第17-4話 消え去ったもの
失踪事件は結局、十人以上の被害者は生まれなかった。
その代わり、スティール船舶の支部長が姿を消し、サルーン輸送の社長と事務員の女性も消えた。ヒマッカに戻ってきたサルーン輸送に所属していた輸送船の乗組員たちは、路頭に迷うことが確定し、その後、バラバラに散っていったようだ。
俺たち三人はそんな輸送船の乗組員たちにヒモをつけておいたが、何の成果もなかった。彼らはまた別の輸送会社に所属し、今も宇宙を飛び回っている。
スティール船舶の支部長は、失踪と同時に支部のデータベースを破壊しており、つまり、彼だけは失踪ではなく、逃亡というべき事態だとはっきりしている。
そしてサルーン輸送の二人も、逃亡だろうと俺たちは見ていた。
しかし捜査が頓挫したのは、三人の逃亡がはっきりしてから、一週間後にある事件が起こったからだ。
大規模な情報攻撃が、ヒマッカの全情報を襲ったのだ。
その中の一つに、警察のデータベースへの攻撃もあった。
情報管理用の人工知能が、防御のための人工知能二体もろともに、情報攻撃で焼き払われ、そこで警察が収集していたありとあらゆる情報が消去された。
聞いたことのない事態だった。
警察のデータベースに組み込まれている防御用人工知能は、軍事用人工知能の攻撃と拮抗する能力があり、しかもそれが正副で二体が防御に当たったはずが、それが無効化されている。
この二体の防御は、あまりに強力で、「絶対零度の氷」などと呼ばれていた。
既存の防御を無力化する、全く新しい情報攻撃だった、と、警察所属の技術担当者がぼやいた。こんな攻撃、初めて見ましたよ、などと言っていたが、俺たちからすれば、初めてだろうと何だろうと、そこはどうでもよかった。
問題は、消えたデータだ。
スティール船舶からサルーンに流れていた謎の資金の真相は、データ上では確認することが不可能になった。
銀行口座の記録を当たるつもりが、こちらも消えている。
スティール船舶からサルーンへの謎の資金提供について追求したが、スティール船舶の残された社員は実際を知らず、それでも紙の資料を探ったところ、その資金提供はサルーン氏の肩代わりをうかがわせる書類が出てきた。
サルーン氏が息子に仕送りを送る、という行為を、スティール船舶が肩代わりした、か。俺はそれを鵜呑みにしたくなかった。出来すぎている。
俺たちの捜査を決定的に破壊した大規模な情報テロが、反乱軍による情報攻撃だと断定されたのは、攻撃があってから一ヶ月後だった。
俺とシドー、フェザはそこに至るまで、しばらく捜査を続行したが、もはやとっかかりは少しもなかった。
有力な関係者は姿を消し、証拠になりそうなデータも消えた。
例のスティール船舶からサルーンへの送金が、やっと見つけた手掛かりだったが、すでに跡形もないのでは、どうしようもない。
特別本部長から呼び出しを受けたのは、やっとヒマッカのデータベースは修復された頃で、特別本部長は疲労困憊という言葉がぴったりな様子で、俺に失踪事件の真相を尋ねてきた。
「その件は、捜査中でして……」
「いい解決策を教えよう」
そう言って、こちらに身を乗り出したその顔はどこか狂気じみていた。
「全て、反乱軍の陰謀だ。失踪した十人は、反乱軍に走った。そういうことにするのだ」
「そ、それは少し……」
反乱軍に走る、ということは、簡単に断定してはいけないことだった。
もし十人が反乱軍に参加した、となると、警察は取締の慣例として、その十人の親類縁者、そのほとんどを確保しなくてはいけない。
そんな大勢は、どこかの惑星の強制労働所か、収容所に放り込まれることになる。
つまり人生がそこで終わってしまう。
死ぬまで出られないのだから。
ここで俺が、十人が反乱軍に合流したことを認めれば、つまり、何十人かがそれに巻き込まれてしまう。
俺は特別本部長を前にして、答えられなかった。
「どうかね? シュルームくん」
こちらがどう答えるかわかっているのだ。
俺に決断させようとしている。
「できないか? できないのか?」
決断、できるわけがない。
「君は反乱分子なのか?」
とんでもない方向へ話が流れ始めた。自分の身に起きていることとは、到底、思えない。
だが、現実だ。とっさに、答えていた。
「とんでもない! 私は帝国を信じています」
無言。特別本部長は、無言だった。
いつだったか、俺が設定した状況にそっくりだ。
黙られる圧力。何か話さなければいけない。焦りが迫ってくる。
でも、何を? 何を喋ればいい?
何十人もを破滅させることを、俺が決めるのか?
「あの……その……私は」
言葉がそれ以上、出ない。
フゥっと、特別本部長が息を吐いた。
「簡単なことだよ。君が反乱分子なのか、彼らが反乱分子なのか、それを尋ねている。どちらだ? 答えてくれ」
俺はもう進退極まって、答えた。
答えるしかなかった。
「十人は……」言い淀むものの、続けた。「反乱軍に、合流しました」
よし、と特別本部長が頷いた。
「事件は解決だ。報告書を出してくれ。待っているよ」
俺は必死に素早く敬礼して部屋を出た。
廊下に出て、俯くしかなかった。
しばらく立ち尽くしたまま、結局、俺は小会議室に戻った。
「どういう内容でしたか?」
シドーとフェザがこちらを見る。
「ああ、事件は、解決だ」
「どういうことです?」
二人が詰め寄ってくる。
どう答えればいいのか、俺はわからなかった。わからないのに、言葉は自然と口をついて出ていた。
「十人の失踪は、反乱軍に寝返ったことになった。国賊だ。これから報告書を書く。近いうちに、彼らの家族も拘束されるだろう。捜査は終わりなんだ」
二人は黙り込み、しばし目配せしてから、それぞれの端末の前に戻り、それを操作した。
「警部補、これだけははっきりしています」
「なんだ?」
俺は表示された立体映像を力なく見た。
フェザが話し始める。
「サルーン輸送は、反乱軍と協力関係にありました」
「なんだって?」
突然に、自分に気迫が戻ってくるのがわかった。
「サルーン輸送が、反乱軍?」
「そうです。彼らの運んだ物資の六割が、行方不明です」
「ありえない。どうして今、それがわかった?」
「サルーン氏の経歴を徹底的に洗ったんですよ。この前の情報テロで大半の情報がやられましたが、他の惑星のデータベースも駆使して、暴き出したんです」
俺は端末に歩み寄っていた。ふらふらと、それから、ズンズンと。
「サルーン輸送の輸送船と、その乗組員は今、どうしている?」
俺の質問に、すぐに答えはなかった。
「どうなっている!」
シドーとフェザが、こちらを見た。
「全員、所在が不明です」
「ヒモをつけておいただろう!」
「それが、切られています」
俺は力なくよろめき、椅子に座り込んだ。いや、座り込んだはずが、うまく座れずに、椅子を倒して、床に尻餅をついていた。
「ありえない……、どうなっているんだ……」
呟いても、誰も答えてくれなかった。
その三日後、警察は失踪者が反乱軍に寝返っていたと発表し、大規模な摘発があった。
この件でヒマッカに住んでいた男女三十一名が拘束され、どこかへ護送されていった。
俺は本来の仕事に戻ったが、仕事には力が入らず、家に帰っても眠れない日が続いた。
そして数ヶ月後、俺は仕事を辞めて、家に引きこもって時間を過ごしていた。
何度も何度も、サルーン氏のことを考え、同時に三十一人の不幸な被害者のことも考えた。
しかしすでに、どうしようもなかった。
◆
とある惑星の軌道上に浮かんでいる宇宙母艦に一隻の輸送船が着艦した。
そこから杖をついた大柄な老人が降りてくるのを、一人の青年と初老の女性が出迎えた。
「まったく、今回ばかりは肝が冷えたよ」
老人がそう言って、二人に歩み寄ると、二人は老人に抱きついた。
三人が固く抱き合っているところへ、反乱軍の制服を着た男が歩み寄り、音がしそうなほど鋭く敬礼した。
「サルーン大尉、無事のご帰還、嬉しく思います」
初老の男が姿勢を正し、敬礼を返す。
「今回ばかりは、肝が冷えたよ」
同じことを繰り返す初老の男に、その場の全員がわずかに笑った。
「ヒマッカで不当に拘束された人々は、解放作戦が実行中です」
「手間をかけさせる。木馬は有効だったぞ。氷破りとしては最高の出来だ」
そう言って少し男がよろめくのを、隣の青年が支える。
「司令官がお待ちです」
うむ、と老人が頷き、ゆっくりと歩き出した。
(第17話 了)
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