第18-2話 正体不明の男

 ちょっと帝国で働かないか?

 宇宙母艦グランドマの兵站課オフィス、その課長室でそう言われた時、何を言われているか、すぐに理解できなかった。

「帝国の手法を学ぶための作戦がある。我々からの参加者の一人に、君が選ばれている。拒否できるが、どうする?」

「帝国の手法を学ぶ、ですか?」

 寝耳に水で、反射的に聞いていた。課長は重々しく頷く。

「帝国軍ではなくて、民間の、小規模の宇宙母艦だ。しかし正規の帝国領内なので、ここよりも激しい船舶の往来がある。そのやりくりの手法を取り入れたいわけだ」

「そんなことが可能なのですか? 反乱軍とわかったら、大事では?」

「彼らは我々が反乱軍だと知っている。失礼。彼らではなく、彼らの指揮官は、ということだ」

 俺は必死に頭を巡らせた。

「その指揮官は、協力者ですか?」

「その通り。これは別に意外でもなんでもないよ」

 そんなことを言われて、話し合いの結果、俺はその作戦に参加することになった。

 出発は三日後、すぐに荷造りする必要があった。

 当日、格納庫へ行ってみると、兵站課からは俺ともう一人、あとは技術屋が一人の、三人だけだった。もっと大勢かと思ったが、違うらしい。

「命がけですね」

 言葉の内容とは裏腹に、俺の同僚は楽しそうだ。

 技術屋はじっと手元の電子書籍に目を落としている。

 俺はといえば、イヤホンで音楽を聴きつつ、目をつむっていた。

 考えていたのは、これでは二重スパイのような形になってしまう、ということだった。

 反乱軍に帝国の情報を流したりすれば、俺の立場は一気に怪しくなる。

 この任務は断るべきだったかもしれない。

 ただ、違う側面があるのも事実だ。

 これから行く宇宙母艦での任務は、帝国内に巣食っている反乱分子をあぶり出すことができる。そこが最後の望み、いや、最後じゃないけど……。

 宇宙母艦まで亜空間航法で半日だった。

 本当に小さい宇宙母艦で、格納庫は俺たちが乗ってきた船で四分の一が埋まった。これはものすごく邪魔だろう。仕事をしていて、格納庫を長く占拠されることには嫌悪感を抱くようになっていた。

 艦内に入ると、すぐに艦長と挨拶をした。技術屋がメインで話をしているのを見ていたが、艦長は反乱軍と関係なさそうだ。同室している副官を伺うがこちらだろうか。

 艦長室から解放されると、管制室に連れて行かれた。

 管制室はグランドマとそれほど規模が変わらなくて、驚いた。

 監督が一人、連絡員が三人だ。

 この部屋まで、艦長の副官が付いてきていた。艦長は仕事があると言って外した。

「この艦では、人工知能を多用する実験が行われています。船舶の管制もそのうちの一つです。ここで任務に当たる連絡員は、非常にタフな仕事ですよ。人工知能のミスを必死に探るわけで休む間がない。もっとも、今までに人工知能がミスをしたことはありませんが」

 俺たち三人はしばらくその部屋での様子を眺めていた。

 投影されている巨大な立体映像は、見慣れたものに近い。球形の中を、船が行き交う。

 管制室を出て、宿泊用の部屋に案内された。四人部屋だ。

「ここは盗聴も盗撮もありませんから」

 何気ない調子で、副官が言う。やはりこの男が反乱軍の内通者なのだ。

 俺は彼の顔をじっと見つめ、視線が合う寸前に外した。

「人工知能の基礎プログラムが見たい」

 技術屋の言葉に副官が頷く。

 俺も今なら自然に言葉を発することができる。

「あんたはどうして反乱軍に?」

「おや、勘違いをしているようですね」

 相手はにっこりと笑った。どこか狂気じみた笑みだ。

「私は反乱軍ではない。帝国軍が嫌いなだけです」

 どういう意味なのか計り兼ねたので、俺は苦笑いを返しておいた。

 彼が出て行って三人になると、技術屋がぼそぼそと喋った。

「ありゃテロリストの顔だ。早めに退散するべきかもな」

「自暴自棄ですね、どうも」

 技術屋も同僚も、何か経験があるのか、そんなことを言っている。俺だけが呑気なようで、ちょっと気持ちを引き締める気になった。

 翌日には技術屋が人工知能の基礎情報を確認し、解説役の技術者と意見を戦わせている。

 俺と同僚の二人は、三人の管制官の様子を眺めているだけだ。

 その日もあっという間に終わり、翌日の朝には船で帰ることになる。

「民間の空港職員があんなに人工知能について知りたがったら、不自然ですよ」

 俺は一応、技術屋に声をかけておく。俺たちは民間の空港職員というのが偽装している身分だった。

 夕食後で、三人はめいめいに酒を飲んでいた。

「マニュアルに書いてあることが全てじゃないんだ」技術屋がグラスを傾ける。「実際に作った奴、直した奴の話が重要なのさ」

「そんなものかねぇ」

 会話はあまり盛り上がらなかった。

 翌朝になり、食事の後、艦長の副官に見送られて、輸送船は宇宙母艦を離れた。

 亜空間航法で、追跡を振り切るために複雑に転移を繰り返していく。

 通常空間に出て、その時には宇宙母艦グランドマが現れた。

 今回の研修で、俺は結局、帝国軍内部の反乱軍スパイを見分けることができなかった。

 よく考えてみると、例の副官の男が、独断で反乱軍に情報を流した、と考えるのが妥当かもしれない。

 しかし、何のために?

 グランドマがみるみる大きくなるうちに、通信機が鳴り始めた。

 操縦士席の技術屋が端末に触れる。

『輸送船エトだな?』

「そうだ」技術屋が応じる。「何かあったか?」

『宇宙母艦オープナーが爆破された』

 オープナーはついさっきまで俺たちがいた宇宙母艦だ。

「爆破? どういうことだ?」

 さすがの技術屋も困惑していた。俺も、同僚も、顔を見合わせるしかない。

『テロらしいが、詳細は不明だ。だが、これは大問題だぞ』

「俺たちが疑われる?」

『爆破寸前に離脱したのは、あんたらだ。これはどうやら、帝国警察、帝国軍がやってくる。念のため、グランドマを離れて、避難地点へ向かえ』

 技術屋がそれを復唱し、輸送船は機首を巡らせる。素早く亜空間航法の計算が始められた。

 念のため、というのは、戦闘に巻き込まれないため、ではなく、いざという時、この船、輸送船エトを囮にする可能性を言っている。

 避難地点には、民間を装った古びた宇宙母艦があるはずだ。今頃、グランドマからの遠隔操作で、このエトの、帝国における公的な履歴も書き換えられているだろう。

「とんでもないことになったな」

 技術屋がぼやく。レバーを倒すと、亜空間航法が発動し、モニターは全て青空のそれに変わった。

 三人でリビングに移動し、雑談が始まった。

「やっぱりあの男かもな」

 かも、と言いつつ、技術屋は決めつけているようだった。

「反乱軍を呼び寄せて、テロを起こせば、俺たちにも被害を与えられる」

「そんなことをして得がありますか?」

 俺が尋ねると、技術屋は肩をすくめた。

「テロリストが損得を考える場面は少ない。そういう思慮をしない、もしくは、度外視するのがテロリストなんだな。最悪なのは、俺たちを巻き込んで、帝国軍と反乱軍の衝突を誘発するとかになる。しかし俺たちはテロリストじゃない。犠牲を最小限に、争いも最小限にしようとする。反乱軍がテロリストじゃないのは、その一点にある」

 俺は黙って彼を見返したが、彼も何も言わずに、自分で用意したお茶を飲んでいた。

「これから、どうするんでしょうねぇ」

 同僚の途方にくれたような声に、俺は首を振る動作で答えた。




(続く)

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