SS第18話 地獄に落ちろ

第18-1話 本当の任務

「軍曹! ヴェルヴェンスキー!」

 背後からの声に、俺は振り返った。

 通路を靴音高く、一人の青年がやってくる。

「ちょうど会えてよかった」彼はそう言って、俺に軽く頭を下げた。「一時間後に当直に入る奴が急病なんだ」

「あの」

 相手の階級が少尉なので控えめに反論する。

「私は十六時間の休暇の真っ只中なのですが?」

「まさか輸送船のスケジュールを止めるわけにはいかない。どこかで補填するから、今から一緒に来てくれ」

 十六時間の休暇は四時間で終わりのようだ。ちょっとした買い物に出て上司と鉢合わせしたのが運の尽きか。

「了解しましたが」俺は自分の服装を見せる。「私服じゃまずいでしょう?」

「ああ、そうだな」

 少尉は何かから解放された表情で頷くと、着替えてオフィスへ来るように、と告げて、小走りで去って行った。

 やれやれ。

 俺は部屋に入り、素早く買っ方ばかりの食べ物を腹に納めると、制服に着替えた。眼鏡を外して、調整する。このメガネには超小型のカメラが搭載されているのだ。

 姿見で異常がないか確認し、オフィスへ向かう。

 通路ですれ違う男女がどこか疲れた様子なのは、時間が十八時過ぎだからだろう。ちなみに艦内時間だ。反乱軍の構成員の大半は、人間的なリズムで生活を送っている。

 俺が見たことのある艦船や機動戦闘艇、宇宙母艦などは、それぞれの間で微妙に艦内時間をずらしてあるようだ。

 これが不便なようで、逆で、自然と二十四時間、どこかしらが稼働していることになる。

 大半が眠りこけていても、比較的近い位置では、意識がはっきりしている連中がいて、もしもの時は救援に来る。

 実際にそういう場面はなかったが、そんな理屈だろうと推測できた。

 さて、オフィスに入ると二人の青年がデスクに向かっている。その二つのデスクより少し外れて、さっきの少尉がいる。

 ここは宇宙母艦グランドマの中にある、兵站課調整室の、平時運行立案及び通達室だ。

 青年の一人がこちらを振り返り、次に少尉を見た。

「交代してよろしい」

 表情を輝かせた青年が席を立ち、俺がそちらへ向かう。

「悪い、だいぶ混雑している」

 すれ違う時にそう言われたので、軽く頷いてみせた。

 席に座って、目の前の複雑な立体映像をチェックする。

 この立体映像は三重の球体でできている。

 中心にあるのがこの宇宙母艦グランドマで、それぞれの球は距離を示している。

 三つの球の中には無数に光の点があり、それぞれに短い数列があった。

 光点は、輸送船とか密輸船とか、戦闘艦とか巡航艦とか、ありとあらゆる艦船だった。

 俺のここでの仕事は、グランドマへやってくる、もしくは寄り道する艦船を、渋滞させずに格納庫に入れたり、接舷させたりすること、荷物を時間の無駄なく受け取り、あるいは押し付け、送り出すことだ。

 管制官とも呼ばれるこの仕事だが、指揮室の連中のやり方が気に食わない兵站課が、ありとあらゆる手を尽くして、この管制業務を掠め取ったと聞いている。

 俺は何度も何度も目の前の図をチェックし、計画を練った。その間にも輸送船団は近づいてくる。

 気合を入れて、イヤホンを付け直し、目の前のマイクを口元に近づけた。

 それから八時間、深夜まで俺は仕事を捌きまくり、時間を忘れた。気づいたときには八時間が過ぎていて、肩に手を置かれて次の当直の兵士に気づいたくらいだ。

「お疲れさん」

「後を任せます」

 俺が入れ違いに席を立ち、少しストレッチしていると、少尉が声をかけてくる。

「助かった。明日は一日、休みでいい」

「ありがとうございます」

 頭を下げて、ゆっくりと部屋を出た。

 通路は閑散としているし、薄暗い。もう真夜中なのだ。

 二十四時間営業の軽食屋でちょっとしたものをテイクアウトして、割り当てられている部屋に戻った。

 部屋を出る時にはいなかった同室の軍曹はすでに眠っているようだ。片方のベッドはカーテンで囲まれていて、見えない。微かな呼吸音。穏やかだ。

 俺は着替えて、寝台に横になった。もちろん、カーテンも閉めてある。

 軽食を口に運びつつ、端末を取り出した。そこに小型の記録装置をくっつける。

 そして俺の第二の仕事が始まる。

 今日の仕事でわかった、反乱軍に所属する船舶の情報を記録していく。船舶番号、所属している会社、乗組員の数、どのルートを飛行しているのか、どこから宇宙母艦グランドマへ来たのか、何を積んでいるのか。

 兵站課の管制業務は、俺の本当の仕事をするには、最適な現場だった。

 反乱軍の兵站、まさに生命線が目の前ではっきり見えるのだ。

 俺は反乱軍の軍曹、メザー・ヴェルヴェンスキーだが、本当の名前は違う。

 本当の名前は、ガイルン・コルネット。

 所属は帝国軍参謀部諜報課、階級は中尉だ。

 スパイなのである。

 反乱軍に潜り込んで二年が過ぎようとしていた。

 課長からの指示で、情報を帝国へ転送したことはほんの数回だ。俺の存在が露見することの方が問題で、情報も欲しいが、俺のような存在も貴重である、ということらしい。一回目の送信の後、そんな返事が来た。

 諜報課には凄腕のスパイたちがいたが、俺は実際、彼らの後塵を拝す立場だった。

 それがどういうわけか、こうして一線の仕事を任されている。

 燃えないわけにはいかない。むしろ猛っている。

 ここで功績を挙げれば、俺もまた違う男になれそうだ。

 覚えている限りを記述し、補助的にメガネのカメラが記録した映像も記録した。記憶装置に全てを登録した時には朝が近くなっていた。

 記憶装置を隠し、ゆっくりとカーテンを開く。同室の男はまだ寝ている。

 俺はシャワーを浴びに行き、帰りにやはり軽食を手に入れた。

 部屋に戻ると、こちらの正体を知るよしもない軍曹が身支度を整えていた。

「おう、おはよう。昨日はいつ帰ってきた?」

「深夜だよ」

「急な仕事か。忙しい仕事だもんな。俺はこれからだ」

 彼は兵站課ではなく、装備課の担当だ。装備課のやっていることは俺の次の段階で、輸送船が運んできた兵器や弾薬を分配するか、あるいはそれらの取り付けや整備となる。

 実際、ルームメイトは良い体格をしている。

「じゃあな、メザー。おやすみ」

「仕事、頑張って」

 一人になってから、ゆっくりと軽食を食べた。寝台に横になり、灯りを遮るためにカーテンを引き、部屋の明かりも消した。

 暗闇の中に、ぼんやりと光の球体の幻が見える。

 ここにある情報にどれだけの価値があるかは、俺には判断できない。

 しかし帝国による、反乱軍壊滅、という目的には、少しは貢献できるはずだ。

 それにしても、目にあの立体映像が焼きつくとは、これはほとんど職業病では?

 寝台の上で目を揉みほぐし、ちょっと寝返りを打って、眠ろうとした。

 俺は帝国のためになるなら、なんだってやる。

 そうすれば認めてもらえるはずだ。

 こんなところからもすくい上げてもらえる。

 小さな音ともに携帯端末がメッセージの受信を告知し、確認すると上司の少尉からだった。休暇は三十時間で、次の当直は明日の昼過ぎかららしい。丁寧なことだ。

 端末を放り出し、今度こそ、俺は眠ろうとした。




(続く)

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