 死ぬまでの残された時間をどうするべきか、考えた。

 例の宇宙母艦の爆破テロで死んでいれば、少しは楽になれたものを。

 あそこで宇宙の塵になった方は、よかったかもしれない。

「おい」

 突然の声は独房にある唯一のドアの向こうから聞こえた。

「メザー、聞こえているか」

 はっきりした声だった。誰だ?

「逃げるつもりはあるか?」

 なんだって?

「返事をしろ。時間がない」

 返事が、できなかった。しばらくの無言の後、相手は、「また来る」と言って、そのままドアの向こうから消えたようだった。

 何が起こったのか、理解の範疇を超えている。

 逃げる?

 翌日も、相手は現れた。

「明日がここに来れる最後だ。急いで決めろ」

 相手はそう言ったが、俺は何も言葉を返せなかった。短い沈黙の後、相手が苦々しげに囁く。

「テロであんたを解放するつもりだった。すまん」

 その言葉を最後に、また気配は離れた。

 テロで解放する。

 俺はどうにか考えようとした。

 テロで解放する? あの宇宙母艦の爆破テロか?

 あそこにいたら、死んでいただろう。

 そうなのか? 何らかの方法で、死んだふりをする?

 そうすればメザー・ヴェルヴェンスキーという男は、死んだことになる。

 死んでしまえば、帝国のスパイとか、反乱軍の兵士とか、そういう立場がそもそもなくなる。

 解放されるとは、そういうことだろうか。

 謎の相手は明日が最後だと言った。

 間違いなく彼は、反乱軍の一員だ。

 俺を救出に来たのか、それとも仲間の救出のついでなのか。

 もう俺の人生は長くない。近いうちに銃殺だろう。

 だったら、反乱軍で生きていくべきではないのか?

 その夜はなかなか眠れなかった。

 翌日の夕方になって、また声がした。

「決断できたか? これが最後だ」

 俺はドアににじり寄り、小さな声で言った。

「地獄に落ちろ」

 相手は沈黙の後、小声で「すまん」と言って、離れていった。

 一分ほどすると、大音量でサイレンが鳴り始めた。どうやら本当に、反乱軍は仲間を救出に来たらしい。

 サイレンは一時間ほど鳴り響き、遠くで人が騒いでいるのも聞こえた。

 俺はどうすることもできないので、寝台に横になって、じっとしていた。

 その騒動がどういう顛末だったかを、俺は知る術がなかった。

 騒動から一週間後、非公開の軍事法廷で、俺は死刑を宣告された。

 執行までは三日で、俺は遺書を書いたが、もちろん、どこにも公開されないだろう。宛先は、両親にしたが、俺がこんなことになり、両親が平穏無事とも思えなかった。

 執行の日も普通に朝が来て、朝食を食べ、係員が呼びに来るのを待った。

 憲兵に連れられて、建物の外へ。

 数え切れないほどの銃殺が行われたその壁には、血痕こそ洗い流されていて見えないが、弾痕が無数に刻まれている。

 俺は壁に向かって立った。

 背後で何人かが銃を構える音。

「やれ」

 俺が何かを考えるよりも先に、銃声が鳴り響いた。

 昔ながらの火薬で鉛玉を打ち出す、処刑のための銃撃。

 背中に衝撃が走り、全身の力が何かに吸い出されるように消えた。

 灼熱、遅れて痛み。

 足から力が抜けて、倒れこんでいく。

 悲鳴をあげようとしたが、喉元を何かがせり上がり、血の味が口を満たす。

 倒れこんで、全身が寒く、震えていた。

 死というものは、極寒を伴うらしい。

 俺はしばらく寒さに耐え、それが消えていく中で、少しずつ楽になっていくのを感じた。


     ◆


「地獄に落ちろ、か」

 反乱所属の密輸船のリビングで、彼は小さく呟いた。

 亜空間航法での二週間の旅は、やっと真ん中まで進んでいた。

「なんです? 軍曹」

 乗組員の上等兵が、彼の方をみた。上等兵を見やり、首を振る。

「地獄に落ちろ、なんて、実際に言われるとは思わなかった」

「お仕事でですか?」

「それも慈善事業でね。命を助けてやると言ったんだが、地獄に落ちろ、ときたもんだ」

 上等兵は神妙な顔で、姿勢を正した。

「主義主張は人それぞれですよ」

「だがなぁ……、自分が死ぬとわかっていて、助かる可能性が目の前にあるのに、それを捨てるかね」

 その言葉は、上等兵には面白かったようだ。

「利敵行為だと思ったんでしょう。立派じゃないですか。そういう奴こそ、本当に信頼できると思いますよ」

「そうかい。命を捨ててまで、奉公する相手でもないと思うが。特に帝国なんぞはな」

 しばらくリビングに沈黙が降りて、上等兵が再び電子端末で電子新聞を読み始める。

「やってられんよ」

 彼が呟くと、上等兵が頷く。

「誰もが納得する結果なんて、ないですよ」

「達観しているな、きみは」

「難しく考えないようにしているんです。考えるほど難しくなって、ややこしくなる」

 彼は何も答えずに立ち上がり、少し眠ることに決めて、寝室へ向かった。

「忘れることです、嫌な結果は」

 上等兵の言葉を背中に受け、彼は背を向けたまま応じた。

「地獄に落ちても、忘れられないだろうさ」

 そのまま、彼はリビングを出た。

 足運びは、重たげだった。





(第18話 了)

 

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